軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

河馬VS人間 その一

赤と黒の石に覆われた河原に、突如生まれた氷の塊たち。

よく見るとそれは、無数の小さな霜の柱が集まってできていた。

びっしりと細かい針のような突起を有する霜に覆われ、モンスターどもは真っ白に凍りついたまま完全に動きを止めてしまっている。

トールが聞いたことのある<霜華陣>とは、あらかじめ地面を冷やしておいて、誰かが踏むと足元を凍らせて動きを鈍らせる程度の誘発系魔技のはずだ。

間違ってもこんな巨大な氷の華の彫刻が出来上がるような代物ではない。

五匹の異形の怪物を一息に氷漬けにしてみせた魔技使いは、誰も何も喋らないことに気づいたのか、こっそり振り向いて様子をうかがってきた。

そして皆の目に驚きの色しかないことに気づいて、笑みを浮かべながら小さく舌を出した。

ゾクリとするような冷淡な表情が、いきなり柔らかくなったことでホッと空気がゆるんだ。

そこへムーが可愛く、くしゃみをした。

いきなり大量の冷気の発生源が現れたことで、雨に濡れていた体が急速に冷え込んでしまったようだ。

「あら、少しばかり涼しくしすぎたかしら」

「だいじょうぶですか? 顔色がまっしろですよ!」

ソラが慌てて声を上げたのは、ムーではなくユーリルの方であった。

普段と変わらぬ口調のユーリルであったが、言われて見ればいつも以上に血の気が引いているようだ。

駆け寄ったトールは細い腰に手を回し、横抱きにして女性を天幕の奥へと運ぶ。

椅子に座らせるとユーリルは細く息を吐いた。

「どうもこの杖を使うと、やりすぎてしまうようなの。お手間を取らせてごめんなさい」

「いえ、後片付けは俺たちに任せて、ここで休んでてください」

「それなんですが、たぶんまだ死んでないので注意してくださいね」

普通の生き物であれば氷漬けになった時点で死亡確定であるが、異常な生命力を誇るモンスター相手ではそうはいかないようだ。

さらにあれほどの巨体となると、体積に対する表面積の比が小さくなるため、熱の蓄積量が増え寒さにも強くなってしまうのだろう。

「わかりました。じゃあ動けない間に、さっさと止めを刺してきますね」

「ええ、それと雨が降ってますから、できるだけお急ぎになられたほうが」

確かに降り注ぐ小雨が当たるたびに、霜柱の形が少しずつ崩れ出している。

大きく頷いたトールは、矢継ぎ早に指示を飛ばした。

「ディアルゴたちは一番、左手のに取り掛かってくれ。タパとタリも協力を頼む」

「わかりました!」

「……承知した」

「なにがどうなったのかさっぱりわからんが、あいつを倒せばいいんだな?」

「らしいぜ、兄貴」

「俺の勇姿、見ててくださいね、ユーリルさん!」

土手を大回りして戻ってきた三兄弟も加わり、六人が氷漬けの河馬に攻撃を仕掛ける。

「俺たちは右からだ。ムーは、ユーリルさんについていてくれ」

「まかせろ、トーちゃん。ユーばあちゃんは、ムーがまもってみせる!」

「まてまて、先にいつものやつだ」

そのままユーリルの膝枕に飛び込もうとしたムーの首根っこを、寸前で引っつかむトール。

宙吊りされたのが楽しいのか、子どもは笑い声を上げながら紫の蛇と青く発光する針を全身にまとった。

天幕から飛び出したトールはソラを後方に引き連れて、霜の彫像と化した一体へ近寄る。

時間があまり残されてないのなら、最大限で当たるしかない。

<雷針>で高まった視覚が氷を通して、暴れ河馬の姿をくっきりと捉えた。

最高速に引き上げた体で力強く踏み込み、両手で握った剣を斜め上に振るう。

氷ごと右の前脚を斬り飛ばされたモンスターは、バランスが崩れ前のめりに体を傾ける。

返す刃が下がってきた暴れ河馬の下顎に食い込み、骨ごと断って深い切り傷を作る。

剣は止まる気配もなく、もう一本の前脚を斬り飛ばすと、続けて下顎の残った部分も断ち斬った。

そこでようやくモンスターの巨体は地面へ倒れ込み、頭部を無防備に晒した。

と言っても、わずか三秒足らずの時間であるが。

鼻面に飛び乗ったトールは、硬い頭骨に守られた暴れ河馬の頭にスッと鉄剣を振り下ろした。

あまり力はこもってないような動きであったが、刃は音もなくモンスターの頭部に入っていく。

生き物の頭骨は丸みやへこみを帯びているため、意外と攻撃が滑りやすい構造となっている。

だが正確に頭頂部分のくぼみを捉えたトールの剣は、その下の脳髄までも綺麗に両断した。

激しく噴き出る血を素早く躱しながら、トールは体力を使い果たした全身を<復元>しつつ呟く。

「――まずは一匹」

その反対側ではロロルフたちが、氷漬けの暴れ河馬を頑張って削り取っていた。

三人の使う武器は切れ味重視ではないため、まさかりで木を切り倒すような状況になっているのだ。

そこへディアルゴも棍棒で参加して凍った足を懸命に殴りつけるので、余計におかしな雰囲気になっていた。

「なんか、止まってるモンスターを殴るって新鮮だよな」

「攻撃が確実に当たってくれるけど、闘気がほとんど溜まんねえな。こいつら死んでるようなもんだからか?」

「急ぎましょう。トールさん、もう一体目終わらせたみたいですよ」

「あのバカみたいな切れ味、毎回、思うがどうやってんだ? ただの鉄の剣だろ」

「正直、そこらへんは考えても仕方ないって、兄貴。もう、トールの兄貴だからで良いと思うな」

「それもそうだな」

「……無駄口が多い」

「……真面目にやれ」

三兄弟を叱り飛ばす双子だが、その攻撃も少々地味であった。

通常であれば打撃を跳ね返す脂肪の層が軽く凍ってしまったせいで、ロロルフたちの攻撃が通りやすくなった反面、矢をいい感じで受けとめてしまっているのだ。

モンスターの頭部は針山のように矢が刺さった状態になっているが、致命傷にならないため、こちらもかなり異様な光景となっていた。

だが効き目が弱いとは言え、数人がかりの作業である。

足を削り取られたモンスターは、ゆっくりと傾きとうとう横倒しになった。

勝利の雄叫びを上げながら、戦士たちは頭部や胴体へ斧を叩きつけ槍先を突き刺していく。

ロロルフたちが一体目をなんとか倒しきったころ、トールは二匹目を終わらせて新たな獲物に取り掛かろうとしていた。

しかしそこで凍結の時間が終わりを告げた。

氷の呪縛から抜け出た残りの二体が、凄まじい殺意を込めた視線を人間たちに向ける。

怒りに満ちた咆哮が、しつこく雨を注いでくる曇天に響き渡った。