軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これからの話

まじまじとトールを見つめていた少女だが、急に慌てた顔になって何かを探すようにキョロキョロと首を動かし始めた。

そして自分の置かれた状況がさっぱり分からないのか、諦めたように小首をかしげてみせた。

「えっと、こんにちは?」

「ああ、こんばんは。大丈夫か?」

「はい、えーと、たぶん大丈夫だとおもいます」

差し出したトールの右手を素直に受け取ってくれたので、そのまま衣装棚から連れ出してベッドに座らせる。

興味深そうに部屋の中を見回す少女を、トールは平静な顔を装って見守っていた。

少し落ち着いたところで声をかける。

「説明をきくか?」

「あっ、ぜひお願いします!」

トールは少女に、これまでの事柄をかいつまんで説明した。

祖父である老人が、重傷を負った少女を<停滞>で止めて助けたこと。

治療には大金が必要なため、すぐには治せなかったこと。

頑張って治療費を稼いだ老人は、この街で知り合ったトールにそれを託してから亡くなってしまったこと。

もちろん、後半はウソである。

トールはあえて、幼馴染の少年であった己の存在を隠したのだ。

<復元>を使えば、別れた時と同じ少年の姿にもなれただろう。

だが肉体をいくら若返らせても、中身がくたびれ果てたおっさんであることはどうしようもない。

今さらこんな中年の男に恩を着せられても、彼女が困るだけである。

少女に幸せになって欲しいと願う気持ちは、偽りなくトールの本心だった。

だからこそ外見をいじらず、年老いた顔のままで少女を戻したのだ。

この見た目であれば、正体に気づかれる可能性は限りなく低いだろうと。

さらにもう一つ、若返れない大きな理由があった。

それは魔力の量である。

魔技を行使する際に必要な魔力であるが、十代半ばで自然増加は止まってしまう。

そこからは魔技を何度も使用することで、少しずつ増える仕組みとなっている。

よって老齢なほど魔力が多く、高名な使い手も多くなるのだ。

現在のトールの魔力量では、<復元>を連続使用できる回数は五度が限界である。

途中で魔力が回復している状態に戻せばもっと続けて使うことはできるが、それだと十回しかない使用可能回数を圧迫してしまう。

それが二十代に戻るとおそらく三度、十代だと二度が限度になるだろう。

これからも冒険者を続けていくつもりのトールにとって、利点を手放すような真似は考えられなかった。

うさんくさい中年男の話にふんふんと頷いていた少女は、事情を飲み込めたのかようやく肩の力を抜いた。

「ああ、それで衣装棚の中にいたんだー」

相変わらず、納得の仕方が少し変わっている。

トールの目を真剣にみつめていた少女は、立ち上がって深々と頭を下げてきた。

「お爺ちゃんともども、お世話になりました。ほんとーにありがとうございます」

「気にすることはない、仕事だからな。色々あって戸惑っているだろう。今日はもう休むといい」

「あの、まだ起きてちゃダメ?」

「不安なのか? 俺は違う部屋で寝るから気にしないでいいぞ」

「ううん、もっとお話聞かせてほしいなって」

死ぬ寸前から生き返ったと思ったら、身内も住んでいた村も消えてしまったのだ。

寄り添ってやりたいのは山々であるが、トールは自分が嘘をつくのが下手だと自覚していた。

突っ込んだ話になれば、まず間違いなくバレてしまうだろう。

言葉に詰まって顎の下を掻くトールに、少女は嬉しそうに目を輝かせる。

「あっ! そのクセは変わってないんだね、トールちゃん」

トールはこめかみに手を添えると、長々と息を吐いた。

「いつからだ?」

「なにが?」

「いつから俺がトールだと」

「えーと、いつからだろ。うん、お爺ちゃんのお話してるとき、目がすごくやさしかったからかなー」

顎に人差し指を添えて、少女は可愛く笑ってみせた。

「……どうりで名前を尋ねてこないわけだ」

「あと、お爺ちゃんの<停滞>のことは知っていたし、だからこれもきっとトールちゃんの<復元>のおかげかなって」

首筋を撫でながら、しんみりした顔になった少女は言葉を続ける。

「でもビックリしたよ。すごく時間がすぎてて、お爺ちゃんも死んじゃってたなんて……」

トールを見上げる少女の瞳に、不意に大粒の涙が盛り上がる。

少女が音もなくまばたきすると、溢れた雫がいっせいに頬を伝った。

「ご、ごめんなさい。泣くつもりはないんだけど……。でも……でも、すごくうれしくて」

唇を震わせながら、少女の瞳はまっすぐにトールを見つめる。

「ト、トールちゃんが生きててくれて、ほ、ほんとーにうれしくて止まらないの」

「俺も同じことをずっと思っていたよ。生きててくれてありがとうな、ソラ」

「うわぁぁぁあああん。また会えて、すごくうれしいよぉぉお」

二十五年ぶりに礼を言えたトールの胸に、泣きじゃくるソラが飛び込んでくる。

避けずに受け止めると、少女は顔をうずめたまま大きく鼻をすすり上げた。

その細い肩を、トールはぎこちなく引き寄せる。

「わ、わたしのほうがお姉ちゃんだったのに、グスッ、追いこされちゃったね」

「ああ、もうすっかりおっさんだ」

「うん、ズズッ、カッコよくてドキドキしたよ」

「気のせいだろ」

そっけなく突き放すトールの言葉に、ソラは涙声で笑ってみせた。

トールの胸板に耳を押し付け、その鼓動を聞き逃さないようしっかりと目を閉じる。

しばらくじっとしていた二人であったが、ソラの吐息が緩やかになったことに気づいたトールはささやくように声をかける。

「腹、空いてないか?」

返事はなかった。

胸元から引き離すと、ソラは涙でぐしゃぐしゃな顔のまま小さく寝息を立てていた。

安心して緊張がとれたのだろう。

少女をそっと横抱きにして、ベッドに寝かしつける。

靴を脱がし毛布をかけてやると、ソラは安心したように口元を緩めた。

ベッドの端に腰掛けたトールは、小さくため息をついた。

正体がバレた今、彼女は積極的にトールに近づいてくるだろう。

幼い頃から一緒だった少女の性格を、トールはうんざりするほど知っていた。

のんびり屋で世話好き、人当たりもよく物怖じしない。

しかしこうと決めたら非常に頑固な上、行動力もいやってほど持っている。

このままでは確実に、冒険者になりたいとか言い出すに違いない。

けれども、トール本人はもう気にすることもなくなったが、自身の評判が悪いことは自覚していた。

一緒に行動することで、少女が怒ったり傷つく可能性は高い。

いっそのこと二十代まで戻り、名前を変えて、新たにまた冒険者として登録し直すことも考えてみた。

魔力は減ってしまうが、<復元>が成長しきった今なら、高ランクになるのもあながち夢ではないはずだ。

いや、もっともっと先、歴史に名が残るような英雄になれるかもしれない。

もしくはすべてを忘れてソラと消えた村に帰り、二人で立て直すという選択肢もある。

死んでしまった人は無理だが、モンスターに破壊された建物や畑は<復元>があれば元通りにできるだろう。

だがそれは、これまでの人生を捨ててしまうことになる。

苦しい思い出ばかりだが、それでも懸命に生きてきた日々を、トールは自ら否定する気にはなれなかった。

底辺の場所で泥を掻き回してきたおっさんだからこそ、簡単に捨てられない意地もあるのだ。

それにこの街に来て二十五年、無愛想なトールにも親しくしてくれる人間はそれなりにできた。

数え切れないほど、助けてもらった恩もある。

黙って姿を変えたり消えるという考えは、トールには絶対に選べなかった。

「俺はこれしか生き方を知らんしな……」

くるくると変わるソラの表情を思い出しながら、トールは独りごちた。

少女の最初の一声を聞いた時から、トールの中に次々と昔の記憶が蘇っていた。

すっかり忘れてしまったと思い込んでいた村での暮らし、家族、隣人の思い出たち。

そして指先には、まだ少女に触れた温もりが残っている。

これまでは人形同然に立ちすくむだけだった少女が、動き、喋り、感情を露わにしたのだ。

久しく感じてなかった何かが、腹の底から湧き上がってくることにトールは気づいていた。

老人と死別してからは、人を遠ざけ忘れようとしていた気持ちだ。

だが本当に孤独を欲する人間が、野良猫をわざわざ餌付けするはずもない。

「…………どうするかは、明日考えるか」

あくびを噛み殺したトールは、ゴソゴソと少女の横に潜り込んだ。

今のトールには、実はもう眠る必要はない。

ぐっすり睡眠をとったあとの状態に、体を戻せばいいだけだ。

同様に腹が減れば、飯をたらふく食べた状態に戻せば済む。

<復元>があれば、もう永遠に睡眠や食事を取る必要はなくなったのだ。

極論を言えば不老不死に近い存在となったのだと、トールは薄っすら感づいていた。

けれどもあえて、トールは目蓋を閉じる。

それから、久しく言ってなかった言葉を口にした。

「おやすみ、ソラ」

「……おやすみなさい、トールちゃん……むにゃむにゃ」