軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大牢獄部屋からの脱出

「では、行きますね。――< 月禍氷刃(げっかひょうじん) >」

穏やかな掛け声とともに、恐ろしいまでに高まった魔力が穴の底へと放たれた。

すべてを凍らせる銀の光が、みるみる真下の部屋へ満ちていく。

肉を失い骨だけとなったトカゲどもは、あっさりと動きを止め彫像のように固まった。

もっともユーリルの話では、長い顎の形状から鰐という生き物ではないかとのことだ。

やがて床を擦るような耳につく足音が次第に消え失せ、階下の部屋は完全な静寂に包まれる。

改めて上枝魔技の凄さに驚きながら、トールは素早く穴の中へ飛び込んだ。

何度も繰り返した行為なので、躊躇はみじんもない。

ただし今回はその腕にソラを横抱きにして、背中にムーをひっつけていたが。

着地と同時に流れるように少女を床へ立たせて、真上に手を差し出す。

合図を見た銀髪の美女は、次いで宙に身を躍らせた。

ユーリルを鮮やかに抱きとめたトールは、そのまま南東の角を目指して走り出した。

氷結の溶けた骸骨たちが再び動き出すまでの刻限が、この作戦の最初の要だ。

一気に速度を上げ、骨どもの間を駆け抜ける。

わずか数秒で部屋の片隅にたどり着いたトールは、腕の中のユーリルを下ろし背負っていたムーを手渡す。

「頼むぞ、ムー」

「らーい!」

元気よく返事してみせる子どもを残し、剣を抜いたトールはすぐさま引き返す。

骸骨はユーリルの魔技で足止めできていたが、実体のない悪霊には効き目がない。

幸いにもしんがりを務めていたソラに絡んでいた囚人の霊は、一体のみであったようだ。

飛んでくる闇技<虚霧>を器用に止めた少女は、杖の尖端をくるりと回した。

とたんに悪霊の大きな頭蓋骨が、えぐれたように消え失せる。

一人でモンスターを倒してみせたソラは、駆けつけたトールに頼もしく頷いてみせた。

二人で固まったまま、ユーリルとムーのところまで戻る。

ただし壁に沿うように、少し回り道をしながらである。

すでに<電滞陣>が部屋の中央に向けて、展開済みであるからだ。

無事に仲間と合流できたトールは、静かに息を整えた。

「じゃあ、始めますか」

「はい」

「まっかせてー」

「ムーもきもちだけがんばるぞ!」

ここからは作戦の第二段階だ。

トールたちの落ちてきた穴の位置は、大部屋のほぼ中央となる。

そこから南へ向かうと部屋の出入り口が見えてくるのだが、当然のごとく鉄格子が下りてしまっていた。

そばには開閉する仕掛けらしき物も見当たらない。

なので、片っ端から部屋の中を調べる羽目になったというわけである。

といっても部屋の中央をうろつくと、生きた人間の出す熱を感じ取った悪霊どもが次々と集まってくるのだ。

少しでも足を止めると全方位から闇技の集中砲火を浴びて、一瞬で干からびて終わってしまう。

そのためトールたちが選んだのは、比較的安全な壁の調査であった。

ここなら囲まれる心配はなく、近寄ってくるモンスターも<電滞陣>で足止め可能だ。

大部屋の住人は大鰐の骨と闇技使いの悪霊の二種類だけで、ともに雷系魔技が通用する相手だ。

悪霊は遠距離から攻撃を仕掛けてくる場合が多いので、その時はトールが前に出て剣で斬り消す。

永遠に再生し続ける骸骨は完全に倒すことができないので、氷漬けにして足止めするか、骨を砕いて遠くにばらまくしかない。

トールとソラは死霊の対応。

ムーは雷系魔技で足止めと皆の強化。

ユーリルは耳の良さを生かして壁の調査と、三人の手に負えないほどモンスターが増えてきた場合の対処担当である。

と、綺麗にはまった作戦のようだが、ここまでまとめ上げるのに二時間以上かかっていたりする。

その間、トールがひたすら単独で穴に飛び込み、<加速>や<遡行>を何度も使い切って調べ上げたのだ。

あまり絡まれずに作戦が始められたのも、わざわざトールが反対側にモンスターを集めておいたおかげである。

東側の壁の調査は、三十分ほどで終わった。

壁付近の悪霊はすべて退治済みで、骸骨は砕いて南の端に寄せてある。

どうやら骨鰐はあまり頭が良くないらしく、一度頭部を破壊しておけば、獲物が居たということ自体を忘れてしまうようだ。

復活してもその場をうろつくのみとなるので、慣れてしまうと簡単な相手であった。

もっとも並の冒険者なら、その倒すこと自体がかなり困難であったりするが。

北東の角でしばらく休憩してから、次は北側の壁を調べる。

この辺りから死霊の数もやや減ってきて、戦闘が楽になってくる。

壁の調査も慣れてきたのか、どんどん速度が上がっていた。

順調に進む一行だが、悪意に満ちた迷宮はそうそう甘くないようだ。

北西の角が見えてきたと思えたその時――。

「あっ!」

不意にソラが鋭い声を上げた。

瞬時に振り向いたトールの目が、仲間たちの姿を切り取るように映し出す。

トールの少し後ろ、壁近くに立っていた少女は驚いたように目を開いて自分の足元を見つめている。

その爪先が、石畳ごとわずかに床に沈み込んでいた。

そして壁際に立っていたユーリルとムーの足元。

二人を支えているはずの床が、ポッカリと消え失せていた。

上の階にあったのと同じ罠、落とし穴だ。

声も出さずに落ちていく二人。

そのまま視界の外へ消え去るかと思えた瞬間、今度は子どもが大きな声を発した。

「らい!」

ムーはちゃんとトールの言いつけを覚えていたようだ。

電気に満たされた空間が、二人を包むように一瞬で発生する。

<電滞陣>によってムーとユーリルの体が、壁に吸い寄せられてくっついて止まった。

といっても下へ落ちること自体は止まっていない。

ずるずるとずり落ちる二人へ、ソラが慌てて駆け寄ろうとする。

が、吸い寄せる電の力は、少女の身体も例外にしない。

手を伸ばしたまま、ソラも床に押し留められてしまう。

その横を風のように通り過ぎた影があった。

――<加速>。

トールの腕が伸び、穴の中へと落ちゆく二人の手をギリギリで掴む。

そのまま壁を蹴り、安全な位置まで一気に駆け抜けた。

床に下ろされたムーは、目をパチクリさせた後、トールのあまりの早業に嬉しそうに手を叩く。

間一髪で生命が助かった自覚はないようだ。

ユーリルと目を合わせたトールは、やれやれと困り顔で笑みを浮かべた。

「やはりありましたね、落とし穴」

「ええ、予想しておりましたが……」

事前にあり得ると考えていたトールたちは、ムーに何かあればすぐに<電滞陣>を自分の周囲に張るように言い含めておいたのだ。

安堵で胸を撫で下ろすトールの耳に、今度は少女の焦った声が飛び込んでくる。

「うわわ、下の部屋もモンスターだらけだよ! トールちゃん」