作品タイトル不明
約束の日
作業は急速に進んだ。
まず紅樹の運搬だが、バルッコニアらの"灼炎の担い手"が大型の荷馬車を三台も出してくれたおかげで、かなりの量を一度に運ぶことができた。
血溜まりの湖の主の脅威が取り除かれたことが先日のお祭り騒ぎで大いに知れ渡ったせいか、木こりたちが一気に集まり木材の供給量が増加したのも追い風であった。
竜を倒した代価の一部を使い、トールたちはそれらをまとめて買い占める。
もっともその辺りは、英雄としての優遇もかなり使わせてもらったが。
ボッサリアから輸送した大量の紅樹は、沼の岸辺の砦に運び込まれ積み上げられた。
この砦のおかげで馬を瘴気混じりの風から守ることができるようになり、日帰りする必要がなくなったのも非常に大きかった。
砦は一部を除き開放してあるため、他の派閥の面々も自分たちの部屋を決めて使用していた。
特に雷哮団の若い連中には人気なようで、意味なく城壁で立哨したり物見櫓で見張りをしたりと、大いに楽しんでいるようだ。
ただあまり一度に人が集まりすぎると、モンスターを引き寄せてしまうため、その点だけは注意が必要であったが。
それとなぜか砦の名が、いつのまにかムー城塞になっていた。
浮かれる紫眼族の若者たちだが、沼地の道を作ってきた彼らの働きぶりは今回の作戦でも大いに役立ってくれた。
砦に置かれた無数の丸太を担いだ雷哮団の団員たちは、せっせと沼地の奥へと足を運んだ。
むろん霧の脅威はあったが、嵐峰同盟の風使いが大気の流れを読んで適切な時期をきっちり選べば障害とならない。
剣士や炎使い、盾士たちもその護衛につく。
そうやって協力しあい、紅樹は沼の奥へと運び込まれていく。
そして手が空いてる者で、丸太は次々と結びつけられていった。
トールたちが作っていたのは巨大な筏、もとい足場であった。
廃棄された地下監獄の向こう側、おそらく伝承の魔女との主戦場になる辺りは、普通の固い地面はほとんど残っていない。
そのまともに身動きが取れない場所で挑んだことが、数々の敗戦の原因ではないかとトールは睨んでいた。
さらに泥とのつながりを断つのも重要である。
魔女はもちろん、その落とし子である泥毒の巨人たちも、沼と接触している限りその体は無限に再生してしまう。
接触を断ち切らなければ勝機はないと言えるだろう。
そのための足場でもあった。
皆が足場を作っている間、トールたちは最後の追い込みとして、青縞大蛇や沼地蜘蛛を狩り続けていた。
技能樹の枝スキルは、下の枝を鍛えると中位や上位の枝が発生していくものである。
だが優秀なスキルほどその発生条件は厳しく、二本以上の下枝スキルを完枝状態にしたり、特定の枝果特性を得たりしなければ会得できない。
そのうえ、枝を最後まで育てきれるかどうかは、本人の才能によるところが大きい。
修練値(スキルポイント) を地道に稼ぐ努力に加え、天賦まで必要とされるシビアな世界であった。
話を戻すと、トールの<復元>でスキルポイントを自在に割り振りはできるが、ポイントの量が増えるわけではないので、新たな枝を生やすのに必要な条件が満たせるわけではない。
幸い他の派閥の面々は足場作りに掛かりきりとなったため、狩場は空き放題である。
おかげで二週間、トールたちはみっちりと魔技の練習も兼ねた狩りを続けることができた。
現在、トールのスキルはレベル10となった<復元>と<遡行>。
それに<加速>がレベル7まで押し上げられた。
当然、これも完枝したスキルからポイントを流用すれば、レベル9まで一時的に上げることができる。
ただそのやり方だと、真の力であるレベル10へはたどり着けなかった。
ソラは<反転>と<固定>がレベル9、<再現>がレベル6となった。
そして<再現>がレベル5に到達した瞬間、新たな枝スキルが発生した。
どうやら二本の枝スキルが完枝状態だったのが、芽生えの条件だったようだ。
さらなる武器を手に入れた少女は、大きな戦いを前に安堵の息を吐いていた。
ユーリルはいつもの<冷睡>、<凍晶>、<氷床>に、その発展した<寒失波>、<冴凍霧>、<霜華陣>。
全てが完枝状態のレベル9となった。
さらにまだ両方レベル1ではあるが、単体阻害系の最上位< 凍全至獄(とうぜんしごく) >と、範囲冷却系の最上位< 月禍氷刃(げっかひょうじん) >が、<復元>での入れ替えなしで二回ずつ使える頼もしさである。
最後にムーだが、<雷針>、<電棘>、<電探>をギリギリでレベル9まで育て上げることができた。
そして新たに<迅雷速>、<電投矢>の二本以外に、<電滞陣>を習得してみた。
これは周囲の空間に電磁波の網を張り、触れた対象を一時的に麻痺させる魔技だ。
今回はあまり出番はなさそうだが、少なくとも<電投矢>よりは使えそうである。
さらに装備も、元祖路地奥防具屋の主人がきっちり間に合わせてくれた。
トールの体を包むのは、白銀の鱗が眩しい青蛇大蛇の腹の皮を使った革鎧だ。
背中には背の部分を使った青いツギハギのマント。
腰には密かに頼んでいた真銀製の片刃剣。もちろんトルック武器工房製だ。
その上、予備として腐屍龍の牙で作った剣鉈も、腰の後ろにさしてある。
ソラは沼地蜘蛛の糸で編んだローブに、青い蛇革の手袋と長靴。
首元には真っ青な宝玉が輝く首飾りが下がる。
さらに脛には帯状の蛇革がぐるぐると巻きつけてあった。
いわゆる巻脚絆と言われるものらしい。
これによって泥が入り込まず、ぬかるみでも足が簡単に引き抜けるという仕組みだ。
見た目が悪いが、トールたち全員がこれを巻いていた。
それと紅樹と引き換えに埋もれ木を少し回してもらい、少女は新しい杖を作ってもらっていた。
本人談だが、前よりもさらに集中力が増したとのことだ。
ユーリルも沼地蜘蛛のローブに着替えている。
ただソラとはデザインが違い、こちらはスッキリとしたシルエットになっている。
銀の髪をまとめる額冠に、氷晶石の首飾りと目を惹き付ける装いだ。
愛用の短い神官杖を手にしてなければ、どこぞの貴婦人と見間違えるほどである。
最後にムーは、白鼬の着包み姿である。
息子の渾身の一作を目にしたラモウは唸り続けたあと、目尻をかすかに滲ませながら大きく頷いていた。
ただそれは、後からあくびが出るぜと息巻いていたが。
一応、受雷の小冠もちゃんとつけており、雷獣の革靴も着包みの上から履いている。
境目の部分は巻脚絆できちんと留めて、脱げない工夫がしてあった。
そして同様にベッティーナたちも、万全の状態に仕上がってきたようだ。
獣鬼(オーク) どもを散々、ぶちのめしたおかげで、いろいろ新たに習得してきたらしい。
黒鋼の防具に身を包んだ一行は、頼もしげに笑ってみせた。
そして全ての準備が整うのを待って、トールたちは伝承の存在へと挑むこととした。
奇しくもその日は、トールがチョイ屋でダダンたちに言い放ったあの日からちょうど半年目であった。