軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

強引過ぎる根回し

「お、大穴を目指すだと!!!!」

トールたちの英傑叙任式から遡ること一日。

ダダンの境界街の街庁舎の会議室には、九人の男女が詰めかけていた。

央国の西側に点在する九つの境界街。

それらを治める元英傑たちだ。

いずれも大瘴穴を封じた傑物であり、長らく最前線で指揮をとってきたそうそうたる顔ぶれといえよう。

当然ながらその身がまとう雰囲気は常人を遥かに逸しており、お茶を淹れに扉を開けた職員が悲鳴も上げられずに立ち竦むほどであった。

そんな街長たちが集まった理由は、この集いに新たに加わるであろう新参者との顔合わせ。

そして、いかにして厄介極まる迷宮主を攻略したかの確認である。

特に六大神の系統に属さない技能樹の持ち主の活躍は、央国西側中に様々な噂となって鳴り響いていた。

その上であわよくば他の有能な冒険者の引き抜きや、援助にかこつけた新境界街との友好な関係の構築なども含まれている。

特にダダンの境界街は、ボッサリアと優位な同盟関係を結んだうえで、さらに今回、広大な土地を手に入れた挙げ句、新たな境界街を保護下に置くこととなる。

頭一つ抜け出たといっても過言ではない。

そんな訳で、少しでもその恩恵に与ろうと、街長たちはこの会議へと臨んでいた。

本国の情勢がかつてないほどきな臭くなってきた以上、今は少しでも自分たちの街に有利な情報を持ち帰る必要がある。

そう意気込む元英傑たちであるが、話し合いの内容は肩透かしに近いものであった。

新たな街長の候補は、蒼鱗族の水使いの乙女。

この会議の出席者の年齢の半分にも達していない若輩者だ。

確かに特筆すべき癒やしの才能を有してはいるが、街長に選ばれたのは聖遺物の兼ね合いもあってだと簡単に見て取れる。

そして肝心の迷宮主との戦闘も、たった一人の男が剣一本で終わらせたという参考にもならない話である。

一通りの報告を聞いた後は、自然と自分たちの瘴地の固定ダンジョンがいかに面倒で始末に負えないかの話へと移った。

特別に隠しておくような事柄でもないし、むしろ情報を公開したほうが攻略の糸口になったり、状況次第では冒険者の 交換(トレード) などで一気に攻略が進むこともあり得る。

忙しさに追われる中、時間を作ってわざわざここに集まったのは、少しでも自分たちの街を強くしたいという街長たちの切なる願いからでもあった。

しかしその会話もやがて、神殿や本国の突き上げがどうとか、商工会が何かと金を惜しむだとか、期待して大金を投じた冒険者があっさり怪我で引退したとかの愚痴へと変わっていく。

英傑の称号を得たはずの猛者たちが口々と不服を漏らす姿は、繰り言を続けるただの年寄りでしかない。

さすがに先ほどの職員でさえも、平然とお茶のおかわりを注げるほどの変貌ぶりである。

そんな中、羨望を込めた口調で、ダダンの南西にある境界街の長である翠羽族のシエが話題を振った。

「ところでダダン殿は、これからどうなさるおつもりですか?」

「街も安泰となれば、一気に暇になるだろうな。羨ましい限りだ」

「ふむ、これならサクッと引退して、悠々自適に過ごせそうだな」

「なにっ! ダダン、貴様、我を差し置いてそんな不埒な真似は許さんぞ」

「落ち着け、落ち着け。わしに引退する気はこれっぽっちもないぞ。まだ、やるべき大きな仕事が一つ残っておるからのう」

口々に非難を始めた盟友たちへ、年老いた戦士はニヤリと口角を持ち上げてみせた。

その姿にシエは興味深げに思案を重ねる。

「モンスターの脅威も失せて、後進の育成も見事、花咲いた。となると、あとは土地の開拓くらいですね」

「いや、そっちは息子どもに全部任せる予定じゃ」

「なら、降参ですね。今のダダン殿がやるべき大仕事とやらが、さっぱり思いつきません」

「目ざといお主でも分からんか。とてつもない大きな山じゃが、死ぬ前にぜひとも己を試してみようと思ってのう」

「もったいぶるな、ダダン。早く言え」

先ほどから馴れ馴れしい口ぶりの老いた男は、ダダンやシエよりもさらに南の境界街の長ムガルゴだ。

この集まりの中でも抜きん出た巨躯を誇り、現役時代は不動の異名をとった茶角族の盾使いである。

ダダンと同年代での活躍であり、現役時代は良きライバルでもあった。

皆の視線を集めてみせた老雄は、あっさりと答えを明かした。

「わしは"昏き大穴"へ挑むつもりじゃよ」

そして最初の驚きの声に繋がるというわけである。

唖然と口を開けた元英傑たちだが、すぐに気を取り直して会話を続ける。

「おい、本気か? ダダン」

「……いきなり何を言い出すかと思えば。いくらなんでも妄言が過ぎますよ」

「ふはは、俺は夢があって良いとは思うぞ」

「だが正気の沙汰ではないな。あまりにも無謀過ぎる」

それぞれが呆れたように感想を述べる中、ただ一人、先ほどのダダンの発言にも驚きの表情を浮かべなかった男が口を開いた。

「いつの予定ですかな? ダダン局長」

「だいたい二週間後じゃな」

「それなら、なんとか時間を作れそうですな。ただ前々から何度も指摘してきましたが、あなたは根回しがずさん過ぎる。もっと余裕を持って――」

「ったく、お前は相変わらず口うるさいのう。わしもいきなり言われたんじゃ。勘弁せい」

現ボッサリアの街長であるサッコウと、元上司であるダダンのやり取りに、残りの七人はまたも面食らったような顔になる。

「サッコウ殿、その……、話がよく見えませんが」

「どういうことだ? ついていく気なのか」

「お二方とも、少々落ち着いたほうがよろしいかと」

「呆けるのは、いささか早いのではないか。ダダン殿、サッコウ殿」

「やれやれ、引退してふやけた暮らしぶりになると、こうも簡単に頭の巡りも鈍るのか」

「なん……だと……!」

切れ味のいいサッコウの返しに、他の街長が色めき立つ。

ただし、こちらは酒場で粋がる若者ではなく、れっきとした歴戦の猛者どもだ。

たちまち膨れ上がった殺気に当てられ、お茶を再び運んでいた職員が声も上げずに倒れ伏しかけてダダンに支えられる。

剣呑な場の様子に、紫の眼を光らせた老雄は淹れたての茶を一口すすった後、ひらひらと手を振った。

「だから、お主らちっとは落ち着け。サッコウ、お主もじゃ。わしらはトールをよく知っとる。こいつらは知らん。その差じゃろうて。つまらん鞘当てなぞけしかけるな」

「そうですな。失礼しました。……気概は衰えてないようですしね」

どうやら、わざと挑発したようだ。

あっさりと矛を収めたサッコウに興を削がれたのが、元英傑たちは怒気を緩める。

そして代わりに興味を向けたのが、ダダンの口から出た名前であった。

「トールというのは、噂の英雄だな。そいつが関係しているのか?」

「ああ、ここで言葉を尽くすより、直接会ったほうが早いじゃろ」

その言葉と同時に会議室の扉が開き、四十近い男が姿を現した。

即座に七対の射抜くような眼差しが、軽く頭を下げるトールへ注がれる。

「どういうつもりだ、ダダン。この会議の出席者は街長だけのはず」

「部外者を呼び入れるとは、何を企んでいるのですか?」

鋭い叱責が飛ぶが、ダダンは意に介する素振りもなく、机に並ぶ面子を眺めながら淡々と言葉を続けた。

「ここは議長たるわしの顔を立てて、少しばかりこやつの話を聞いてくれんか。ほれ、場は作ってやったぞ、トール」

「丸投げですか、師匠」

「わしが説明しても、直に見てきたお前より上手く言葉にできる気がせんでのう」

やれやれと顎の下を掻いたトールは、押しも押されもせぬ顔ぶれを見回した。

暴嵐のシエ、不動のムガルゴ、赫眼のサッコウ。

全員が知らぬ者のない二つ名の持ち主たちだ。

しかし意気込むこともなく、トールは昨日チョイ屋で語ったのと同じ話を繰り返す。

最初は胡乱げに聞いていた街長たちだが、話が進むに連れ心当たりがあったのか、次第に目つきが変わった。

トールが話し終えると、口をつぐんでいた元英傑たちはいっせいに声を上げる。

「確かに、その兆候は否定できんな。もっとも、今の段階ではただの行き過ぎた予想とも取れるがな」

「我々のところでも似たような推論は、挙がっておりました。ただ、あまりにも規模が大きすぎて、あり得ないという結論でしたね」

「同じような相談をうちの金剛級の連中にされたことはあるな。たわ言だと笑い飛ばしたが……」

目を合わせながら、それぞれの思惑を確認し合う街長たち。

やがて翠羽族のシエが、静かにダダンへ問いかける。

「…………それで、その大本を叩こうというお話なのですね」

「理解が早くて何よりじゃな」

「だとしても何一つ確証はありませんし、それに大瘴穴に挑んだ我々が一番よく理解しておられるでしょう。それはあまりにも危険すぎると」

先ほどのトールの説明からは、<予知>で見えた未来のほとんどが途絶えるといった部分は省いてあった。

そのため、ただの杞憂ではないかと疑われるのも無理はない。

ならば、それが逃れ得ない確実な終わりであると、この元英傑たちに示すだけのことだ。

ダダンは静かに、愛弟子の顔を見つめた。

その無言の問いかけに、トールも静かに頷き返す。

そして二人の手が、ゆっくりと握りあった。

「そうじゃな。お主らには言葉よりも、その目にハッキリ映る形で見せんと納得せんじゃろうな。実はな、このトールは神の御力を宿しておる」

「どうした、急…………に…………」

「何を言い出す……かと…………」

「相変わらず、愉快…………な…………」

それぞれがダダンの言葉に反応しかけたが、またたく間に大きく口を開いた状態で動きを止める。

その瞳は見慣れたはずの旧友へ向けられたまま、最大限に見開かれている。

やがて街長の一人が、喉の奥から絞り出すように掠れ声を放った。

「………………………………えっ?」

そこに座っていたのは、二十代後半の紫眼族の若者であった。

フサフサとなった頭髪に、数人の目が忙しなく動き回る。

「どうじゃ、これで信じたか?」

そのダダンの言葉の数秒後、会議室に凄まじい悲鳴が響き渡った。