軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

重ねた刃の結末

――黒い刃が迫る。

円舞。

アニエッラの円を描く動きは、そう呼ぶそうだ。

初日で見せてくれたものは、動きを分かりやすく伝えるため速度をわざわざ落としていたらしい。

この歩法のもっとも厄介な点は、間合いを一瞬で潰してくることだ。

間合いとは互いが、いかに優位に空間を占めるかという争いである。

トールの場合は、伸ばした腕と剣身の長さ。

それに加えて一歩踏み込んだ距離が、最適の間合いだ。

対して素手であるアニエッラの有効距離は、腕が届く近さとなる。

先んずればトールが有利であるが、懐に入られるとアニエッラを止めることは不可能となってしまう。

しかし足拍子と呼ぶ独特の緩急をつけた舞姫の足捌きは、機先をほぼ許そうとしない。

下がって距離を保とうとしても、回転を速めたその体はまたたく間に優位な間合いへ達してしまう。

ならばと、トールが選んだ道は鍔迫り合いであった。

ただしそのままでは、剣を振り抜くことは難しい。

より構えを押さえ、最小限の動きで最短を目指す。

ただしそのために、力を一瞬で注ぎ込まねばならない。

役に立ったのは、<雷針>によって会得した身体の最高速を瞬時に引き出すやり方だ。

まばたきする間もなく、トールの剣が一閃する。

――黒い剣尖が、蝶のようにひらりと舞って迎え撃つ刃を躱した。

よく目立つ動きを、アニエッラは眼目と呼んでいた。

それは相手の目を惹き付けるための餌だと。

ふわりと空気をはらむ袖の動きに、トールの視線が捕らわれた瞬間、潜んでいた反対の手が喉元へ突きつけられてしまう。

それを防ぐために大事なのは、一点に視線を居着かせないことだ。

体を支える骨は、あらゆる行動の根本を為す。

相手の全身へ視点を散らすことで、逆に小さな起点を見逃すことなく行動の予測へと繋げられる。

爪先と膝、肩のねじれから、黒い刃の軌道を見切ったトールは、己の剣をそこへ向かわせた。

――交わった二振りの刃から、硬音と七色の火花が飛び散る。

剣は振り切って終わりではない。

アニエッラのもっとも特筆すべき点は、その攻守一体の動きである。

人間は一つの動作が終われば、そこに硬直や弛緩が生じる。

だが舞姫の踊りには、それがなかった。

滑らかに間断なく、躱し、突き上げ、弾き、打ち付ける。

おそらく特殊な呼吸や筋肉の収斂があっての動きだろうが、まず一朝一夕で身につくような技術ではない。

しかしながらトールにも、それに対処する術はすでに備わっていた。

誰の助けもない独りでの戦い。

それは囲まれた時点で死を意味する。

四方から迫りくる猛撃を逸らし、打ち払い、いなすことで長い時を生き延びてきたのだ。

――弾かれた黒い剣は宙をひるがえり、数え切れぬ斬撃となって襲いくる。

死地へ踏み込みながら、トールは黒い剣が届きにくい角度と位置へ体を巧みにずらしていく。

一瞬の遅延も許されない速度。

だがトールの剣は空を断ち切りながら、黒い刃へと喰らいつく。

アニエッラの見立てによると、トールにはすでに十二分な土台が備わっているらしい。

あとはそれを一段階上に押し上げる手助けがあれば、その迷宮主とやらにまず負けることはないだろうと。

トールが頼りとしたのは、この半年、いやそれ以上の長い期間を、ともに過ごしてきた少女だった。

ソラの特性である<空間知覚>。

それをムーの<感覚共有>で、トールへとつなげたのだ。

――宙を踊り狂う骸骨の剣が、無数の残像を描く。

髪の毛一筋の幅を残し、トールの体すれすれに黒い刃が走り抜ける。

黒い骸骨の動きと間合いを完璧に掌握したトールは、その刃筋をことごとく遠ざけていく。

――重なり合い、ひとつなぎとなる剣戟。

――空に閃く、黒い影と七色の輝き。

――目まぐるしく入れ替わる骨と生身の肉体。

トールの視界に束となった時の流れが、凄まじい奔流となって押し寄せる。

数百、いや数千を越す刃の交わり。

もはやどれほど<予知>を試したのか、トール本人にも定かではない。

だが確実にトールの目と体には、黒い骸骨の剣が刻み込まれていた。

ムーと向き合って鏡を覗き込むトールの瞳に、一筋の時の流れがくっきりと映し出される。

それはずっと待ち続けた一瞬であった。

幾百もの斬り合いの果ての、ほんのわずかな一時。

黒い骸骨の体が、少しだけ傾く。

その刹那、トールの腕が動き、最短、かつ最適な距離を七色の刃がよぎる。

迎え撃つ黒い刃を軽やかに躱した金剛鉄の剣は、そのまま骸骨の胸部に吸い込まれた。

トンッと刃が掠った瞬間、全ての筋肉が引き締まり、力となって圧縮される。

柔軟なしなりから生まれた堅固な一撃は、全てを砕く斬撃へと転じた。

凄まじい衝撃が解放され、黒い骨の肋骨が残らず吹き飛ぶ。

そして破壊がそれだけに留まらず、全身の骨へと波及する。

飛び散る骨片を突き抜けるように、不意にトールの視界が無限に広がっていく。

海。

時の流れの先にあったのは、どこまでも続く広大な――。

「トールちゃん!」

「ムムさん!」

いきなりの叫び声に、意識を戻したトールは顔を上げる。

目に飛び込んできたのは、心配に満ちたソラの顔だった。

鏡を抱えたまま、まばたきするムーも、ユーリルに強く抱きしめられている。

「いま、なんか消えそうになってたよ!」

「そうなのか?」

「はい、体がぼやけて……、何があったんですか?」

驚きをにじませる二人の言葉に、トールは思わず顎の下を掻いた。

おそらくだが、あの<予知>の彼方に見えた時の海が原因であろう。

しかし今は、それ以上に大事なことがあった。

記憶が薄れる前に、やり遂げなければならない。

立ち上がったトールへ、ソラがすがるような眼差しを向けてくる。

「だいじょうぶ? トールちゃん」

「ああ、心配をかけたな。先に少し片付けてくる」

そう言いながらトールは、迷宮の主が待つ部屋の赤い扉を押し開けた。