軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地の底の欲望

「……驚いたわね」

腰に手を当てたキキリリは、呆れた顔で地面に横たわるモンスターの死骸を見下ろした。

むろん事前にトールたちには、モンスターたちの挙動に関しては教えてあった。

だが、たかが耳で聞いただけの情報と、実際に対面するのとでは大きな違いがある。

しかし今の戦いぶりは、初見とは思えないほどの迅速で安定したものだった。

この頭部に赤い火を纏う悪魔は、右腕の触手で大量の人間を操ることができる。

動きが鈍い死体ではあるが、燃やされている間は延々と再生し続けるため、悪魔本体へ近付かせない強固な壁と化す。

そしてモンスター自身はその壁越しに<激発炎>などを撃ち込んでくるという、非常に厄介な戦い方をしてくる相手であった。

なのでまず邪魔な屍人たちをどうにかすべきだと、たいていの冒険者は考えてしまう。

だが、それもまた罠なのだ。

触手は操れる対象の生死を問わない。

なのでうかつに自由にさせてしまうと、味方同士で剣を交える悲劇が生じることとなる。

それらを踏まえてトールたちが取った戦術は、屍人を足止めして悪魔を叩くというシンプルなやり方だった。

と言っても、それも容易ではない。

対象が死体ゆえに阻害系の氷系魔技は効かず、全身を包む高温の炎のせいで多少の冷気程度では歯が立たないだろう。

そうキキリリたちは予想していた。

だが、自分たちよりも年若く経験の浅そうなユーリルが放った魔技は、見事に屍人たちの足を凍らせてみせた。

しかも下枝魔技でだ。

さらに生まれつき大量の魔力を宿す魔族の体には、強い魔技への抵抗力が備わっている。

そのため攻撃系の魔技の場合、通常なら数度に渡って撃ち込まないと大きな効果は得られない。

はずであったが、灰耳族の氷使いは、ただ一度の中枝魔技でモンスターを行動不能にしてみせた。

相性の良さを考えても、信じ難い威力である。

この階層でのユーリルの活躍を断言していたチルの言葉は、どうやら本当であったようだ。

次にトールだ。

これまで散々、英雄としての噂は耳にしてきた。

しかしその多くでトール自身の活躍を語られることは少なく、あったとしても半信半疑な話ばかりだった。

もちろんチタたちを若返らせた瞬間を目撃して、便利な魔技の使い手だとは理解している。

だが戦闘においての有効性には、はなはだ疑問であった。

が、剣を振るうトールの姿を直に見て、その噂も本当であったと双子は確信する。

悪魔の分厚い表皮は弾力性があるうえに滑りやすいため、武具の多くはそのままでは通用しない。

氷や雷を纏わせた武技でしか打ち破れないはずなのだ。

しかしトールは一度目の剣撃でその性質を把握し、二度目からは同じ箇所に寸分狂わず刃を当て続けることで斬り裂いてみせた。

さらに悪魔には奇妙な性質があり、至近距離で対峙すると恐怖と嫌悪の念で心が激しく乱されてしまう。

その状況で正確無比に得物を扱うのは、双子でもなかなかに困難である。

闘気も使えないただの前衛もどきでしかないという考えは、完全に誤った認識であったと言わざるを得ない。

おまけに以前に見せた一瞬で動ける奇妙な魔技を温存してみせたのも、双子には信じ難いことだった。

そして魔技といえば、ソラもまた異常な伝聞ばかりが伝わる人物である。

遠くの相手の動きを自在に止めたり、跳ね返したりできるという眉唾物の噂の主だ。

だが先ほどの戦闘で、それらに加え悪魔の放った火球を少女は完全に消し去ってみせた。

それこそあり得ない。

魔技を消し去るなど、本当にあり得ない話だ。

しかしながら、もっともあり得ないのは――。

小首をかしげる少女に、キキリリは改めて質問を繰り返した。

「……驚いたわね。本気なの?」

「はい! どこがおいしいんですか? このモンスター」

平然と言葉を返してきたソラの傍らには、お肉 お肉と歌いながら踊り回るムーの姿がある。

黒い血を流して倒れ伏したまま動かない悪魔に視線を戻したキキリリは、嘆息しながら首を横に小さく振った。

「初めてよ。これを見て食べたいとか言い出したおバカは」

「そうなんですか? なんか照れるなー」

「褒めてないわよ。もう、貴方もなにか言いなさいよ」

なぜか難しい顔で自らが屠ったモンスターを眺めていたトールだが、その呼びかけに表情を和らげる。

「こいつは食いしん坊だからな。で、食えないのか? これ」

「気持ち悪過ぎて誰も食べようとは思わないわよ、こんなの」

「えー、お肉たっぷりついてるのに」

「おっにく、おっにく!」

「残念ですが、それは少々厳しいですね。魔族の血には、人の体にあまり良くない物が含まれているそうですよ」

思わぬ助け舟を出してくれたのは、穏やかな笑みを浮かべたユーリルであった。

安堵の息を漏らすキキリリを横目に、お肉祭りが中止となった二人が抗議の声を上げる。

「えー、そんなー」

「むぅぅう!」

「食べることはできませんが、ちゃんと良い物も取れますよ。ほら、ここ」

不気味な悪魔の体に近づいた銀髪の美女は、その顎の下を指差す。

そこに生えていたのは、角のように突き出した黒っぽい石であった。

「あれ、これって?」

「はい、魔石ですね。この大きさだと五等か四等級になりますよ」

「おおー!」

「ピカピカかー!」

五等の魔石だと銀貨十五枚、四等だと金貨一枚での買い取りである。

可食部分はないが魔石が取れると分かった少女と子どもは、今度はユーリルの手を握って踊りだす。

賑やかにはしゃぐ三人の姿に、キキリリは静かに頷いた。

今の戦闘で双子が驚嘆したのは、個々の能力の高さだけではない。

互いの息の合い方も異常であった。

一言を交わすことなく、それでいて一瞬の遅延も見せず、前衛と後衛の動きが完璧に組み合わさっていた。

これはおそらく、同調を促すムーの存在が大きいのだろう。

だがその精度は、二十年近く心を重ねてきた双子に匹敵するほどだ。

信じ難い才能である。

年端もいかない幼子にあっさりと追い抜かれてしまいそうなら、普通であれば悔しさや焦りを抱くものだ。

しかしキキリリが薄く笑みをたたえながら発した言葉には、それらは一切含まれていなかった。

「ふふ、これなら踏破記録の更新は間違いなしね。楽しみになってきたわ」

味方が強くあればあるほど、それだけこちらは楽になる。

そこに余計な感情を挟むことは愚か者のやることだと、キキリリは完全に割り切っていた。

そういった意味では、この双子もまた只者ではなかった。

「それで、どう?」

振り向いたキキリリは、またも地面に耳を近づけていた妹に尋ねる。

無言で立ち上がったネネミミに、姉はわずかに目を見開いた。

そして頷きながら、独り言のように呟く。

「あら、意外と近いのね。だったら先にアレを見てもらいましょうか」