作品タイトル不明
熱戦ダイジェスト その三
「ひぃっ!」
「うぉっ!」
眼前を流れる川を一望したホラックとムッサンは、思わず息を吸い込んで止めた。
湖から少し離れたこの辺りは、川幅が十数歩ほどまで細くなっている。
その向こう岸いっぱいまでを、赤い外皮に覆われた巨体が埋め尽くしていた。
間近で初めて見る湖の主の全貌に、二人は両目を最大限に見開く。
蛇のように伸びる首と尻尾。胴体は太く分厚い。
全長は二十歩以上は余裕であるだろうか。
持ち上げた頭の位置は、大の男三人分ほどの高さはありそうだ。
水深が浅いせいか、巨体を支える平べったいヒレ状の足の付け根まで露わになっていた。
背中には棘のように突き出した背びれが生え、尾の先まで続いている。
太い牙がみっしりと並ぶ顎は、大人一人くらいなら余裕で呑み込めそうなほどでかい。
独特の尖った突起を持つ鱗からヌメヌメと赤黒い水を滴らせながら、湖水竜の群生相は空気をビリビリと震わせる咆哮を発した。
その迫力にへたり込みかけた二人だが、負けじと誰かが放った雄叫びに辛うじて力を取り戻す。
声の主へ視線を向けたホラックたちは、そこでようやく川面の変化に気づいた。
「なんだ? ありゃ」
「いったい、いつの間に!」
川の流れを遮っていたのは、水面からいくつも突き出した石山たちであった。
等間隔に並んでおり、モンスターを押し留めてしまっている。
その真中の石山に、男が一人立っていた。
全身を白い鎧に包み、長方形の盾を雄々しく掲げている。
これまで数多の攻撃をしのいできた盾士の貫禄が、その姿には有無を言わせぬほど備わっていた。
だがしかし。
吠え立て怒り狂う竜とでは、比較するのもバカらしいほど体の大きさが違いすぎる。
無謀過ぎる戦いを挑んだ男を前に、言葉を失った二人はただただ終わりの時を見つめるしかなかった。
唐突に竜の長い首がしなり、上下に開かれた顎が男を襲う。
一噛みで胴体がちぎれ飛ぶかと思われた刹那――。
莫大な量の闘気が、男の体から弾けた。
同時にその体が、数倍にも膨れ上がったかのような錯覚が生じる。
一呼吸遅れ、固い岩を殴りつけたような重々しい響きが川面に鳴り渡った。
「な、なんだと……」
竜の一撃を喰らいながらも、男は依然として石山の上で踏ん張っていた。
持ち上げた盾でがっしりと、モンスターの顎を受け止めている。
そのあまりにもあり得ない膂力と頑丈さに、ホラックは驚嘆の声を漏らした。
隣に並んでいたムッサンが、何かを思い出したように呟く。
「あれは、まさか……?」
「知ってるのか? ムッサン」
「おそらく盾士の最高防御技< 不壊魂剛(ふえこんごう) >だな。あらゆる攻撃を跳ね返すらしいぞ」
「上枝武技の使い手か!」
男が生みだす威圧感に、竜は狂ったように首を振って何度も噛み砕こうと迫った。
だが鋼の心と身体になった盾士は、それを平然と盾で受け流していく。
「……確かに守りは堅いようだな。だが、このままじゃジリ貧だぞ」
「見ろ!」
いきなり男とは逆の方向をムッサンが指差す。
そちらへ目を向けたホラックは、納得のうめき声を上げた。
「なるほど、あの石山は<岩杭陣>で作ったのか……」
竜の後方には、いつの間にか新たな盾士が居た。
やや横に太い体型の男が円盾を掲げる度に、水面を揺らしながら川底が隆起して石山ができあがっていく。
新しい山が完成すると、男はその上に飛び乗り再び盾を持ち上げた。
またも持ち上がる川底。
そうやって同じ動作を繰り返しながら、男は向こう岸ヘと向かっていく。
見る見る間に並んでいく石山を感心した目で眺めていた二人だが、その異常さに徐々に気づき始める。
「おい、まだ放てるのかよ」
「あ、あいつの闘気は底なしか」
<岩杭陣>は中枝スキルでは、比較的に使う闘気は少ないほうである。
だが常人なら三回も使えば限界であるところを、あの男はすでに十回近く放っていた。
化け物じみた男の行為を二人が見守る中、とうとう向こう岸まで石山の杭は完成してしまう。
川の向こうで男が合図の叫びを上げると、ひたすら竜の猛攻に耐えてきた男も動き出す。
それを追いかけようとしてモンスターは、ようやく自分の状況が分かったようだ。
傍から見ていた二人も、やっと男たちの意図に気づく。
「……これは閉じ込めたのか!」
この辺りは湖と違い、水深が浅く竜の体の大半が水の外に出てしまっている。
川幅も狭いため、あの巨体では簡単に向きを変えることができない。
さらに川の上下流をせき止めた石山も、その束縛に一役買っているようだ。
スラリと並んだ石の山の列は、まるで牢獄の鉄格子のようでもあった。
おそらく通常であれば用心深い湖水竜なら、途中で罠に気づき引き返したであろう。
しかし目の前をスルリと逃げ去る獲物や、撒き散らされた水棲馬の血の匂いに、モンスターとしての本能が抗えなかったようだ。
湖水竜はわずかな血の匂いでも嗅ぎつけて遠くからでも襲ってくる習性を持つと、あの紫眼族の若者に話したことがあったのを、檻に封じられたモンスターを眺めながらホラックはありありと思い起こしていた。
「だ、だが、動きを封じたところでどうする?」
「あ、ああ、竜の鱗には生半可な攻撃は通用しないぞ」
筏を漕いできた若者たちは、まだ川原にひっくり返ったまま胸を大きく弾ませている状態だ。
他に残っているのは、杖を持った赤髪の少女と銀髪の美女の二人。
それと櫂に触れていなかった黒髪の少女と幼い子どもだけだ。
あとは蒼鱗族の少女が、荒い息の男たちに巻き貝のようなものを手渡している。
中身を飲み干した青年の一人が、勢いよく立ち上がってみせた。
これは、どうやら体力回復薬のようだ。
その横で不意に杖を突き出した赤毛の少女が、短い言葉を発した。
とたんに宙に現れた火球が、暴れ狂う竜へと飛んでいく。
そして鱗に当たると、ジュワっと可愛らしい音とともに消えてしまった。
これまでが信じられない出来事の連続だったため、ホラックたちは顔を見合わせて深く安堵のため息を吐いた。
「ふう、あの子は普通のようだな」
「これ以上、仰天してたら心臓がもたなかったぜ」
攻撃に特化しているといえば炎系魔技が代表的であるが、残念ながら相性というものがある。
体表にたっぷりの水を含む湖水竜では、その効果は半減どころか一割以下になってしまうのだ。
さらに意外と弾むため打撃にも強く、そう簡単に突破することもできない。
見ていると赤毛の少女を押し退けるように、今度は金髪の巻き毛の子どもが前に出てきた。
小さな王冠をかぶっているので、どこかの王子か王女のようでもある。
子どもは懸命に手を上げると、元気よく振り下ろしてみせた。
その指先から小さな紫色の電流が生まれ、弧を描いて竜へと向かう。
そして鱗に当たると、パチリと柔らかな音とともに消えてしまった。
観客の二人は、またも小さな笑みを浮かべ合う。
そして背後から聞こえてきた笑い声に、驚いて振り向いた。
そこに居たのは、泡を食って逃げたはずの冒険者たちであった。
気づかぬ間に見物に参加していたようだ。
その冒険者どもが、急に歓声をいっせいに上げた。
慌ててホラックたちも視線を川原に戻す。
視界に映ったのは、少女と子どもの背後から進み出てきた灰耳族の美女の姿だった。
優雅に細い杖を持ち上げ、短い祈句を発する。
次の瞬間、川面は真っ白な霧に包まれた。
同時に遠目で見ていたホラックたちまで、凍えるような冷気が吹き付けてくる。
その閉ざされた凍霧の中で、モンスターがもがく姿が影となって映った。
霧が消え去った後に残されたのは、鱗をパリパリに凍らされてしまった無残な竜の姿だった。
「そうか……、氷系魔技なら相性はバッチリってわけか」
「あれはおそらく中枝魔技の<冴凍霧>だな。しかし、あれほどの規模の霧が出るのは初めて見るぜ」
「おまえ、なんでも知ってるんだな……。って、おいおい!」
霧が晴れたかと思った瞬間、再び美女が杖を持ち上げたのを見てホラックは驚きの声を発した。
中枝スキルの魔技となると、相当の魔力を消耗するはずだ。
だが氷使いはこともなげに、新たな霧をやすやすと放ってみせた。
しかも三連続で。
川面まで完全に氷に覆われた景色に、ホラックらと冒険者たちまでもが凍りついたように動きを止めた。
凄まじい魔技の冴えを見せた美女の次に、前に躍り出たのは二人の男だった。
どこか似たような雰囲気を纏う二人だが、携えた武器が違っていた。
黒い長髪の少年は弓を、金の直毛の青年は珍しい錐槍を手にしている。
二人は頷きあった後、氷の彫像と化したモンスターへ攻撃を放った。
空を穿つ矢は、次々と竜の眼に容赦なく刺さっていく。
たちまち眼球を覆う膜が貫かれ、中から体液が溢れ出した。
その見事な命中ぶりに、冒険者どもは口々に感想を述べ合う。
しかし、そんなのん気な野次馬たちも、次に放たれた武技に一瞬で言葉を失った。
じっくりと紫の雷を纏わせた槍を持ち上げる青年。
なぜか、その背後に立つ中年の男。
しなやかに体をひねり、青年が錐槍を構える。
それを後押しするかのように、男が槍の石突に手を添えた。
次の瞬間、放たれた紫電はモンスターの向こう側にあった。
「へ?」
「は?」
一拍置いて、竜の顔面にぽっかりと穿たれた穴から赤い血が一気に流れ出す。
錐槍のほうは放物線を描いて、そのまま向こう岸の川原へ鮮やかに突き刺さった。
すぐに盾士の一人が近寄って回収する。
「な、なんだ?」
「み、見えたか?」
槍は確かに青年の手から撃ち出されたはずだ。
しかしながら、その軌道をホラックたちは完全に見失っていた。
唖然とする見物客を前に、紫眼族の青年は新たな錐槍を手に取る。
再び謎の中年の男が、そこへ寄り添う。
またも投擲の瞬間、槍は消え失せた。
「ど、どうなってんだ?」
「分からん。もう、何もかも分かんねぇ……」
槍が続けざまに放たれ、その度に竜の頭部が破壊されていく。
無敵の守りを誇った鱗も凍らされた挙げ句、軌道を残さない凄まじい投槍の前には為す術もなかったようだ。
それでもまだ竜には、その名に恥じない強さがある。
大量の矢が刺さり、槍で穴だらけにされた頭部は、ゆっくりとだが傷が塞がりつつあった。
全身を覆う氷も次第に溶けて、少しずつ体が蠢き始めている。
ホラックらが固唾を呑んで勝負の行方を見守る中、再度進み出たのは銀髪をなびかせる美女であった。
「まだ魔力が残っているのか?」
「もう限界だろ。どうするつもりなんだ?」
心配する二人の耳に届いたのは、朗々とした祈句の響きだった。
「月光よ、結べ――< 月禍氷刃(げっかひょうじん) >」
次の瞬間、モンスターの真上の空間に現れたのは、ポッカリと切り取られたような真円の穴であった。
その内部から、眩しい銀の輝きが溢れ出す。
見たこともない現象に、二人は思わず抱き合って空を見上げた。
突き刺すような無数の銀光は、竜の全身を隈なく覆い尽くし鱗を一枚残らず凍らせていく。
「こ、これはまさか上枝魔技か!?」
「まだそんな魔力が……」
先ほどの<冴凍霧>とは違い、今度は完全に湖水竜は芯まで氷に閉ざされてしまったようだ。
満足気に微笑む美女の肩を、謎の中年の男が馴れ馴れしく叩く。
振り向いて頷き返した氷使いは、またも杖を持ち上げた。
そしてたおやかな声で、先ほどとは違う祈句を紡ぐ。
「すべからく凍えよ――< 凍全至獄(とうぜんしごく) >」
ホラックたちに分かったのは、それも上枝魔技であること。
そして想像を超える魔力が、そこに注ぎ込まれたくらいであった。
もはや呼吸さえ忘れて、見物の人々は成り行きを見守る。
数秒、数十秒経っただろうか。
氷の呪縛が解けた湖水竜がゆっくりと動き出す。
ただしその先は、赤黒い水を湛える川面であった。
氷片と水飛沫を跳ね上げながら、モンスターは無言でその首を川面へ横たえた。
同時にうめき声を漏らしていたホラックたちは、耐えきれずに歓喜の声を一時に発した。
始終、何が起こっているがサッパリだったが、一つだけ確かなことは分かっていた。
あの誰にも手出しできないと思われていた湖の主は、英雄たちが来てわずか一日で退治されてしまったという事実だ。
あまりにも信じ難い光景の連続であったが、それは今はもうどうでもよかった。
完全に息の根が止まっている巨大なモンスターを眺めながら、ホラックたちは心の底から喜びの叫びを上げ続ける。
しばし興奮状態で、手を叩き跳びはねていたホラックだが、ふと我に返って首を捻った。
「……で、結局、街を直した英雄様ってのは誰だったんだ?」