軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一緒に歩こう

それなりに広いロビーを、まばらな人影が埋めていた。

天井は高いが柱がないせいで、部屋中を楽に見通せる造りになっている。

入ってまず目につくのは、正面の壁一面に掲げられた大きな木板だ。

黒く塗られたそれは、白墨で書かれた細かい伝言で端から端まで埋められていた。

『魔技使い大歓迎! 赤鉄級(Eランク) の戦士三人組より』

『 白硬級(Dランク) 以上の水使い急募、二日以内に入れる人探してます』

『砂鉄集め行きます。当方、馬車持ち。現地参加も可能』

『暴れ河馬討伐パーティ、空きはありませんか? 盾士、石身、岩杭陣使えます』

「わっ、これなに?」

「冒険者同士の連絡板だな。依頼とかパーティ募集をこれに書いておくんだ」

「へー、おもしろいねー。トールちゃんは書かないの?」

「書くことがないからな」

首を動かさず、トールは左側に視線を向けた。

そこは壁に沿ってテーブルと椅子が並んでおり、何人かの同業者が腰掛けながら雑談をしていた。

数人ほど面倒そうな連中が混じってることに気づき、うんざりした気持ちになる。

案の定、すぐ声が上がった。

「おい、見ろよ。なんだアレ、可愛すぎねえ?」

「おおお、俺、スゲー好みだわ」

「いくか?」

「もち! 魔技使いだと祈ろうぜ」

「あんだけ可愛けりゃ、どっちでもイイだろ」

武技や魔技の技能樹を授かる比率は男女でさほど変わりがないため、女性の冒険者もそれなりにはいる。

とはいえ体力や筋力がかなり必要とされる職業柄、やはりどうしても男のほうが多い職場となる。

そうなると当然、少ない女性冒険者を巡って、あれこれ騒動を起こす連中も出てきてしまう。

街へ戻れば小奇麗な商売女が山ほど寄ってくるというのに、それでは満足できないのだ。

同じパーティで行動することで、他人に対して優越感に浸れるのだろう。

その中でもとりわけ厄介なのが、他のパーティから脅しをかけて引き抜いたり、新人冒険者を強引に勧誘するような輩だ。

こいつらは勝者の印のような感覚で、飾り立てるためだけに女を獲得しようとする。

レベルに見合わない狩場へ連れていかれ、取り返しのつかないことになった女性冒険者もいるとトールも噂で聞いていた。

立ち上がったのは浅黒い肌をした赤毛二人と、黒髪一人だ。

まだ二十代そこそこのようだ。武器は携行していない。

ソラに目をつけた三人組は、脇に立つトールに目もくれず軽い足取りで近づいてきた。

間近まで来た赤毛の一人が不意に速度を上げ、黒板に熱心に目を走らせるソラと後ろに立つトールの間に強引に割り込もうとする。

「やあ、なに書いてるの――ヘブッ」

当然、その動きを見切っていたトールは、スッと間を詰めた。

同時に踏み出してきた男の左足の踵を、何気ない顔で蹴飛ばす。

地面につく前に足を払われた男は、間抜けな声を出しながら派手に転ぶ。

たちまち後ろの二人が詰め寄ってきた。

「なに、いきなり転んでんだよ。まだ酒が抜けてねーのか」

「おい、おっさん。なに見てんだよ!」

二人の口からは、酒気が混じった息がかすかに臭う。

おおかた飲みすぎて、今日はロビーで酔いを覚ましていたのだろう。

トールはさり気なく、押しのけようとしてきた黒髪の男の腕に軽く触れた。

都合のいいことに、昨晩は泥酔するまで飲んでいたようだ。

もっとも酔いが回ってた状態を<復元>してやる。

男はトロンとした目になった直後、膝からその場に崩れ落ちた。

目を丸くして仲間の有り様に気を取られるもう一人の赤毛に、そっと手を伸ばし同じように酒浸りにする。

一瞬で青ざめた男は、かがみ込んで口元を慌てておさえた。

最後にまだ床にしゃがんだまま顔をしかめていた男を、助け起こすふりで仲間と同じようにしておく。

急に顔色を変えて座り込んだ三人に、顔を上げたソラがびっくりして声をかけた。

「えっ、どうしたのかな? あのー、大丈夫ですか?」

「さあ、酔っぱらいだろう。そっとしといてやれ」

「そうなんだ。飲みすぎは体に悪いですよー」

部屋の真ん中でへたり込む三人に、周囲の人間も気づいたのか少し騒ぎになり始める。

たいていのもめ事は放置する警備員もさすがに見過ごせないと思ったのか、露骨に顔をしかめながら近づいてきた。

「おいおい、こんなところに座り込まれちゃ――うわっ!」

黒服の警備員が声をかけたとたん、男の一人が耐えきれず胃の中身を逆流させてしまった。

苦しそうな声と水っぽい音が響き、すえた臭いが部屋中に広がる。

「クソッ、お前ら、誰が掃除すると思ってんだ!」

「なーにやってんだ、あいつら。間抜けすぎて笑えるぜ」

「ここで吐くとか最悪だな。まじで勘弁してくれ」

「あれじゃ、しばらく出入り禁止だな」

三人を嫌う人間が多かったのか、同情する声はほとんどないようだ。

人だかりになってきたので、トールとソラはそっと後ずさりをして受付窓口へ向かった。

ロビーの右側はカウンターで仕切られており、その奥ではいそがしそうに緑の制服を着た職員が立ち回っているのが見える。

手前には長椅子が並び、腰掛けた何人かが暇そうに呼ばれるのを待っていた。

「登録の受付は、……確かこっちだったかな」

ソラを連れたまま、トールはカウンターの一番端の窓口へ近づいた。

冒険者札の更新時を除いてほぼ立ち寄らないため、記憶がかなりあやふやである。

覗き込むと、昨日世話になったばかりの女性と目があった。

トールに気づくと、まばたきしながら驚いた表情に変わる。

「あら、こんにちは。こっちにいらっしゃるのは珍しいですね」

「ああ、ちょっと知り合いの付き添いでね」

「はじめまして、ソラっていいます。冒険者になりにきました!」

いきなり声を張り上げる少女に、受付嬢のエンナは丁寧に頭を下げて応対した。

そして一呼吸遅れて、トールの声を聞いたのが久しぶりであったことを思い出す。

「こんにちは、冒険者新規登録ご希望の方ですね。ご応募いただき、ありがとうございます」

「そんな大したモノじゃありませんけど、よろしくお願いします」

どこかズレたソラの返しに笑みをこらえながら、エンナは一瞬だけ少女の横に立つ男性の表情を窺った。

低ランクの冒険者には泥漁りとバカにされてはいるが、一部の職員の間ではトールの評価はそれなりに高い。

実戦向けではないスキルしかないのに、ほぼ二十五年もの間、休業なしで冒険者を続けているのだ。

その精神力と致命的な損傷を避ける身体能力は、特筆される長所であると。

だがトールが親しい仲間を作れず、ずっと最下級のGランクに甘んじていることもまた事実である。

そんな人物がいきなり、見目麗しい若い女性を伴って現れたのだ。

何かしらの詐欺ではないかと、受付嬢が疑いを抱くのも無理はなかった。

「本日はトールさんのご紹介ということでよろしいですか?」

「はい、トールちゃんについてきました」

「失礼ですが、どのようなご関係か伺っても?」

「えーと、夫婦(予定)です」

「同じ村の出身ってことで、俺を頼ってきたんだ。それだけだよ」

エンナがじっと追及の眼差しを向けると、少女は邪気のない満面の笑みを返してきた。

仕方なくトールを見ると、なんとも言えない顔で首を横に振っていた。

どうやら少し変わってはいるが、人を騙せるような子ではなさそうだ。

むしろ身につけている装備からして、トールのほうが騙りに見えてしまう。

大丈夫そうだと判断して、受付嬢は一枚の紙を差し出した。

「まずはこちらの用紙に必要事項をご記入ください。代筆をご希望されますか?」

「だいひつ?」

「代わりに書きましょうかってことだ」

「あ、大丈夫です。自分で書けますよー」

必要事項と言っても、名前と年齢、出身地くらいである。

自分の名前と今はもうない村の名前を書き込んだソラは、年齢の欄で首をかしげた。

「えーと、今年で四十二歳になるのかな? ね、トールちゃん」

「面倒だし、十七にしとけ」

「ありがとうございます。次はこちらに触っていただけますか」

トールたちのおかしなやり取りを華麗に聞き流した受付嬢は、今度は両手で支えるほどの大きな水晶玉をカウンターに置いた。

「へー、これなにかな?」

「ソラ様の技能を調べさせてもらう道具です。痛みとかはありませんから、安心してください」

魂測器と呼ばれるこの魔石具が発明されたことで、技能樹の存在が初めて明らかになったと言われる。

それまでは神殿で啓示を受ける以外に、所持スキルを判別する手段はなく、スキルを選択して育てるなども不可能であった。

この魂測器を改良し、機能を絞って小型化されたのが冒険者札である。

後ろから首を伸ばしたトールは、水晶玉に映るソラの技能樹を覗き見る。

それは来る途中、手をつないだ時に確認しておいた物と全く同じであったが、明らかに鮮明さが違いぼんやりとしている。

やはりトールが得た<時列知覚>は、特別であるようだ。

しかも、 それだけではない(・・・・・・・・) こと(・・) に、トールは気づき始めていた。

「はい、確認させていただきました。白い幹とはずいぶんと珍しいですね。それに<反転>の魔技……、これも初めてみました」

「むふぅ、そうですか。村でも、わたししかいなかったんですよ、持ってるの」

「どのようなスキルか、教えていただいても?」

「うーんと、えぃってやると攻撃が跳ねかえります」

「それは……素晴らしいですね。どんなものでも?」

「あんまり速いのとかはダメでした」

得意げに照れる少女の顔を、受付嬢は興味深そうに観察している。

ソラもトールと同じで、 固有技能保持者(ユニークホルダー) である。

その技能の詳細は――。

<反転>――対象の攻撃・効果を反転させる。

レベル1/使用可能回数:一時間五回/発動:瞬/効果:五割/範囲:認識

レベル1であるが、数字を見るとかなり使えるスキルなのは明らかだ。

低レベル時の<復元>を思い起こし、トールは心中で首を横に振った。

そして同時に速すぎる攻撃を確実に捉えるため、少女があえてその身を呈してトールをかばったことを思い出す。

「では、冒険者札を発行いたしますので、そちらでしばらくお待ちください」

「はい、まってます!」

長椅子に座ったソラは緊張がとけたのか、ゆったり息を吸いながら肩の力を抜く。

腕組みをするトールを見上げた少女は、やりきった顔で微笑んだ。

「むふふ、これでトールちゃんと同じ冒険者だよー」

「なあ、ソラ。本当に良かったのか? 他にやりたいことがあれば力になるぞ」

首元を血で真っ赤に染めた少女の姿を脳裏にちらつかせながら、トールは最後の確認を行う。

それに対し、少女は屈託のない笑みを浮かべてみせた。

「うん、大満足だよ。またトールちゃんと一緒に歩けるの、すごくうれしい」

ちょっぴり頬を赤く染めながら、ソラは逆に問い返してきた。

「それよりトールちゃんの夢ってなに? ほら、お姉ちゃんにきかせてごらん。目一杯、おーえんするよ!」

予想外の返しと姉という懐かしい響きに、トールは思わず言葉に詰まる。

しばらく顎の下を掻いたあと、呟くように話し始めた。

「俺か……、俺は遠くへ行ってみたい」

「遠いところ?」

「ああ、ずっと同じ場所をぐるぐる、歩いてばっかりだったからな」

トールにとって狩場といえば、街から出てすぐの小鬼の森だった。

トールにとって明日といえば、それは今日と変わらない日々だった。

二十五年間、ひたすら似たようなことを繰り返すだけの人生だった。

それが今、育て上げた<復元>と、ソラの存在によって大きく変わろうとしている。

延々と続けてきた足踏みを、ようやく止められる日が来たのだ。

先へ進んだ後輩冒険者たちに散々、色々な場所を聞かされてきた。

血のように赤い川。

向かい風が吹きすさぶ荒野。

オークどもが闊歩する砦や、鬼火が漂う沼地。

二度と行きたくないと毒突く言葉とは裏腹に、彼らの顔は様々な感情で満ちていた。

敵わない困難へ挑み続ける気概、強敵を倒したことへの誇り、そして仲間とともに生きて戻れた深い喜び。

それらはすべて、トールが味わったことのないものだった。

ただ聞かされるだけだった場所、想像ではおぎなえない景色が広がるその場所へ。

「行ってみたい。そうだな……、俺は冒険をしてみたい」

「うん、一緒にいこうよ! トールちゃん」

トールの眼差しを、ソラの黒い瞳が真っ向から受け止める。

しばし見つめ合った二人は、息を合わせたように頷いた。

それはずっと 孤独(ソロ) であった冒険者が、とうとう 仲間(パーティ) を見つけた瞬間だった。