軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無窮の神鏡と無敗の舞姫

二日後、トールたちはダダンの境界街へ戻った。

持ち帰った祭具は、局長により無窮の神鏡と名付けられる。

さらに外壁の警備の人員を増やし、小鬼の森や血流しの川を行き来する冒険者、木こりや職員たちにも警戒令を出すとのことだ。

ただしあまり長くは厳しいぞと、期待に満ちた目でダダンに急かされたが。

その翌日、トールを訪ねてユーリルの家に二人の客が来た。

一人目は長い包みを携えた男、武器工房の長トルックだ。

「ながらくお待たせいたしました。どうぞ、お納めください」

ローテーブルの上に置かれた木箱を開けると、スラリとした剣が姿を現した。

剣身は七色の光沢を放つ金剛鉄。

刃の長さはこれまでより爪一つ分ほど長くなり、尖端だけ片刃の造りはいつも通りだ。

鍔はやや小さくなり、柄もしっくりと手に馴染む。

ユーリルに許可を得て、庭先で数度振ってみた。

軽すぎず重すぎず。

空気を軽やかに断つ音が、耳に心地良い。

「いい剣だな」

「はい、全霊を込めました」

「そうか」

トールが口元を緩めながら頷くと、鍛冶職人も小さく唇の端を持ち上げて応えた。

二人目の客は女性だった。

薄紅色の花があしらわれたシックな黒いワンピースに、幅広の帽子。

老齢を思わせない身のこなしで、優雅にソファーへ腰を下ろす。

帽子を取ると、獅子のたてがみを思わせる金色の髪が溢れ出した。

赤い瞳と褐色の肌を持つ、夜の帳亭の女主人アニエッラだ。

静かな眼差しを向けながら、老婦人は淡々と用件を告げた。

「私に剣の相手をしてほしいと、ダダンから聞きました」

師匠が紹介してくれると言っていた稽古相手である。

すでに詳しい話を聞いていたトールは、深々と頭を下げた。

「わざわざ、お越しいただきありがとうございます」

「こんな老いぼれでは、どこまでお相手できるか分かりませんよ。本当によろしいのですか?」

「はい、ぜひお願いします。それと師匠からお聞きしてると思うのですが……」

「ええ、耳を疑うようなお話でしたら。でも、お噂は本当のようですね。驚きました」

お茶を出してくれたユーリルへ、老婦人は言葉とは裏腹な落ち着いた視線を飛ばす。

「ご無沙汰ですね、凍白殿」

「はい、アニエッラ様もお元気そうで」

「お知り合いですか? ユーリルさん」

「ふふ、私たちの世代で、この方をご存じない者はおりませんよ」

剣舞のアニエッラ。

活躍したのはダダンたちよりもさらに古い時代であるが、三つの大瘴穴の封印に関わったとされる伝説級の英傑である。

その剣技の冴えは凄まじく、迷宮主を単騎で屠ったなどの眉唾物な逸話は数知れない。

ストラッチアの使う剣舞流も、実は彼女の剣捌きを元に弟子たちが広めた流派だったりする。

そんな名を馳せた英傑が、なぜこの街でひっそりと酒肆を営んでいるのか。

ダダンに尋ねたところ、お師匠様も随分と丸くなられたからとよく分からない返答であった。

「では、少しお手を拝借してもいいでしょうか?」

差し出した手を素直に握ってくれたので、要望の二十代前半へ肉体を一気に若返らせる。

次の瞬間、トールは思わず手を離していた。

眼前に腰掛けているのは、息が詰まるほどの美貌の女性だ。

だがそのスラリとした体から放たれていたのは、迷宮の底で相見えたモンスターと遜色ない威圧感であった。

「なー!」

ソファーでうたた寝中のムーが、気配に驚いて飛び起きる。

そしてびっくりしたあまり大事に抱えていた鏡を、アニエッラめがけて突き出した。

その鏡を覗き込んだ元英傑は、己の若返った顔を確認すると満足気に頷く。

同時に獣じみた気配も消え去った。

「驚かせて申し訳ないわね。つい血がたぎってしまったわ」

薄く笑みを浮かべながら、アニエッラは己の指を滑らかに動かして感触を確かめる。

それからしなるように腕を持ち上げて、居間から見える庭を指差した。

「さぁ、始めましょうか」

トールの金剛鉄の剣に対し、アニエッラは無手だ。

うっかり剣を持つと、手加減できないらしい。

間合いは五歩半。

一瞬もかからぬ距離で、舞姫は平然と佇む。

もっともその姿は一輪の薔薇の如く完璧に整い、一分の隙も見当たらない。

脱力はしているが、指先まで力が完全に行き届いてる。

ダダンに何度も仕込まれた構えだ。

するりとアニエッラの右足が前に出た。

その爪先を起点に、舞姫の体がくるりと回った。

両腕が伸び、幅広の袖がふわりと空気をはらむ。

惑わすほどの優雅な舞に、観客であるソラたちが魅入られたように身を乗り出す。

そのままもう一度。

回りながらアニエッラは、トールの剣の間合いへためらいもなく踏み込む。

通常であれば、武器を持つ相手に背を向けることは大きな隙である。

しかしながら、その見事に緩急が付いた動きに、トールは機先を制されてしまう。

気がつけば、吐息のかかる距離。

伸びてきた手を、下から跳ね上がったトールの剣が迎え撃つ。

外されたとしても、その剣尖は胴体を確実に捉える刃筋だ。

風に煽られた羽毛のごとく、アニエッラの腕が軽やかに軌道を転じる。

同時にもう片方の腕が、トールの剣を横から弾く。

寸前、斬撃は突撃へと変化した。

強引に向きを変えられた七色の剣身は、肩口を狙って突き出される。

その瞬間、またもアニエッラの身体が、風を切って回った。

トールの剣を予定調和のように躱しながら、両の腕が再び美しく広がる。

だがトールも、黙ってその踊りを眺めていたわけではない。

足を引きながら、その体勢の崩れを生かし、横薙ぎへと刃筋を変える。

避けきれない距離。

のはずであったが、アニエッラはすでにその身を反転させていた。

あっさりと間合いを外した舞姫は、弾ませるようにその身をひるがえす。

そして五歩半の距離に戻ると、わずかに眉根を持ち上げた。

「斬られたって何十年ぶりかしらね」

アニエッラの左腕の袖に切れ目が入り、ぱらりと布地が垂れる。

その手応えに、息を整えながらトールは深々と頷いた。

もしアニエッラがその双手に剣を手にしていたら、今の仕合、間違いなくトールの体は斬り刻まれていたであろう。

そしてそれこそが、まさにトールの望んでいた相手であった。