軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

赤い部屋の主

「よし、終わったな」

曲がり角から顔を出したトールは、目の前の惨状に素早く目を走らせた。

先ほどまで鳴り響いていた重々しい音は、完全に止まってしまっている。

代わりに息を一瞬で白く染めるほどの冷気が、剥き出しの肌をピリピリと刺激してきていた。

横幅四歩ほどの通路を埋め尽くしていたのは、硬い鋼で造られたモンスターどもではなく、ずらりと立ち並ぶ太い氷の柱だった。

むろん鋼人形も居るには居たが、その大半は氷に押し潰され原型を留めていない。

そこかしこにひしゃげた鉄の破片が飛び散っているのが見える。

まだ動ける個体もわずかに居るようだが、分厚い氷の壁に阻まれてどうしようもできないようだ。

何かが氷にぶつかるような音が、かすかに通路の奥から聞こえてくるだけである。

連続で狭い空間内に放たれる魔技の威力の凄まじさを、トールは改めて強く感じ取った。

これらはすべてユーリルの仕業であった。

角の石を動かすと隠し部屋の入り口が開く代わりに、南東にあるもう一つの隠し部屋の扉も開く。

そして中で待機していた大量の鋼人形たちが、ここまで一息に押し寄せてくる。

という凶悪な仕掛けを<予知>であっさりと見抜いたトールたちは、それに備えて準備したのだ。

具体的には<霜華陣>を、通路に左右にずらしながら配置しただけである。

ただしその数は十一個と、容赦ない徹底ぶりだ。

通常の<霜華陣>の使用可能回数は一時間に五回までだが、それを一回だけ使って一時間待てば、残りの四回に加え新たに五回使用可能となる。

ユーリルの場合、<回数増加>の加護があるため十一回となるが。

しかもそれらをただ単純に並べるのではなく、手前は通常の<霜華陣>だが、奥に進むにつれて<魔力注入>で威力が底上げしてあった。

そのせいで押しかけた鋼人形どもは、どんどん狭くなっていく通路に誘い込まれてゆき、最後には通路一面を覆い尽くす氷の壁にすべて押しつぶされてしまったというわけだ。

「ムーは、<電滞陣>……じゃなくて、ここは<雷針>と<迅雷速>だな。ソラは氷柱が飛んできたら止めるか消してくれ」

「らーい!」

「まっかせてー」

通路に進み出たトールたちは、生き残った鋼人形の反撃に備える。

が、魔技で生み出された氷が消え去った後に現れたのは、哀れにも徹底的に破壊され尽くしたモンスターどもの姿だった。

まだ少しだけ足や手をうごめかす鋼人形もいたが、大半は完全に動きが止まっている。

トールたちに残された仕事は、それらに止めを刺しつつ金剛原石を回収するだけの簡単なものであった。

戻ってきた三人は、隠し部屋の前で休んでいたユーリルに口々に声をかける。

「お疲れさまでした、ユーリルさん」

「すごかったですねー。うう、でも寒い! 寒すぎてちょっと感覚が鈍ってきた気がするよー」

「ユーばあちゃん、もうだめか? ムーがせなかコスコスしても?」

「ふふ、大丈夫ですよ、ムムさん。それよりこっちを見てください」

ユーリルが指し示したのは、消え去った石壁の奥であった。

魔石灯を掲げたトールは、警戒しながらそっと隠し部屋の中を覗き込む。

「赤いな」

「うわー、真っ赤だね」

部屋の壁一面を彩っていたのは、赤い色であった。

壁のみならず石でできた床や天井までも、赤い染みのようなものが隙間なく広がっている。

くすんだ色合いのものもあれば、やや新しめに目立つ部分も見える。

赤い塗りが均一でない分、嫌な想像を掻き立てられる眺めでもあった。

悪趣味な部屋の様子にトールたちが二の句を継げないでいると、ひょこっと下から顔を出したムーが部屋の奥へ指を持ち上げる。

「トーちゃん、あそこなんかいるぞ」

「ええ、居ますね」

「ほんとだ。うーん、うまい感じに隠れてるね。ムーちゃん、やるねー」

子どもが指し示す先に居たのは、部屋の奥の壁際に浮かぶ一体の悪霊だった。

ソラの指摘ももっともで、なぜか体部分が他のモンスターとは違い赤い色をしている。

そのせいで背後の同色の壁に紛れてしまい、すぐには気づけないようになっていた。

「なんかずるいねー」

「まあ、あの程度ならなんとか見つけることもできるだろ。さて、他にいないようだな」

「じゃあ、ここからさくっと頭削っちゃう?」

「ムーのピカピカでこらしめてもいいぞ!」

「いや、ここは慎重に行こう」

そう言いながらトールは無造作に、赤い部屋へと足を踏み入れた。

当然、招かれざる客に対し、奥の悪霊が身じろぎする。

次の瞬間、壁という壁からいっせいに赤い染みが宙へと浮かび上がった。

それは一瞬で集まったかと思うと細長い塊、両手持ちの大鎌へと姿を変える。

音もなく空中で回転した大鎌は、持ち主が不在のまま警戒なく部屋へ踏み込んだトールへ飛翔する。

白銀の刃が閃き、宙を踊る武器は寸前で跳ね返され――ることなく形が崩れさる。

そして次の瞬間、元の形を即座に取り戻した大鎌は、トールの胴体へと食い込む。

そのまま一息に、凶器は斜めに薙ぎ払われた。

血しぶきで染まっていく視界に、トールは顔をしかめながら<予知>を終わらせる。

「砂のようなものが集まっているのか。なかなか厄介だな」

「なにが見えたの? トールちゃん」

「あの赤いのはただの虚仮威しじゃないようだぞ。よし、一気に決着をつけるか。ムー、頼んだぞ」

「らい?」

紫電の結界が赤い部屋の内部へ生み出される。

そこへ間を置かず、真銀の剣を携えたトールが飛び込む。

その足元を覆うのは青白い電気の塊だ。

滑るように悪霊へ距離を詰めるトール。

当然だが赤い大鎌がそれを迎え討つ。

が、なぜか上手く染みが集まらず、吸い寄せられるように壁際にわだかまってしまう。

顎を大きく開く赤い亡者へ、トールの剣が銀色の残像を生み出しつつ振り下ろされる。

一瞬のうちに十箇所以上に分断されたモンスターは、あっさりと宙に消え去った。