軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新人騒ぎ

昨日の話である。

ユーリルの冒険者新規登録のため、トールたちは冒険者局を訪れていた。

騒動が去ったあとのロビーは閑散としており、壁際の席で談笑する人影もすくない。

一軍である高ランカーたちもそれぞれの狩り場に戻ったせいで、活気がいちどきに引いてしまったようだ。

黒い制服姿の警備員が数人、暇そうにぶらついている姿がかえって目立ってしまっている。

「じゃあ、ムーちゃんとお絵かきしてくるねー」

「かきなぐってくるぞ、トーちゃん!」

「程々にしとけよ」

連絡用掲示板は公的なものではなく、冒険者間の連絡を円滑にするためのサービスでしかない。

なので多少、ふざけた書き込みをしたところで怒られはしないが、趣旨から離れすぎて迷惑になるのは見過ごせない。

トールの言葉に元気よく頷いた二人は、仲良く手をつないで黒板へ駆け寄っていった。

「それじゃ、俺たちも行きますか」

「ええ、ご案内お願いしますね」

物珍しそうに辺りを見回していたユーリルは、トールに促されて微笑みを返す。

一見、氷のように冷たい印象を与える美貌がその瞬間、いっきに溶け去って、別人のように変わるギャップにトールは少しだけたじろいだ。

すでにユーリルが今の容姿となって数日となるが、トールはいまだにその見た目に戸惑いを覚えていた。

四十近い年齢になれば、単なる美人くらいでそうそう心を騒がせることもない。

が、あまりに度を越してしまうと、そうもいかないようだ。

そのうえ、トールとユーリルは十年ほどの付き合いがあり、何かの節に面影を見出してしまい余計に動揺してしまうのもある。

そのせいで少しばかり、気もそぞろになっていたのは仕方のない話であった。

トールが先導するかたちで、二人はカウンターへ向かった。

先客の二人組が何やら騒いでいたので、少し離れた窓口を選ぶ。

カウンターの奥に座っていたのは、やや吊目気味の険のある顔立ちの女性だった。

美人といえなくはないが、化粧はやや濃いめである。

「こんにちは。冒険者の登録ってここであってるのかしら?」

ユーリルの問いかけに、受付嬢は気怠そうな態度で頷きかけて目を見開いた。

「……い、いらっしゃいませ」

「お願いしても?」

「えっ? その、えっと……」

言葉に詰まる受付嬢に、ユーリルは首を傾げてにこやかな笑みを浮かべた。

そのとたん、周りの空気が一気に柔らかくなる。

「は、はい! 合ってます。ここで受け付けてます、冒険者登録」

「よかった。では、よろしくお願いしますね」

「はい! えっと、あれ? なんだったっけ」

「ほら、そこの書類だろ。登録用紙」

焦って目の前の品々をひっくり返す受付嬢に、見かねたトールが口を挟む。

そこで初めてトールの存在に気づいた顔になった受付嬢だが、素直にアドバイスに従う。

「これ。すみません、これに書いていただけますか?」

「はい、ふふ、文字がハッキリ見えるって良いことですね」

「おい、手順とばしてないか?」

通常の場合、新規登録は誰かの付き添いがないと、かなり長い面談を受ける羽目になったりする。

この誰かというのは誰でもいいわけではなく、その街である程度の期間、冒険者を続けているのが条件だ。

だからたいていの人間は、同じ故郷の先達を頼ることになる。

そこから同郷や同族の派閥なんかが、出来上がっていく流れだったりもするが。

これは冒険者札は外門の通行証の役割もあるため、簡単に発行するわけにいかないためである。

もし登録したての冒険者が逃げたり、実績を上げてこない場合は、付き添いとなった人間の責任が問われる仕組みだ。

付き添いであるトールの冒険者札の確認を忘れている受付嬢にその点を指摘したのだが、返ってきたのは的はずれな言葉だった。

「あ、そっか、代筆。代筆いりません?」

「はい、これでよかったかしら。間違いがあったら、仰ってくださいな」

スラスラと書き上げてしまったユーリルに用紙を手渡された受付嬢は、嬉しそうに受け取ってチェックし始めた。

「お名前はユーリルさん。ご出身はストラで、ああ、だからその耳なんだ。年齢は二十二と……はい、特に問題なしと」

ユーリルの本名はユーラルリールであるが、そのままだとややこしくなるので略称を使っている。

もっとも本名であっても、登録自体に問題はないが。

冒険者の記録は境界街ごとに管理して、他所にはあまり持ち出せないようになっている。

優秀な人材が引き抜かれる恐れがあるためだ。

例外は他の境界街へ移籍する時に、本人の冒険者札のランクが正しいものであると証明する書類くらいである。

ユーリルの現役時代は、ここよりもっと北にある街を拠点にしていたため、まず照合される恐れはない。

ただ万が一、関連を疑われると面倒なので、トールが略称での登録をお願いしたのだ。

ちなみに近所や知り合いには、ユーラルリールは里帰り中で、孫のユーリルが大家代理を務めているという話で通してある。

「じゃ、これ触ってもらえますか? よいしょっと」

大げさな掛け声とともに置かれた水晶玉に、ユーリルはためらいもせず手を乗せた。

後ろから覗き込んだトールは、改めてその技能樹の枝ぶりに感心する。

下枝スキルが三本とも完枝状態で、尖端からはどれも枝果特性の果実がぶら下がっている。

さらに中枝スキルも一本が育ちきり、二本目もあと少しという状態である。

同じように覗き込んでいた受付嬢も、驚いたような声を張り上げる。

しかし問題は、そのあとの呟きであった。

「うわ、マジすご! これはC確実、いやBでも行けるかな。よしBランクにしよっと」

「おい、待ってくれ。新規は一律、Gランク開始じゃなかったか?」

「ハァ? なにあんた。変な口出し、止めてくれる?」

勝手にランクを上げられてしまうと、非常に面倒なことになる。

局の規定で二ランク以上の差があると、同じパーティを入ることは禁止されているのだ。

さらに行ける狩り場も制限されてしまう。

困ったトールは助けを探して、カウンターの中を覗き込んだ。

だが知り合いの手が空いてそうな職員は見当たらず、頼みの綱のエンナ嬢は先ほどからクレーマーらしき客にかかりっきりになっている。

「ちょっとまだ処理しないでくれ。少し確認してくる」

「ええ! なんでよ? 私、局員なんですけど」

「ごめんなさい、ちょっとだけお待ちしてもらっても?」

「はい、どうぞ。いくらでも待ちます」

ユーリルに後を任せたトールは、揉め事中のエンナ嬢が座る窓口へ急いだ。

近づくと、よく通る話し声が聞こえてくる。

「だから、私がこの街を救った英雄だって言ってるじゃない」

「すみません、ご証明できる物がないと」

「じゃあ逆に私じゃないっていうなら、それを証明してみせてよ。そうね、例えばその英雄様の名前は?」

「それは、ご本人様の意思で匿名に……」

「ほら、じゃあ私でも良いってことじゃない」

「それは俺だ。これで用件は済んだろ。エンナさん、ちょっといいか?」

いきなりの割り込みに、話しかけていた女性はアーモンド型の大きな瞳をトールへ向ける。

彫りの深い鼻筋の通った顔立ちに、太めの眉と真っ赤な唇。

ハッと人目を引く美人であるが、言動の節々から気の強さが溢れ出している。

何かを言いかけた赤毛の女性は、トールの顔を見ると急に言葉を引っ込めた。

少しだけ安堵の表情を浮かべたエンナが、トールへ話しかける。

「あら、トールさん、どうされました?」

「知り合いの新規登録に来たんだが、勝手にランクを上げられそうになってな」

「魂測器での鑑定までお済みですか?」

「ああ、終わってる」

「だとしたら……、その申し訳ありませんが無理ですね」

エンナの話によると、新規登録でも技能樹の育ち具合によっては、今は最初から高めのランクを与えられるようになっているらしい。

言われてみれば無駄を省く当たり前の仕組みだが、十年以上前は新人は一律で最下級からのスタートであった。

その辺りの事情に疎いトールは、ついやらかしてしまったというわけだ。

すでに受付嬢が魂測器で確認済みのため、今さらユーリルの技能樹を<復元>するわけにいかない。

眉をしかめるトールへ助け舟を出してくれたのは、話を聞いていたらしい彼らの上司であった。

「失礼、トール様。お話は伺わせていただきました。そちらの女性とパーティをお組みになりたいとのことですね」

「まあ、そんな感じだ。少しランクを下げてもらえるだけで助かるんだが」

「こちらとしても、あまり無茶な査定はいたしかねますので、Cがギリギリでございます」

それだと最低でもEランクでないとパーティを組むことができない。

顎をわずかに動かしたトールの様子に、窓口応対課の課長を務めるシエッカは慌てて言葉をつなぐ。

「ですが、トール様方が昇格すれば問題はございません。ええ、幸いにもEランク昇格の試練である小鬼の洞窟は、現在、攻略パーティが未定でございます。もしトール様のご希望とならば、発見者としての優先権がお有りになりますのでいかがでしょうか?」

先日の大発生を引き起こした小鬼の洞窟であるが、溢れ出たモンスター自体は倒したものの、その制覇自体は実は終わっていない。

すでにある程度の日数が経っているので、迷宮の主であるホブゴブリンチーフは復活済みのはずだ。

向こうとしても、それが精一杯の妥協点なのだろう。

あれこれごねて無理を通すやり方は、トールの本意でもない。

そもそもユーリルを早くパーティに加えたい焦りや、ちょっとした気後れがあったトールの落ち度が招いた事態だ。

顎の下を掻きながらしばし考え込んだトールは、おもむろに頷く。

「……わかった。それで頼むとしよう」