軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

果たされた約束

「め、目が回りそうになるねー」

ソラの呟きも、もっともである。

ムーの掲げた真円の鏡。

その背面には、鏡を覗き込むトールたちがくっきりと映し出されている。

問題はそれが、正面からではなく背後からの姿という点であった。

つまり鏡に映っているのは、トールたちの背中や後頭部なのだ。

そして視点が後ろからとなると、当然であるがトールたちの見つめる先には鏡を持つムーも映っている。

その手にする鏡には、またトールたちと鏡が映っており、さらに鏡の中の鏡の中にも――。

そのうえ、不思議なことに、鏡自体はさほど大きくはないのだが、そこに映ったものは細部までなぜか鮮明に見えるのだ。

おかげで本当なら小さくなっていくはずの鏡の中の世界も、目を凝らす必要もなく見通すことができる。

延々と連なっていく光景から視線を切ったトールは、急いで背後を振り返った。

自分たちの背中を眺めるもう一人の自分が、そこにいるような気持ちに襲われたせいだ。

恐れる気持は全員が同じだったようで、トールに釣られるようにソラたちも次々と振り向く。

そして誰も居ないことに、安堵の息をいっせいに吐いた。

唖然とした面持ちのオルンが、不可思議な状況への疑問を口にする。

「いったいぜんたい、どういう仕組みなんだ? ……なぜ後ろから映るのか。鏡というのは光の反射のはずだ。ならば正面からの像しか……」

「いや、これが鏡という考え自体が、間違っているのかもしれないね」

「なるほど! 空間全体を切り取って、それを映し出している仮説はどうだろう」

「鏡の背面なのも、意味があるのかもしれませんね」

議論を始めた三人を横目に、トールは黙って考え込んでいた。

実はこの合わせ鏡そっくりな光景に、強い既視感があったためである。

トールの<予知>には、実は面白い使い方があった。

本来ならば十三秒後の未来までが映像として映るという魔技だが、その十三秒目に新たに<予知>を発動させる未来を選ぶと、さらなる十三秒先の映像が追加されるのだ。

そのためやろうと思えば、次々と<予知>を重ね百六十九秒後まで予測可能であった。

もっともそこまで行くと、雨粒状の映像の数が多すぎて、全てを把握するのはほぼ無理となるが。

その視界を埋め尽くす光景が、今の無数に重なっていく自分の姿と非常に酷似していたのだ。

もし二つ同時だと、どうなるのか。

おそらく、そういった好奇心からであろう。

次の瞬間、無意識に近い形でトールは魔技を放っていた。

――<予知>。

数え切れない映像の雨粒が、たちまち視界を埋め尽くす。

そう予想していたトールだが、その目が大きく見開かれる。

同時にその日、何度目か分からぬほどの驚きの声が漏れた。

「…………これは、凄いな」

通常の<予知>の場合、切り取られた一秒ごとの未来の映像が、無数の可能性として眼前に並ぶ感じとなる。

だが今、トールの視界に映るのは、その映像が綺麗に繋がり滑らかに動く様であった。

さらに数が多いものの、<予知>は十三秒後までしか見えないため、雨粒にはきちんと終りがある。

しかし、それがないのだ。

連なった雨粒たちは終わりを見せず、視線の先、鏡の中へと続いていく。

それはもはや水滴ではなく、水流と呼ぶにふさわしいものであった。

トールの未来の行動とその結果が、一筋の流れへと変わる。

そして無数の流れが寄り集まり、時の濁流と化してトールへと押し寄せた。

あまりにも増えすぎた情報の氾濫で、トールの容量が限界を迎えようとしたその時、無限に連なる鏡の世界が不意に消え去る。

時をおかずして、ムーがこてんと地面に転がった。

「あふー、もうむりだー」

「大丈夫!? ムーちゃん」

駆け寄ったソラに抱き上げてもらった子どもは、ぐったりした顔でトールへ鏡を突き出す。

「ト、トーちゃん、ムーはもうダメだ。これがはん人ののこした手がかり……」

「そうか。頑張ったな、ムー」

珍しく魔力切れを起こしてガクッとうなだれる子どもの髪を撫でながら、トールはその体を数秒前へと戻してやる。

それから鏡を手にして、再び<予知>を発動させた。

しかし視界に浮かんだのは、いつもの映像の雨粒の群れであった。

分かっていたことだが、やはりあの<無限予知>はムーの協力なしでは不可能らしい。

「ムー、さっきのはどうやったんだ?」

「えーと、ぎゅーってやるやつか? ぎゅーてやったらできるんだぞ、トーちゃん」

「なるほど。よく分からんということは分かった」

おそらくであるが、天威の雷環を吹き飛ばした時と同じであろう。

ただし今回の鏡は、ムーの全魔力を注ぎ込んでも耐えうるだけの容量があったようだ。

陽光を受けて銀の輝きを照り返す鏡を眺めながら、トールは低い声で呟く。

「これが時神様の御力か。凄まじいものだな……」

昼の休憩を終えたトールたちは、山道を下って荒れ果てた村へと戻った。

そして手分けしながら、草むらや家の残骸の跡に散らばった村人たちの遺骨を集める。

数十人分はあったが、ムーと協力して鏡の<無限予知>を使えば、数百回の試行が一度に出来るようなものだ。

空振りしなかった行動を選ぶだけで、あっさりほとんどの遺体は見つけられた。

村外れの白木蓮の樹の下に飛竜が穴を掘ってくれたので、集めた骨はそこへ一つ一つ埋める。

最後にソラが持ってきた白い包み、祖父の遺灰が入った壺を樹の根元の穴に入れ土をかぶせる。

時刻は夕暮れとなっていた。

「ちゃんとした墓じゃなくてすまないな、みんな」

「ううん、きっと喜んでくれてるよ」

「ああ、だといいな」

死者の心を知ることは、生者には不可能である。

だからこそ慰めの言葉は、生き残った人間たちで分かち合うしかない。

差し出したトールの手に、ソラの手が重ねられる。

少女の肌の温もりに、トールはふと衣装棚の奥からソラを連れ出した日のことを思い起こした。

もう半年以上も前の出来事だが、つい先日のようにも思える。

ただあの時にはなかった少女の指輪が、時の刻みをしっかりと伝えてくれていた。

「お爺ちゃん、本当にありがとう。なんか迷惑かけてばっかりの孫でごめんね。でも、きっとわたしがトールちゃんを幸せにしてみせるよ! あと、ちゃんとわたしもお爺ちゃんの分まで幸せになるから、安心して休んでね」

「いや、爺さん、結構幸せそうだったぞ」

乏しい稼ぎであったが、たまに酒を買って帰ると嬉しそうに晩酌しながら、尽きることないソラの自慢話を始めたものだ。

その眼差しは孫娘を取り戻すと言い切ったトールの言葉を、一片たりとも疑っていないようであった。

「俺も色々と助かったよ。ありがとうな、爺さん」

この村の秘密について、沢山の事柄を知っていたであろう。

だがソラの祖父は、それを一つも明かすことなく胸中にしまったまま亡くなった。

なぜ明かさなかったのか、トールには分からない。

しかしソラの祖父の活躍で魔族がこの地に留まり、その調査のために帰郷したことで、思わぬ祭具を入手する結果となった。

これは単なる偶然ではなく、祭司であった老人の導きだとトールは密かに感じ取っていた。

「来年の春になれば、爺さんの好きな白い花がたっぷり咲くぞ。その時にまた、酒でも持ってきてやるよ」

その声に合わせるように、赤い夕日は山の向こうへと落ちていった。