軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無音の剣戟

部屋へ足を一歩踏み入れた瞬間、黒い骸骨は当たり前のようにゆらりと玉座から立ち上がった。

抜き身の剣を右手にぶら下げ、音もなく部屋の中央へと進み出る。

同時にトールも動き出し、互いの距離はまたたく間に消え去った。

下方から迫り上がる黒刃。

先んじた骸骨の剣を、同じく下方から繰り出されたトールの剣が弾く。

が、交わる寸前、黒い剣尖がくるりと踊った。

刃を返すことで軌道をずらした剣は、そこで常軌を逸した加速を見せる。

気がつくと黒い刃は、トールの顎から額までを両断し終えていた。

真っ赤な鮮血が、その後を追うように飛び散る。

「思った以上に伸びるな」

骸骨の剣身の長さは、トールの剣とさほど違いはないようだ。

だが、その間合いは予想を大きく超えたものであった。

踏み込んだ骸骨の足の位置と肩の動きを把握しながら、トールは新たな映像を選び取る。

再び相まみえるトールと迷宮の主。

今度はこちらから仕掛ける。

狙いは持ち上がる寸前の刃だ。

すでに剣が動き出す起こりは捉えてある。

だが骸骨の刃は、トールの初撃にあっさりと対応してみせた。

一拍遅らされた剣に、動き出しを狙ったトールの剣は空を切る。

白と黒の刃が交わることなくすれ違い、体がわずかに開いたトールの喉がすっぱりと斬り開かれた。

血しぶきとともに途絶えた映像から視線を外し、またも違う未来を選ぶ。

一撃目が外された瞬間、刃の動きを予測してトールの上体が仰け反った。

そこへ黒刃が凄まじい速さで横切る。

空振って伸びた骸骨の腕を、戻ってきたトールの剣が斬り落とす。

はずであったが、その間際、骸骨の肩の関節が奇妙なねじりを見せた。

ひらりと舞って行き先を違えた刃の先端が己の眼球へ食い込む映像を見届けたトールは、即座にその横の映像へと視線を移す。

顔面に到達するギリギリでトールの首が捻られ、紙一重の空間を黒い刃が通り過ぎた。

右足を引いたトールは、体を半身にして何もない空間へ剣を疾走らせる。

予想通り骸骨の剣は、またもその刃を軽やかにひるがえした。

その軌跡を読んでいたトールの剣が、今度こそ叩きつけられる。

「くっ!」

風を受けた羽毛の如く、黒刃は再び踊るように宙に円を描いた。

斬り飛ばされた己の手首を見送ったトールは、さらなる未来を求める。

しかし骸骨の剣は、ことごとくそれらを黒く塗り潰していく。

こちらから攻めれば、巧みに間合いを外され掠りもしない。

守りに徹しようとしても、予測不可能な動きについていくのが精一杯である。

変幻の剣筋と自在の剣速。

視界の雨粒を埋め尽くしていく黒い刃の軌跡たちは、まるで美しい舞のようであった。

対してトールは死にゆく己の未来から、その剣の踊る先を読み取り辛うじて付いていくだけだ。

そして数十の回避を重ね、相打ちを誘ったトールの剣がようやく黒い刃へ届く。

血潮がしたたる剣身を見下ろしながら、トールは静かに息を漏らした。

「やっと一合か」

だがその未来は、すでに十三秒目を迎えていた。

さらに追加して<予知>しようとしたトールだが、とたんに魔力だけが抜け出る感触に襲われる。

予測できたことだが、この部屋ではあらゆる魔技が阻害されてしまうようだ。

憶測だが一回目の<予知>が発動できたのは、扉から部屋へ踏み出す直前だったせいであろう。

未来を頼りにせずあの骸骨に立ち向かうほど、トールは無謀ではない。

撤退すべく足を引こうとしたが、そこで驚きが走る。

吸い付いたように足の裏が、床から離れようとしないようだ。

即座に<遡行>を放ってみたが、当然のように魔力のみが天井へと吸い込まれてしまう。

「だったら――」

扉をまたいだ足の位置を正確に見極め、そこへ刃を振り下ろす。

自らの足を切り離したトールは、無様に後方へ転がった。

「えっ!」

周囲が驚いて目を見張る中、荒い息を吐きながらトールはすぐさま立ち上がる。

すでにその足は、なんでもなかったように二本とも揃っている。

ぶつかるように扉を閉じたトールは、赤い骸骨の鍵を外してその場にへたり込んだ。

一度入れば外へ出ることは叶わず、魔技の使用は許されない。

おそらくだが武技も同様だろう。

待ち受けるのは一体の骸骨のみだが、得意の戦闘パターンを封じられたうえで、あの難敵と立ち向かうのだ。

為す術もなく全滅することは、ほぼ確実だろう。

穴の奥底で最後に待ち受けていたのは、恐るべき罠と呼べる代物であった。

「大丈夫、トールちゃん!?」

部屋へ入ろうとして、いきなりその足を斬り落としたのだ。

理解できないその行動に周囲がざわめく中、駆け寄ってきたソラがトールの頬へ優しく手を寄せる。

「ひどい顔色……」

そう言われて、トールはやっと自分の状態に気づいた。

剣が握れないほどに、指先は震え続けていた。

安心させる言葉を返そうとしても、歯の根がうまく合わず声にならない。

数十回近い己の死に様を、たっぷりと見せつけられた代償だろう。

何も言えぬまま、トールはただ首を横に振った。

かくして真の迷宮主との初戦は、始まる前から終わりを告げることとなった。