軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月日が流れ……

乗合馬車から降り立った女性は、両手を広げ大きく伸びをした。

すでに時刻は日暮れ間近だ。

馬車の停留所は、街を囲む城壁のすぐ下に設えてあった。

夕闇に沈みつつある外壁は長い年月であちこちが磨り減り、太いひび割れや濃緑色の苔に隅々まで覆われている。

襲われる危険が大幅に減ったせいで、ろくに手入れもされていないのだろう。

「うん。変わったけど、変わってないねぇ」

懐かしそうに語る女性の年齢は、少なくとも三十代以上のようだ。

スッキリと短い黒髪に、好奇心と落ち着きが同居した大きな瞳。

歳を重ねているとはいえ、誰しも思わず視線を向けてしまうほどに目を引く美人である。

もっともその格好も、女性らしからぬため興味をそそるのかもしれない。

灰色の古い外套の下のスラリとした肢体を包むのは、使い込んだ紺青色の革鎧一式だ。

腰には細身の剣の鞘がぶら下がっている。

さらに背中には年季の入った背負い袋と、傷みが目立つ金属製の平たい板がくくりつけられていた。

身のこなしも様になっており、かなりの修羅場をくぐり抜けてきた空気を匂わせる出で立ちだった。

背筋をぴんと伸ばした女性は、開きっぱなしの大門に軽やかに足を踏み入れると広場を悠々と見回す。

「人の多さは同じくらいかな。うーん、いや、だいぶ増えてるね」

このダダンの街は西のハクリやグランとも近く、交通の要衝として人や物が流れ込む新央国の玄関口となっていた。

おかげで夕方近くになっても、大勢が行き交いするほどの混雑ぶりだ。

もっとも人が多いのは、他にも大きな理由がある。

ここはとある名所としても、非常に有名な街であった。

往来の激しさに満足しながら、女性は颯爽と歩き出す。

魔石が貴重となったため、広場にずらりと並んでいた魔石灯はもうほとんど使われていない。

が、代わりに魔力を溜め込んだ魔力瓶という代物に繋いだ照明具が、薄ぼんやりとした光を投げかけている。

変わったのは、灯りだけではない。

立ち並ぶ屋台のメニューも一新していた。

「むむ、これはまたいい匂い」

芳しい香りを放つ大鍋に浮かんでいるのは、素揚げした牛の腸だろうか。

その隣では、出来たてのカラフルな練り菓子が山積みになっている。

魚の干物をじゅうじゅうと網で炙る音や、太い麺を炒める美味そうな音も聞こえてくる。

モンスターの食肉の供給がなくなったせいか、小麦粉を加工した料理や飼育した畜肉が主になっているようだ。

「うんうん、空きっ腹に響くねぇ。でも、ここはぐっと我慢してと」

再び小さく独り言を呟いた女性は、雑踏を器用にすり抜け、広場の突き当りにある大きな建物へ行き着く。

そこは以前、大勢の冒険者が集う場所であった。

今も大変な人だかりはできているが、鎧を着込んだり武具を身に着ける人影は限りなく少ない。

それも当然である。

見上げた入口の看板には、こう記されていた。

大英傑記念館と。

この建物目当てに、近隣諸国から多くの来館者が訪れるというわけである。

展示の目玉となっているのは、この世界を救ったとされる英傑中の英傑トールが残した品々だ。

使っていた剣や鎧に、普段着から下着まで。

さらに倒した湖水竜の大きな鱗や、はたまた伝説として名高い沼地の魔女の杖の一部などなど。

おまけにトールの歩んだ歴史や、"昏き大穴"へ挑んだ遠征――<復元>の征戦のあらましなどが事細かに図説されている。

その他にも小さな勇者ムムメメや、大いなる聖樹ユーリルの偉業を称えるコーナーまである充実ぶりだ。

なかでも白鼬の毛皮を着込んだモコモコ姿のムーのぬいぐるみは、売れ筋の人気商品だとか。

大英傑トールを支えた奇跡の魔技使いソラの部屋には、連絡掲示板に残した拙い落書きまで展示してあり、女性は思わず頬を赤らめた。

しかもなぜか、高名な絵師の注釈までついてる有り様だ。

ひとしきり懐かしく見て回った女性は、もっとじっくり鑑賞したい気持ちを抑えて案内係の職員に話しかけた。

「すみません。渡したい品があるのですが、館長はおいでですか?」

「ああ、持ち込みの品でしたら外の窓口へお願いしますね」

「はーい」

一度、建物から出た女性は足が覚えている道をたどり、査定窓口のカウンターがあった場所に到着する。

ただし行列はなく、若い女性の職員が一人で退屈そうに爪を磨いているだけであった。

「あの、寄贈品はここだと聞いたのですか」

「はい、どーぞ」

そっけない口ぶりの職員に、女性は背負っていた大きめの板を窓口に差し出す。

予想以上に古ぼけてみすぼらしかったせいか、若い職員は下唇を突き出しながらぶっきらぼうに尋ねた。

「これ、なに?」

「えーと、ムーちゃんが愛用してた運搬ソリでいいのかな。わたしがだいぶ使い込んじゃったけど、良かったら飾ってあげて」

「はぁ? それってあの有名なおはな丸のこと? こんな小汚いソリでよくもまぁ言い張れたものね」

「こら、エリカさん!」

背後から飛んできた叱責に、若い職員は慌てて首をすくめた。

奥から現れた声の主は、受付の子とよく似た顔立ちをした四十代ほどの女性だった。

「どんな人でも、お客様はお客様なのよ。きちんと敬意を払いなさいと教えているでしょ」

「でも、ママ……」

「もう! 仕事中はちゃんと名前で呼びなさい。失礼しました、お客さ――えっ、あれ……まさか?」

「お久しぶりですね、マリカさん」

あんぐりと口を開けたマリカ嬢は、まじまじとカウンターの向こうに立つ女性を見つめる。

そして一息置いて、またも素っ頓狂な声を上げた。

「えっ、えっ、えええええ!」

「ど、どうしたの? ママ!」

焦る娘の呼びかけに応えず、マリカは泡を食った顔で踵を返す。

そしていきせき切った声とともに、誰かを引っ張りながらすぐに戻ってきた。

「か、館長、はやく、はやく来てください!」

「分かってる。これでも精一杯だよ」

三番目に登場したのは、立派な口ひげを生やした六十歳近い茶角族の男性だった。

館長と呼ばれた恰幅のいい男性は、ソリを持つ女性を見た瞬間、大きく目を開いて動きを止めた。

それから深々を頭を下げて、感に堪えないといった風にしみじみと呟く。

「手紙をいただいた時は半信半疑でしたが、本当にお会いできるとは。二十五年ぶりですな、ソラさん」

「はい。ご無沙汰ですね、サルゴンさん」

告げられたその名前に、受付嬢のエリカは交互に上司と目の前の女性を見比べた後、母親そっくりの声を上げた。

「えっ、えっ、えええええ!」

応接室で丁寧な謝罪を受けたソラは、元からの予定であったサルゴンの家へ招待されることとなった。

並んで歩きながら、それぞれのこれまでたどってきた道筋を明らかにする。

二十五年前、西部境界街の長たちが率いた遠征軍とトールたちの活躍により、"昏き大穴"は消滅した。

これにより人々は、瘴気から解放された豊かで広大な大地を手に入れることとなる。

その後は生き残った街長らが中心となって新央国が樹立し、初代首長にはサッコウが就任した。

周辺六国の干渉や移民の問題もあり、建国までは色々と大変であったが、その後もさらに大変であった。

特に影響が大きかったのは、モンスターの発生が止まってしまった点だ。

ありがたい話ではあるが、それは同時に素材や魔石などの供給源が断たれてしまったことを意味している。

これまでの生活を支えてきた基盤が失われたことで、当然、さらなる問題が数多く引き起こる。

その中でも最大のものは、大量の冒険者とその関係者の失業だ。

もっとも職人たちは、新央国内にも手つかずの森林や鉱床がいくつも発見され、あっさりと素材方面の問題は解決する。

後はこれまで作ってきた物の方向性を変えれば、まだやりようはあった。

だが、打ち倒すべき相手がいない冒険者はどうしようもない。

多少は残っていたモンスターどもが狩り尽くされると、一部は犯罪へと走り、もう一部はそれを取り締まる側へとなる。

そして、そのどちらでもない冒険者の大半は、いまだ瘴穴とモンスターが健在であった周辺六国へ散らばっていく。

ソラもそのうちの一人だった。

「ご活躍は何かと聞き及んでおりますよ。お一人で迫る千匹の 牛鬼(ミノタウロス) を蹴散らしたとか、村を二つも滅ぼした 死霊の王(レイス・ロード) を剣の一振りで消し去ったとか。さすがは世界を救った英傑ですな」

「改めて聞かされると気恥ずかしいですね……。たまたま、居合わせただけなんですけどね」

「六ヵ国を巡って、困った人々を助けてまわる救世主だともお噂でしたね」

「あー、モンスターがすぐに減っちゃうので、狩場を転々としてましたね。ええ、なかなかに大変でした」

「そ、そうですか。ずっとお一人だったんですよね。"孤高の聖女"という二つ名はここまで鳴り響いてましたよ」

「はい、一人だとスキルポイント独り占めですからね」

少女の頃とさほど変わらない率直な言動に、サルゴンは思わず笑みを浮かべた。

凄腕の冒険者になったことは間違いないのだが、人を惹き付けて止まないその気質は昔のままであってくれたようだ。

「サルゴンさんこそ、館長になられててびっくりしましたよ」

「ああ、それはちょっとした事情がありましてな」

<復元>の征戦があった当時、サルゴンは血流しの川の冒険者局出張所の所長になったばかりであった。

そして大穴が失せて様々な問題が起こると、冒険者局の局長になっていたシエッカに呼び戻され、副局長の椅子に座らせられてしまう。

そこから五年かけて、あらかた片付いたところで冒険者局の閉鎖が決定。

ホッと一息ついたところで言い渡された新たな職務が、この大英傑記念館の館長だった。

「あの頃の冒険者の評判は、かなり酷いものでしたからね」

体を張って人々の安寧を守ってきた冒険者たちだが、平時となればその必要性は格段に下がっていく。

潰しのきかない職業故に転職も難しく、かといって仕事はどんどんと減っていくばかり。

困窮に喘ぐ者も少なくなく、そのまま放置すれば良くない結果になることは確実なため特別手当を出すなどしていたが、税金の無駄使いではと余計に対立が深まる始末。

このまま関係の悪化を放置しておけば、元冒険者が大半を占める央国議会の統治にも反撥が生じる可能性は高い。

そこで目をつけられたのが、己が身を犠牲にして世界を救ったトールたちだった。

勇ましく、かつ悲劇の英雄譚。

民衆の支持を得るには、これ以上ない題材だ。

そんなわけでイメージ回復の広報活動の一環として、トールたちが活躍したこのダダンの街に記念館が造られ、その人柄をよく知るサルゴンが初代館長に任命されたという流れであった。

「なるほど、無理に作られた人気なんですね」

「滅相もありませんよ、ソラさん! おっと、失礼。ですが、今日も見ていただいてお分かりのように、二十年以上前の出来事なのですが訪れる人は後を絶ちません。みなさん、それほどまでに興味をお持ちいただいている証ですよ。それに、少なくとも私たちは、この仕事を大変名誉に思っております」

「……ありがとうございます。きっと三人とも聞いたら喜びますよ」

「ああ、それと受付のエリカですが、ああ見えてあの子はムムメメさんの大ファンなんですよ。ですが、人気に乗じてあからさまな偽物を持ち込んでくる輩も増えてまして」

「ふふ、ムーちゃんが聞いたら、胸張りすぎてひっくり返りそうですね」

楽しげに笑うソラの様子に、サルゴンは気になっていた点を切り出す。

「ところでソラさんは、どうしてまた急に帰国を? お手紙では近いうちに戻りますとしかありませんでしたが、もしや探索者のことでもお聞きしましたか?」

「探索者……、ですか?」

モンスターの発生がなくなった問題で、冒険者の失業と同等に大きかったのが深刻な魔石不足だ。

それなりに備蓄はあったものの、何年も保つ量ではない。

かといって、もはや生活に根付いていた魔石具を使用できないのは、あまりにも不便である。

そのため新央国では、魔石に代わる新たな動力を模索することとなる。

央国議会が目をつけたのは、大穴が消えた後に現れた旧央国時代の数々の都市の残骸であった。

優れた文明を誇っていた旧央国の跡地を探索してみたところ、狙い通り大量の遺物が発見された。

用途が不明なものも多かったが、役立つものも少なからずあった。

その中でも特筆すべきなのが、先ほどの灯りにも使われていた魔力瓶である。

魔石ほどの応用力はないが、個人の魔力を備蓄して特異な現象を起こすことができ、現在、生活の様々な面で活躍している。

そんなわけで新央国ではこの十年ほど、各地に眠る遺跡の発掘に力を注いでおり、中には地下に巨大な建築物が見つかった場所もある。

ただしそこには厄介なことに、先住者が数多く徘徊していた。

旧央国の創り出した 番人(クリーチャー) どもだ。

凶悪なそれらを排除しつつ危険な罠をくぐり抜け、遺跡の奥から貴重な遺物を持ち帰る。

それが探索者と呼ばれる新たな職業であった。

「なんかすごく面白そうですね。でも、今回は違いますよ。わたしはある約束を果たしにきたんです。ずいぶんと遅くなりましたけどね」

「約束……ですか。ああ、着きましたよ。こちらも懐かしいでしょ」

そこはソラもよく知る場所、ユーリルの下宿であった。

大英傑トールらが暮らしたこの有名な家は、現在は記念として保存されている。

サルゴンらはその隣の家に住んでおり、ユーリル家の管理をしつつ、見学ツアーの案内などもしているらしい。

「詳しい話は夕食の席でお聞かせください。今日は家内が張り切って腕をふるっているはずですよ」

「あなた、待って!」

ドアの取っ手に手を掛けたサルゴンに、内側から制止の声がかかる。

が、間に合わずわずかに開いた扉の隙間から、矢のように白い影が飛び出してしまった。

四本の足が生えた小さな毛玉は驚くサルゴンの足元をすり抜けると、背後のソラも素早く躱して――。

なぜか見えない壁にぶつかったように、いきなりポンッと宙に跳ね返った。

さらに不思議なことに、そのまま空中でピタリと止まってしまう。

屈んで腕を伸ばしたソラは、家の中から飛び出してきたソレをつまみ上げると、目の高さまで持ち上げた。

「お外で遊びたかったのかな。うんうん、なかなか美味しそうな顔をしてるねぇ」

鼻先を指で軽く弾かれた真っ白な毛並みの仔猫は、その言葉に首をすくめながら小さくニャアと鳴き返した。

そこへ女性の声が、かぶさるように響く。

「ほんとうに……、本当にソラさんなのね……」

「はい、お元気でしたか? エンナさん」

扉の向こうに立っていたのは、この街に居た頃、さんざんお世話になった受付嬢の女性だった。

シワも増え髪に白いものも混じってはいるが、その穏やかな顔立ちは当時となんら変わっていない。

走り寄ってきたエンナは仔猫ごとソラに抱きつくと、その背中に労るように手を回す。

そして嗚咽を漏らしながら、言葉を紡いだ。

「ソラ……さん、ずっとお一人で……たいへんだったでしょ。ずっとずっと、心配で……」

「ごめんなさい、もっと早く連絡すべきでしたね」

「いえいえ、いいの! 大変だったのでしょ。その格好を見れば分かります。もうすっかり、立派なベテラン冒険者ね」

間近で見たソラの顔や体には、白くなった古い傷跡らしきものがいくつも残っていた。

涙を拭いたエンナはニッコリと微笑みながら、開きっぱなしの扉へ手のひらを向ける。

家の中からは、これ以上ないほど美味しそうな匂いが溢れ出していた。

「さぁ、ご馳走ができているわ。お腹すいたでしょ。たっぷり召し上がってね」

「やった。ありがとうございます、エンナさん。もうお腹とお尻がくっつきそうなほど空腹で」

「ふふ、それを言うなら背中とお腹でしょ、ソラさん」

その日、お腹いっぱいになるまで食べて飲んだ後、ソラたちは離れていた時間を埋めるように夜中まで語り合った。

それから風呂を借りて旅の垢を落とし、仔猫といっしょに糊のきいたシーツに潜り込む。

そして久々に朝までぐっすりと眠った。