作品タイトル不明
激戦継続中
「ホント、キリがないですよ!」
うんざりしきった口ぶりで、クガセは地面を蹴りつけた。
少女の体が瞬時に後方へ動き、寸前まで居た場所を真下から飛び出してきた触手が通り過ぎる。
鮮やかに奇襲を躱したクガセは、またも地面を蹴って今度は前進へと転じた。
前のめりになった大柄な体躯が、まばたきする間もなく距離を詰める。
軽く揺すられた肩から、弧を描いて突き出された左拳がモンスターの皮膚を穿つ。
そのまま足を踏み替え、体重を移された右拳が次いで放たれる。
小刻みに体の重心を変えながら、クガセの左右の拳が次々と風を切っていく。
たちまち触手の表皮はえぐれ、不気味な赤い内側が露わになった。
だが少女は手を休めず、そこでさらに大きく踏み出す。
うねりを上げた広背筋が、その力の全てを左腕へ注ぎ込んだ。
まっすぐに放たれた拳は、渾身の一撃となって触手を向こう側までぶち抜く。
断ち切られた先端がくねりながら地面へ落ち、上部を失った触手は音もなく地中へ引っ込んだ。
モンスターの攻撃を見事に撃退したクガセだが、その顔や手には無数の裂傷や酷い火傷が浮かんでいた。
触手が地面から飛び出してくる際に、溶けた岩の欠片を辺り一面にばら撒くせいだ。
さらに魔族である迷宮の王の沸騰した体液は、触れるだけで熱傷が生じる。
痛みにひりつく顔をしかめながら、クガセは深々と息を吐いた。
その耳元に、元気な声が響いてくる。
「みぎだー、みぎだー、すぐみぎだー♪」
踵(かかと) を引くと同時、腰を落とす。
同時に右側の穴から飛び出しきた触手を、半身になって躱しながらその横腹に拳を強く叩き込む。
半ばでへし折れたモンスターの一部は、あっさりと出てきた場所へと戻っていった。
立て続けに触手を追い払ったクガセは、流れ落ちる汗を器用に籠手で拭いながら祈句を呟く。
「お、大いなる地樹の長き根よ……、その軛から……」
そのまま、ひょいと身を屈める。
一拍遅れてクガセの後方の地面から飛び出してきた触手が、頭部をギリギリで掠めながら空へ向かった。
「解き放つ……ですよ――<地解>」
身を軽くする魔技を唱え終えた少女は、振り向きざま肘打ちを叩き込み、さらに体を捻った反動で拳を打ち付ける。
肉を穿たれたモンスターは、またも地面の下へと素早く逃げ込んだ。
もう何十、何百本と断ち切ったり叩き折ったりしているが、退く気配は全くない。
片っ端から再生してしまうからだ。
本当にキリがない相手である。
腰帯の袋から取り出した魔力回復薬を飲み干したクガセは、肩で息を整えながら周りを見回した。
遠く離れた場所に立つ迷宮主の姿に、ほとんど変化はないように思える。
しかし味方のほうは、結構ボロボロな有り様である。
すでに戦闘が開始して、二時間弱が経過しつつあった。
そしてその間、地中からの触手の攻撃も、絶えることなく続いていた。
地面はとうに穴ぼこだらけで、動きにくいことこの上ない。
さらに掘り起こされた溶岩がそこら中撒き散らされ、酷い熱気が立ちこめている。
金剛石の結晶の首飾りがなければ、とっくに限界がきていたであろう。
いや、限界は何度も迎えているのだ。
その度に尽きた体力を回復してもらったり、千切れかけた腕を繋ぎ治してもらったりと。
水使いのラムメルラやモルダモ、そして本体を釘付けにしてくれているユーリルらの頑張りがあってこその戦線維持である。
そんな支えてくれている後衛たちを、魔族である迷宮主が見逃すはずもない。
当然、まっさきに触手が狙うべき対象だ。
しかしながら現状、ユーリルたちに目立った外傷はない。
この足場が最悪な戦場で、後衛陣が攻撃を回避し続けられている理由はただ一つ。
ぬしぬしと歩き回る土人形に担がれているからであった。
「大丈夫、クー? <賛美歌>に切り替えてもらう?」
その内の一体の上から、ラムメルラが心配そうな声で尋ねてくる。
呼びかけに対し、クガセは足元の触手を叩き潰してから、声を無理やり張り上げた。
「フゥ……ハァ……、まだまだ行けるですよ。ラムちゃん」
妹の隣の肩に座るリコリは、現在<回旋曲>を演奏中である。
回避を助けてくれるこの曲を、止めるわけにもいかない。
クガセが操る三体の従僕の肩には、それぞれラムメルラ姉妹、バルッコニアとモルダモ、ソラとムーとユーリルが乗っている。
それらをすべて同時に動かして、触手の届かない場所へ誘導しながら、自らも迫りくる攻撃を退けていく。
常人では、とうていなし得ない行為である。
これこそが少女が天才と呼ばれる由縁であった。
もっともそれを可能にしているのは、クガセの才や魔技の援護だけではない。
「そこ来てるわよ、ネネ!」
「任せて、リリ!」
「ひだりー、ひだりー、あぶないぞー♪」
「ったく、相変わらず小うるさいですね……」
戦場を駆け巡る双子たちが集める大量の情報たち。
それらはピカピカの輪っか、天威の雷環を頭上で回すムーを通じて、この場の全員で共有されていた。
おかげで、なんとか地面の下から襲ってくる触手を避け続けることができたというわけである。
ただし嫌な気配とかいう肌がゾワリと浮き立つ感触や、双子たちの内心の会話までも筒抜けになってしまう弊害もあったが。
だが入ってくる情報から、勝敗の天秤は少しずつこちらへ傾いているのも明らかであった。
それがなければ、とっくに心が折れていたかもしれない。
二本同時に襲ってきた触手へ連続で拳を叩き込みながら、少女は近づく戦いの終わりへと思いを馳せる。
「報酬で村、一つくらい……買い取れそうですね。……フゥ、それなら兄妹全員で暮らせるですよ。そうだ、傷心中のラムちゃんを連れていくのもありですね」
「ほら、来るわよ。集中なさい!」
「気をつけな、クー!」
「くるぞー、くるぞー、上からくるぞー♪」
「もう、うるさいですよ!」
その瞬間、少女の首に、伸びてきた何かが絡みついた。
悲鳴を上げる間もなく、そのまま後方へ凄まじい速さで引きずり倒される。
そして一呼吸置いて、クガセが立っていた場所に、派手な音を立てながら楕円形の物体が突き刺さった。
「もう、何してるのよ、おバカ」
「気を抜くな、バカ」
クガセの命を救ったのは、間一髪で少女の首根を掴んで引っ張ったキキリリの腕であった。
そのまま引っ張り上げて立たせてもらったクガセは、頬を赤く染めながらボソボソとお礼の言葉を口にする。
「あ、ありがとうですよ。お、恩にきてやるです」
「どうでもいいわよ。それより、ソラ、まだなの!?」
「ごめんなさい、<消去>の再使用まであと二分です!」
「リリ、ここは私がやっておく」
「任せたわ。ほら、踏ん張り時なんだから、あんたも頑張って私に楽させなさいよ」
滑るように地面を移動して去っていくキキリリを見送ったクガセは、またも顔を出した触手に力の限り拳を打ち付ける。
そして心の中で小さく呟いてみせた。
「……キキ姐らと畑仕事をやるのも、存外楽しいかもですね」