軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

危険を冒す者たち その四

「ああ、もう埒が明かないわね!」

やっとのことで切り裂いた濃灰色の表皮が、またたく間に元通りになっていく光景にキキリリは舌打ちを漏らした。

石鬼(トロール) どもが住まう谷底の横穴群。

そのたどり着いた最深部には、案の定、黒い瘴気に満ちた穴が穿たれていた。

そして瘴穴のそばには、一回り大きなトロールが一体。

おそらく、この 石鬼の王(トロールキング) が迷宮主なのだろう。

太く分厚い体は通常のトロールよりも固い皮膚に覆われており、金剛鉄の斧であっても一度叩いたくらいでは筋が残る程度である。

ただ攻撃を避ける必要がないためか、その巨体の動きは恐ろしく鈍い。

こぶしが地面に付きそうなほど長い腕を振り回してくるが、これも大振りすぎて躱すのに苦労はない。

優秀な魔技使いが数人居れば、そうそうに片が付くであろう。

しかし雷使いと片手斧の戦士には、あまり相性が良くないモンスターだった。

特にキキリリたちの場合は素早さで上回りながら絶えず先手を取ったり、カウンターで仕留めていく戦い方を得意とするため、恐ろしく不向きな相手である。

せめて他の冒険者と協力していれば違ったやり方もできたはずだが、広い最下層には二人の姿しかない。

並の雷使いでは比較にならない精度を持つネネミミの<電探>のせいで、なまじモンスターを全て回避してしまったのがまずかったようだ。

せっかちなキキリリがさっさと済ませて戻りたいと言い出して、深く考えずに特攻したのも良くなかった。

結果、決定打を与えることも出来ずに、戦闘時間は大いに長引いてしまっていた。

「そろそろ諦めない?って、いやよ。ここまで粘ったのよ!」

<感覚共有>で聞こえてくる妹の提案を却下しながら、キキリリは腕の一振りをかいくぐりトロールの胴体に斧刃を激しく叩きつける。

今まで通りであれば、それなりの傷を負わせることも可能だったであろう。

だが今の双子たちには、決定的にある物が不足していた。

浅い切り傷しか負わせられなかったことに、顔をしかめながら飛び退る戦士。

そこへ見計らったように、足元の土がいきなり盛り上がった。

脳内に響く鋭い妹の警告に、キキリリはさらに地面を蹴って逃れる。

わずかに遅れて地中から飛び出してきたのは、巨大な口を開くモンスターであった。

王の招集に馳せ参じた地竜は、地面から突き出た長い体をくねらせる。

これも戦闘を長引かせていた要因であった。

一定時間が経つと、この面倒な迷宮主は配下を呼び寄せてくるのだ。

しかも、今回の地竜はひときわ胴回りが大きい。

苛立っていたのは、トロールの王も同じであったようだ。

「まずっ!」

胴体を小刻みに震わす地竜の仕草に、キキリリは慌てて距離を取ろうとする。

しかし大幅に体力が減じた身体は、とっさに動こうとしない。

思わず本気を出しかけたその時――。

「よし、いっただき!」

誰かの声が響くと同時に、一条の輝きがキキリリの視界に閃く。

それは紫電をまとわせた槍であった。

――<電閃破>!

真横から飛来した槍は、地竜の喉を貫き派手に血煙を立てる。

だが、それだけでは仕留めきれなかったようだ。

体勢を崩しながらも、モンスターは獲物と見定めたキキリリへ牙がぎっしりと並ぶ顎を向ける。

その喉奥から肉を溶かす消化液が、噴霧となって一気に吐き出された。

まともに浴びれば、全身が激しく焼けただれることは確実だ。

が、寸前、丸っこい影が地竜とキキリリの間に滑り込む。

その人物はとっさに盾を足元へ突き刺し、闘気を大地に注ぎ入れた。

――<岩杭陣>!

急速に盛り上がる土壁に遮られた溶解の吐息は、たちどころに霧散していく。

そしてもう二つの人影が、消化液を吐き出したばかりで硬直している地竜へ挑みかかった。

「おら、喰らえ!」

空を割って旋回した両手斧が、激しくモンスターの頭部を強打した。

――<電旋壊>!

紫の火花が飛び散り、地竜の体が大きく傾ぐ。

そこへ片手斧を二丁携えた男が、わざとらしく両腕を左右に伸ばしポースを決める。

「仕上げは俺だ!」

轟と闘気を噴き上げた巨躯は、踏み込みながら腰を落とし眼前へ雷を放つ斧を叩きつけた。

――< 狂鬼乱斧(きょうきらんぶ) >!

鮮やかな残像を生み出しながら、男の両腕が地竜へ何度も振り下ろされる。

紫光の軌跡を描く二丁の斧が宙を踊りながら、モンスターの頭部を切断し、破砕し、またたく間に肉片へと変えていく。

狂ったかのような笑みを浮かべる男の腕は、まだ止まらない。

容赦の欠片もなく、圧倒的な暴力と化して斧を振るい続ける。

ようやくその動きが止まった時には、地竜の上半身は完全に失われてしまっていた。

その結果を見下ろした男は得意満面に振り返り、それからあんぐりと口を開けた。

「……なんだよ、お子様じゃねえか」

「いきなりすごく失礼ね」

思いっきりため息をつく紫眼族の男に、キキリリは立ち上がりながら胸を張る。

だがその薄い胸では、そう言われるのも無理はない。

かつては美しい雌虎と称賛された美女は、今は十二、三歳くらいの少女へと変貌してしまっていた。

大瘴穴の封印に協力した報酬としてトールに若返らせてもらったのだが、少々欲張りすぎた結果である。

おかげで筋力と体力が結構落ちてしまい、トロールごときに苦戦してたというわけであった。

「なんてこった。美人の危機を間一髪で助けて、ついでにパーティに入ってもらう目論見が……」

「連れがずいぶんと無礼ですみません。僕はディアルゴと言います。この三兄弟は上からロロルフ、ニニラス、ググタフです」

「キキリリよ。あっちは妹のネネミミ。助けてくれたことは感謝してあげるわ」

そこで両手斧を肩に担ぎ直した次男が、広間の状況に気づき大声を放つ。

「たいへんだぜ、兄貴! そいつ迷宮主じゃなかったみてえだぞ」

「なんだって! 畜生、カッコよく決めたのに台無しだろ! あと反動で、もう腕に力が入んねぇぞ」

「いや、危機一髪を救った俺の一番槍のほうが決まってたと思うぜ、兄貴」

「そういや、お前はまた抜け駆けしやがったな!」

「くそ、まーたトロールかよ。常闇の渓谷でさんざんっぱら倒して、もううんざりだってのによ」

「愚痴っても仕方ありませんし、ここは気合を入れて倒しましょうか。なかなかに厄介そうな相手ですよ」

いきなり現れて口々に騒ぐ四人の男に、キキリリは驚いたように目を見開いた。

それから腰に手を当てて、少し呆れた口調で言い放つ。

「まったく、もっと早く来なさいよ。さんざん待ったわよ」

「なんか言ったか? 嬢ちゃん。ほら、ここは俺たちに任せて下がってな」

「結構よ。貴方たちこそ、そこで控えてなさい」

ロロルフを軽く押しのけた少女は、妹へ目配せしながら前に進み出る。

放置されていた迷宮主は、ようやく相手が戻ってきたことに喜びの雄叫びを上げた。

「おい、無理すんなって――。なにっ!」

次の瞬間、双子の姿はかき消えていた。

間を置かずに空中に美しい雷紋が、次々と浮かび上がる。

さらに驚いたことに、四丁の紫電を帯びた斧が宙を目まぐるしく飛び交い始める。

唐突に咲き乱れる雷の火花を、愚直に追いかける斧たち。

当然、その進む先に立ち尽くすトロールの巨体と、激しく斧刃は交わっていく。

空を踊る斧に全身を削られだした迷宮主は、狂ったように両の腕を振り回した。

が、それを巧みに掻い潜りながら、四丁の斧はトロールの体を間断なく切り裂き血しぶきを上げる。

「……ど、どうなってやがんだ」

「姿が見えないのは、おそらく雷系の上枝魔技< 電光切華(でんこうせっか) >でしょうね。そして斧が追尾していくのは――」

「< 斧輪雷同(ふわらいどう) >だな。なるほど、同時に使ってやがるのか」

高速で移動する双子の手に戻ろうと四丁の斧が宙を行き交いするのだが、当然、途中に障害物があると跳ね返ってやり直しとなる。

これにより攻撃する回数が増え、さらに位置を調整して同じ箇所に何度も当てることも可能となるやり方だ。

再生を上回る速さで襲いくる斧の嵐に、トロールの王は為す術もなくズタズタにされていく。

呆気にとられた四人が見守る中、迷宮の主は自らの作った血溜まりに声もなく倒れ伏した。

「す、すげぇな。何者なんだよ、あの嬢ちゃんたち」

「聞き間違いかと思ったのですが、あの技の冴えを見る限り、ご本人のようですね。有名なダダンの金剛級の双子のお二人ですよ」

「えっ、前にちらっと見た時は、もっとボボンとした体だったぞ!」

「あれだよ、兄貴。ほら、トールの兄貴の変な魔技」

「おお、あれか。って、なんてもったいないことしやがるんだ」

「いや、あの尻はなかなかに有望だったぜ、兄貴」

「でもやっぱり、ユーリルさんくらいの胸は欲しいよね」

「本当に失礼ね、貴方たち。本人を前に言うことじゃないでしょ」

斧を腰帯に戻した双子が、疲れ切った顔で戻ってきながら三兄弟に言い放つ。

そして懸命に愛想笑いを浮かべる男どもを値踏みした後、長男と次男をそれぞれ指差した。

「うん、そこの二人で良いわ。ちょっと、後ろ向いて」

「え、俺か?」

「俺も?」

「さっさとなさい、使えないわね」

「……愚図」

女性からの命令に抗えないロロルフらは、うら若き見た目の双子の姉妹へ急いで背を向けた。

その広い背中に不意に重みがかかり、慌てて振り向いた二人は目を丸くする。

少女たちは当たり前の顔をして、男どもに身を預けていた。

「ど、どういうことだ?」

「鈍いわね。貴方も上枝武技使えるなら分かるでしょ。反動が来て歩くのも億劫なのよ」

「いや、俺も両手の力が入らないんだが」

「支えるくらいなら出来るでしょ。さっさとしないと、穴が崩れるわよ」

「そうですね。急ぎましょう」

ディアルゴに促され、渋々と早足で歩き出す兄弟。

上機嫌で体を押し付けてくるキキリリに、ロロルフは肩をすくめながらぼやいた。

「トールの兄貴が面白そうなことおっ始めるっていうから来たのに、こんなところで子守させられるとは思わなかったぜ」

「あら、貴方たちも、トールの知り合いなの」

「ふっ、俺たちの心の兄貴だぜ!」

「本当かしらね」

「疑うのかよ、嬢ちゃん」

怒気をにじませる長男の物言いに、長女であるキキリリは少しだけ頬を緩めた。

「だってそんな仲なら知ってるはずでしょ。トールは言葉を違えないって」

「た、確かにそうだな」

「一本取られたな、兄貴」

頭を掻こうとして腕に力が入らず諦めるロロルフに、双子の姉は楽しげに言葉を重ねた。

「ふふ、楽しみに待ってなさい。明日からが本番よ」

すでに先行している元英傑組からの情報で、続々と危険なモンスターが集まりつつある状況が明らかになっていた。

谷の貫通工事も今日中に終わるはずで、キキリリらの活躍で瘴穴を封じられたここは一夜限りの安全地帯となる。

日暮れ前には、後方に控えていた千人の冒険者たちも到着する手筈だ。

ゆっくりと英気を養った遠征軍は、三日目の朝、気勢を上げて谷から先へと歩を進める。

かくして央国史にその名を刻まれた壮絶な死闘の幕が上がった。