作品タイトル不明
地下での交流
「いっくぞー」
元気な呼びかけが、地の底へと伸びる階段の上で響き渡った。
「いいわよ」
短い返答を聞いた瞬間、ムーは目の前の黒い革が張られた寝台へ勢いよく飛び込んだ。
そのまま器用に体を丸めて、くるんと前転する。
ころころと転がった子どもは、寝台の端まで行くと止まる素振りもなくそのまま落っこちた。
あわや大怪我と思われたが、そこで待ち受けていたのは新たな寝台であった。
下段の寝台へ無事に着地したムーは、そのまま速度を増しながら転がり続ける。
そして二つ目の寝台も、一息に通り過ぎた。
さらなる勢いのムーを受け止めたのは、その下に置かれていた三台目の寝台だった。
大きく体を弾ませた子どもは、楽しげな悲鳴を放つ。
ずらりと下まで隙間なく並べられた寝台の上を、ムーは連続で転がり落ちていく。
同時にはしゃぐ笑い声も、どんどん大きさを増していく。
とうとう最後の寝台までたどり着いた子どもは、その勢いのまま縁からあっさりと飛び出す。
その下には支えてくれる寝台はない。
だが代わりに紫の目を光らせた女性が、両手を広げて待ち構えていた。
キキリリの腕の中へすっぽりと収まるムー。
瞳を合わせた二人は、申し合わせたように満面の笑みを浮かべた。
子どもと並んで階段を下りてきたネネミミも、姉に抱きしめられた子どもの様子に嬉しそうに顔を綻ばせる。
「どうだった、ムム?」
「たのしーなー! うん、手すりもいいけど、これもいーなー!」
「でしょう。気に入ると思ったのよ。もう一度やる?」
「うん!」
いつの間にか、すっかり仲良くなった三人であった。
今のムーは天威の雷環を身に着けていない。
答えを先送りしたダダンの対応から、普段は外しておくようにしたのだ。
その旨を双子に伝えたところ、不満の色を残しながらも安堵の表情を浮かべていた。
もっともまだトールを警戒しているのか、法廷神殿の事柄に関しては打ち明けようとはしなかったが。
それに所属している神殿の内実を、そうそう第三者に喋るわけにもいかないのだろう。
楽しげに遊ぶ三人を見守りながら、トールは翠羽族のチルと迷宮の情報を交換していた。
「ふーむ、再発生は不規則なのか」
「目安としては最短三日から、最長で十日といったところだな」
この迷宮には様々な仕掛けがあるが、ある程度の時間を経ると元に戻ってしまう。
その期間は定まっておらず、いきなり鉄格子が下りていたり、番人が立ち塞がっていたりが結構あるらしい。
「十階の部屋の鉄格子は特に厄介だな。チルたちもわざわざ六階まで戻るのか?」
「ああ、それはこちらから鎖に矢を当てれば済むぞ」
「なるほど。それは早いな」
感心したトールの言葉に、チルはほんの少しだけ顎を持ち上げてみせた。
「それで連獄の仕掛けだが、やはり落ちるしかないのか? 泥破り殿」
「かなり調べてみたが、途中の二部屋の鉄格子がどうしても開かなくてな」
「ふむむ、厄介だな」
現状、下の階へ行くには連獄を抜けるか、棺の蓋をモンスターに開けさせるしかない。
だが、この石棺は閉まるのが比較的早いくせに、肝心の看守長の亡霊がそうそう出てこないという問題があるそうだ。
「それで足止めを食らっていると」
「連獄の通り道は大量の亡者どもを相手にせねばならんので除外していたが、泥破り殿の話を聞く限り打つ手がないとは言えなさそうだな」
「ああ、だが言っておくが、めちゃくちゃ疲れるぞ」
心底うんざりした顔つきとなったトールに、チルは声を出さずに唇の端を持ち上げてみせた。
その上段ではソラとユーリル、翠羽族のチタが他愛もない会話をしている。
「あの屋台、先月から味付け変えたんですよー。すっごく美味しくなってますからオススメですね」
「ほ~、それはぜひ寄らないと」
「チタさん、今日の帽子も、たいへんお似合いですね」
「ありがと~。これお気に入り」
嬉しそうに笑ったチタは、鷲の頭部をそのまま使った兜をツンツンと突いてみせた。
勇ましい装いだが、柔らかな雰囲気をまとう女性に意外と合っている。
「わたしたちも今度、いろいろ作ってもらうんですよ」
「へ~。いいね~」
「トールちゃんのは、すごくカッコいい鱗鎧なんですよ。あー、なんか心配になってきたなー。チタさんでもきっとクラクラきちゃいそうだし」
「かもね~。もしかして路地の奥にある革屋さんで?」
「ええ、ご存じなのですか?」
「わたしの帽子も、全部あそこで作ってもらってるよ~」
「あのお店いいですよねー。店長さんも気さくで優しいし」
おそらくラモウについて、そのような感想を持っているのはダダンの境界街ではソラ一人であろう。
和気あいあいな会話を続ける三人だった。
しばし穏やかな空気に包まれる十階の階段であったが、そう時間が余っているわけでもない。
「そろそろ引き上げましょうか、皆様」
声を上げたのは一番上段で、黙々と独りで杖を磨いていた水使いのモルダモだ。
天嵐同盟たちは四日間の探索が終わりこれから引き揚げるところで、トールたちは逆にこのまま階段で一泊し、明日から十一階への探索再開である。
「いろいろと教えてくれて助かったよ」
「いやいや、これからもよろしく頼むぞ、泥破り殿」
「またねー、チタさん」
「帰りの道中、お気をつけてくださいな」
「二人ともお元気でね~」
「よし、また会いましょう、ムム」
「怪我するなよ、クソガキ」
「うん、またなー、キーねーちゃん、ミーねーちゃん」
楽しげに別れの挨拶をしたムーだが、双子が寝台を折りたたんで持ち上げると顔色を変えた。
「よ、よんごー、ごごーをどこへもっていくー!」
「どこって、ちゃんと修理しないとダメだって教えたでしょ」
「リリ、ガキはバカだから覚えてなくても仕方ない」
「でも、よんごーとごごーをもっていちゃうと、ムーのかいだんおちがさんごーまでになっちゃうぞ」
振り向いたキキリリは中指を折り曲げたかと思うと、急に伸ばしてムーの額にぶち当てる。
「おバカね。私たちが居ない時は危ないから禁止に決まってるでしょ」
「えー!」
涙目のまま二人を見送る子どもだった。