軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地の底でのすれ違い

通路に溢れ出した死霊どもは、我先にと生者へ向けて殺到し始める。

だが紫の瞳の子どもが放った魔技は、まだその効果を失っていなかった。

モンスターたちは床を這いずりながら、いっせいに両の手を伸ばす。

数十体の死霊に埋め尽くされた通路は、まさしく地獄と呼ぶべきような光景となっていた。

そしてじりじりと距離を詰めた囚人たちは、とうとう<電滞陣>の範囲外へとたどり着く。

先頭の一体が、死人らしからぬ生き生きとした表情で立ち上がった。

そこで待ち構えていたトールに、ばっさりと両断されて消え去る。

追加のもう一体も腕を斬り飛ばされ、返す刃で首を刎ねられた。

そんな感じで続々と魔技の束縛から逃れた死霊どもは、実った麦のようにトールに刈り取られていく。

あんまりな眺めに、ソラが杖を持ち上げながら呟いた。

「なんか、ちょっと可哀想だねー」

端の方から溢れ出た死霊の手が死角からトールに触れようとするが、その肘から先が瞬時に消え去る。

同情しつつも、その目はしっかりと全体の動きを捉えていた。

「トーちゃん、がんばれー!」

おぞましい様相を前に、ムーは無邪気な声援を送っている。

骨だけの身となった囚人たちに、恐怖や哀れみなど一切感じていないようだ。

おそらくこの骸骨たちが人であるという認識が、そもそもないのだろう。

「ムムさん、あと五秒で切れますよ」

「らいらーい!」

ユーリルの言葉に、子どもは再び魔力を解き放つ。

通路に紫の茨が通り抜け、死霊どもは怨嗟の呻きの代わりにさらに両手を高く持ち上げた。

そんな感じで小出しされたモンスターどもは、二十分足らずで一掃された。

綺麗になった通路を抜けて、一行は先へと進む。

そのまま北東の区域を探索するが、階段らしきものが見つからないまま地図が埋まってしまった。

「うーん、やっぱりここがあやしいかなー」

ソラが指差したのは、最奥にあたる通路であった。

そこにも牢屋が並んでおり、中には当たり前のように死霊どもが囚われていた。

ただ片側だけしか牢はなく、そのせいで反対側の壁に沿って歩けば、ぎりぎりモンスターに触れられることなく通り抜けできた場所である。

「ああ、またこれがあるしな」

通路の行き止まりにはやはり、これみよがしな鎖がぶら下がっていた。

その前に陣取ったトールたちは、先と同じようにまずムーの<電滞陣>で眼前の通路を覆う。

鎖が引かれた瞬間、いっせいに牢屋の鉄格子が上がり、囚人どもが堰を切ったように溢れ出てくる。

そしてあっさりと電の魔技で、また囚われの身に戻る。

ノロノロと迫ってくる死霊どもを片付けたトールたちは、牢屋を端から覗いていく。

階段らしきものは現れていなかったが、一部屋だけ寝台の位置が他の部屋と違っていることにユーリルが気づいた。

「こういうのって気になりません?」

「気にはなりませんが、どうにも不自然ですね」

整理整頓に無頓着なトールの返しに、ユーリルは残念そうに耳先をゆるく動かした。

ボロボロに朽ちかけた木製の寝台を動かすと、その下に隠されていたのは、人が通り抜けできそうな穴であった。

魔石灯を差し込むと、真下には瓦礫が重なり合って、足場となっているのが見える。

「これはまた、なんとも凝った階段だな」

その日は、そこで時間切れとなった。

翌週、再び監獄を訪れたトールたちは、復活していた死霊どもを前と同じ要領で片付ける。

脱走用らしき床穴を抜け七階へ降り立ったトールたちは、地図を埋めるべく探索へ乗り出した。

北側は監獄の本来の役割を果たすべき場所らしく、通路の両端は牢屋ばかりであった。

死霊をサクサクと片付けながら、時に鎖を引いて解放し、先へと進んでいく。

七階は普通に階段が見つかったので、特に苦労することなく八階へと到着する。

ちゃんと広くなった地図に、ソラはにんまりと独り笑みを浮かべていた。

そこから二日かけて、ようやくトールたちは九階までの地図を完成させる。

どうにも北側区域は死霊どもの数だけは多く、なんともやりにくい場所であった。

分かったことは六階から九階までは、牢獄の多い北側と看守だらけの南側の二区角となっている点。

その区域は、七階以降は完全に分離しており、行き来するには一度六階まで上がる必要があること。

そして十階への階段は南側だけしかないが、鉄格子が行く手を阻んでしまっている。

それを開閉する仕組みは、どうやら北側にあるこの鎖だらけの部屋であると。

「ふー、たいへんだったねー」

「先にこっちへ来ておかないとダメなようだな」

背中に懸命によじ登ろうとしていたムーを手助けしながら、トールは壁に開いた小窓を覗き込む。

隣部屋の階段の前にある鉄格子は、相変わらず降りたままであった。

ただ番人である甲羅だらけの鋼人形の姿はない。

倒したのは三日以上前だが、まだ再発生していないようだ。

「で、どれが当たりかな? トールちゃん」

「うかつに触らないほうがいいですよ、ソラさん」

そう助言しながらユーリルは、壁の一点を指差した。

そこには小さな穴が不自然に開いていた。

何かが飛び出してきそうな雰囲気が、嫌というほど漂っている。

「よし、俺が試そう。みんなは外で待機だ」

「はーい」

剣を片手にぶら下げたトールは、中央に立ったまま鎖の一本を掴む。

固い手応えとともに引っ張ると、案の定、罠が作動した。

ただし壁の穴ではなく、真下からだ。

石畳の隙間から飛び出してきたのは、長い二枚の刃だった。

トールの体を挟み込むように、垂直方向へ跳ね上がる。

壁の穴からの飛び道具を警戒していたトールの虚を、完全に突いた形だ。

――<遡行>。

瞬間、トールの体は消え去り、何も残っていない空間を黒い刃が音もなくすれ違う。

そのまま二枚の刃は、音もなく床下へ消え去った。

「これもまた厄介な仕掛けだな」

<遡行>を使えば一本ずつ安全に確認できるが、そうなると使用可能回数を圧迫されてしまう。

他の罠や突発的な事故などに、最低でも半分は残しておきたい。

十本以上もある鎖に、トールは顎の下を掻いた。

「だったら、ムーにまかせろ! トーちゃん」

そう言いながら子どもは、唐突に虫かごを開放した。

当然、中に居たかぶと虫は、元気よく飛び出してくる。

そして一本の鎖に、音もなく止まって羽を休めた。

「それがあたりだぞ!」

「本当か?」

半信半疑でトールは、再び鎖を引っ張る。

とたんにガラガラと馴染みのある音が、隣部屋から響いてきた。

呆気に取られたトールだが、確認のために小窓を覗き込む。

鉄格子は完全に上がっていた。

ホッと息を漏らしたその時、トールの目に新たな影が映る。

それは隣室に入ってきた複数の人間の姿だった。