軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これまでの話

トールの生まれ故郷は、央国の片隅にあるちっぽけな農村だ。

"昏き大穴"の影響を受ける瘴地にやや近いが、山間の簡素な村で景色だけは美しいところだった。

今はもうない。

トールが十四の時に、モンスターの大群に襲われ滅んだ。

人より足が速かったトールは、山の社に逃げ込み難を逃れる。

だが一匹だけ執拗に追いかけてきたモンスターがおり、生き残った司祭の老人とその孫娘、トールの三人は社の隠し通路へ逃げ込んだ。

そして追いつかれたトールをかばい、娘は大怪我を負ってしまう。

首を半ば切られ今にも死ぬ寸前だった娘を救ったのは、祖父の持つスキル<停滞>であった。

対象の時間を止めるという凄まじい魔技だ。

しかし時間を止めるだけで、そのまま解除すれば娘の死は間違いない。

少し離れた町に逃げ込んだ老人とトールは、医術師に娘を見せるが首を横に振られる。

そこから二人は転々と町や村を渡り歩き、娘を治せる医術師を懸命に探す。

何度も断られ続けた老人とトールが最後にたどり着いたのが、この冒険者が集うダダンの街であった。

癒やしと音楽を司る水神アルーリアの施療神殿に駆け込んだ二人は、一縷の望みをかけて治癒の魔技を持つ神官に娘を託す。

が、ここも反応は同じであった。

絶望に打ちのめされるトールの肩を掴み、老人は淡々と声を発した。

「まだ、あの子を救う方法は一つだけ残っておる」

「お、教えてくれ! 爺さん」

「お前のスキル<復元>じゃ。それを使えば――」

「たった十秒しか戻せねーんだぞ! しかも生き物には効きやしねえ!」

「確かに今のままではな。だがレベルを上げれば、話は変わってくる」

思いもよらない話に目を見張るトールへ、老人は言葉を重ねる。

「時神様の真の御力は十の段階に到達して、初めて解放されるのじゃ。わしのこの<停滞>もそうじゃった」

「じゃあ、助かるかもしれねえのか!」

「…………ああ、だがお前を待ち受けているのは苦難の道じゃぞ」

「構わねえよ! あいつが生き返るなら、俺はなんだって……、そう、なんだってやってやるぜ」

老人の言葉通り、そこに待ち構えていたのは辛苦の日々だった。

スキルポイントは、モンスターを倒さねば手に入らない。

その日のうちに冒険者の登録を済ませたトールは、外門を出て初めて一人でモンスターと対峙する。

そして厳しい事実に叩きのめされた。

振り回す剣を物ともせず襲いかかってくるモンスターに、怯え焦ったトールは必死で逃げた。

次の日も、その次の日も同じ目にあった。

四日目に見かねた門衛が、トールに戦い方をしばらく教えてくれることとなった。

山育ちゆえに体力とすばしっこさだけはあったトールは、剣の握りを学びようやくモンスターに立ち向かえるようになる。

しかし戦闘に適した武技や魔技を持たない少年では、モンスターの堅い守りを破ることは難しい。

結果、戦いは長引いた。

時に数時間に渡る戦闘を通し、トールは避けたり逃げたりしながら勝つ術を少しずつ学んでいく。

似たような歳の同期たちが、次々と下枝スキルを育て上げ小鬼の森を卒業していく様をトールは黙々と見送った。

今以上の頑丈なモンスターがいるエリアへ進むことは、己の死につながると少年は悟っていたからだ。

二十歳を過ぎる頃になると、トールは攻撃を躱しながら反撃を加える戦い方にすっかり慣れる。

調子がいい日は、角モグラや尖りくちばしを一日で十体以上も倒すことができるようになった。

<復元>もレベル5にまで上がり、戻せる時間が三十秒、使用可能回数も一時間に三回まで増えた。

しかし二十代も半ばをすぎると、討伐数は徐々に落ちてくる。

前は数合わせとはいえよく誘われていたパーティに、断られることばかりとなったせいだ。

たいていの冒険者は長くても二年足らずで、GランクやFランクの試練は突破してしまう。

トールの歳となれば中枝スキルを獲得し、血流しの川や破れ風の荒野などの中級向けエリアへ出向いて当たり前であった。

それが緑色のプレートを下げて、初心者向けの狩場をウロウロしてるのだ。

異様であり、避けられて当然だった。

考えあぐねたトールは、初心者の護衛を兼ねた案内役を買って出ることにした。

自分も苦労した道である。

これは意外と評判がよく、二人組となったことで安全性も上がり、倒せる数もほぼ前と同じに戻った。

この当時のパーティ仲間は皆、どんどん先に進んでしまったが、ほとんどが死ぬこともなく帰ってきた。

教え込まれた最初の用心深さが、役に立ったのかもしれない。

現在、トールに理解を示してくれる局員や衛士の大半は、この時の教え子かその関係者である。

だが良い時期は、意外と早く過ぎ去ってしまう。

トールが三十歳を少し超えた辺りで、冒険者局からこのガイド方式を禁止する通達が出た。

新しく赴任してきた副局長の言い分はこうであった。

「冒険者とは自らの力で生き残ってこそ、冒険者足り得る。手を引っ張って案内してもらうなぞ言語道断な振る舞いだ」

もっともな言葉であるが、実際のところ冒険者が増えすぎると討伐料で財政が圧迫されてしまう。

ある程度、間引きすることで、均衡を取り戻そうと企んだのだろう。

その一環として、好評だった初心者の手引きを抑制する策が出されたのも頷ける。

案内パーティを禁止されたトールは 単独行動(ソロ) に戻り、討伐数はまた落ちた。

不幸とは重なると言われている。

この年、司祭の老人が老衰で亡くなった。

偉大なる魔技の使い手であったが、孫娘に<停滞>をかけている状態では他に使用できない。

<停滞>自身は一度発動すれば、術者が死んでもその状態は維持される。

だから祖父が死んでも、孫娘の時間は未だ止まったままである。

まともに働けない老体と、少ない稼ぎで暮らしていくのは本当にたいへんであった。

もっとも司祭として、トールに読み書きを始め、色々なこと教えてくれた人物でもあった。

それに死体にしか見えない少女の存在がバレて五つ目の宿を追い出された時に、今の下宿先を見つけ出してくれた功労もある。

老人は挫けそうなトールを幾度も励まし、一緒に考え知恵を絞り支えてくれた大切な存在だった。

十五年近く共に暮らしすっかり家族となっていたトールは、なけなしの金で葬式を済ませて静かに泣いた。

そこからのトールは辛酸を嘗めた。

回避からの反撃は、達人と呼ばれてもおかしくない域に達してはいた。

だが体のキレは、それに反して鈍くなりつつあった。

全盛期は遠ざかり、思考と動きの間にズレが生じ始める。

そこにとどめのように、ある騒動が起きた。

巻き込まれたトールは、左手に大きな傷を負ってしまう。

通常、死に至るような重傷や局部の欠損でなければ、水魔技士の治療を受ければ跡形もなく治ってしまう。

だが稼ぎの少ないトールにとって治療とは、骨をやられたら固く縛って添え木をし、裂傷を負えば血止め軟膏を塗って布を巻くだけであった。

結果として傷口はふさがったものの、腱がやられてしまっていたトールの左手は、握力の半分を失うこととなる。

辛うじてまだ剣を握ることはできたが、以前の剣速は望むべくもない。

一段と長引く戦闘に耐えながら、トールは三十五歳の時に何とか<復元>をレベル9へと押し上げる。

時間がかかったのは、段階が上がるごとに必要なポイント数も増えるせいもあった。

戻せる時間は一分となり、使用可能回数も一時間に五回まで増える。

二十年近くかけた成果のあまりの酷さに、トールは力なく笑った。

そして待望のレベル10に必要なポイントを考えて、その笑いさえも消え失せた。

レベル2への必要なポイントは二千。

レベル3は三千。

レベル9だと九千だった。

だとすると、次は一万だろう。角モグラ換算で一万匹分だ。

当時のトールが一日に倒せるモンスターの数は、三匹から四匹。

ざっと計算して、毎日休まず狩り続けても七年程度かかってしまう。

四十歳になれば期限切れで引退が決まり、許可なく外門を出ることは許されない。

逃れる方法はあったが、それにはランクを上げる必要があり、その時のトールにはどう足掻いても無理である。

すでにトールの左手は、まともに握りこぶしを作ることさえ難しくなっていた。

追い詰められたトールが思いついたのは、森スライムの討伐であった。

スキルポイントは一点しかもらえないが、森スライムなら片手でも簡単に倒せるうえ、<復元>を使えば得物に損害も出ない。

それなら一日で五匹以上は倒せるので、五年以内に一万ポイントを貯めることも可能である。

ただ問題は、スライムの発生数があまり多くないという点だった。

時間を惜しむトールは、朝早くから門をくぐり日没まで足を棒にして探し回った。

忙しくなったが収入は変わらず、生活に余裕がなくなった。

風呂の回数を減らしたせいで、街中を歩くと露骨に顔をしかめられる。

食費も切り詰め、頬がコケた。

もっともその辺りは、気づいた大家が弁当を作ってくれるようになったが。

ただ、ついてしまった印象はどうしようもない。

それにトールの持つスキルも、また悪い方へ作用した。

酷い損傷を受けた武器や防具は<復元>でなかったことにできるため、それなりの戦闘を行ったとしてもほぼ痕跡が残らないのだ。

それは知らない人間からすれば、荒事を避けて回ってると思われても仕方のないことであった。

"泥漁り野郎"、"討伐料泥棒"。

それが事情を知らない新入りや駆け出しの冒険者たちが、トールに付けたあだ名である。

周囲から白い目で見られながらも、トールはひたすら狩りに専念した。

命を助けてもらった感謝の気持ちなど、もうとっくに薄れかかっている。

にもかかわらずトールが投げ出さなかったのは、老人と一緒に暮らした日々があったせいだ。

時間が止まった孫娘のそばで、何度も何度も思い出を語り合った。

大事な家族の願いを叶えてやりたいと思う覚悟。

それがまず一つ。

もう一つは、トール自身が<復元>を極めた先を見たいと思い続けていたせいもある。

これまでにこのスキルに注ぎ込んできたのは、ポイントだけではない。

トールの意地と希望も注ぎ込んできたのだ。

そして今日。

ついにトールは成し遂げた。