作品タイトル不明
熱戦ダイジェスト その二
「おい、大変だ!」
「お前、仕事が山ほど溜まってんぞ。どこ行ってたんだよ?」
「いいから来いって!」
ムッサンに強引に引きずられたホラックは、出張所から出て川へと向かう。
その目に映ったものは、昨日とほぼ同じであった。
すっかり見慣れた紅樹製の筏が、川面に波を作りながら湖へと向かっていく眺めだ。
ただ、その乗員どもの様子が、少しばかり昨日と違っていた。
冒険者としてはごく当たり前であるが、全員が剣や斧などの武具を携えていたのだ。
それと不思議なことに、数本の丸太まで積んである。
こちらは転覆した際に、掴まるための予備だろうか。
「……まさか!?」
「なんかやる気みてえだぞ、あいつら!」
「馬鹿か! 止めねえと」
そこそこ立派な筏ではあるが、その数倍の巨体を誇るモンスターに体当りされてはひとたまりもない。
昨日よりかは速度を出せるようになったようだが、それでどうにかなると考えるのはあまりにも無謀だ。
湖の主と呼ばれる湖水竜の群生相は、中央付近の小島の周囲を泳ぎ回っており、時折水面にその背中を見せることがある。
そのため一定の間隔で周回しているように思えてしまうが、それは罠ではないかとホラックは睨んでいた。
なぜなら小島の手前側と奥側で、龍が姿を見せる回数が明らかに違うからだ。
おそらく向こう側にいったように見せかけて、実際は水底に潜んで様子を窺っているパターンがあるのではないかと。
その点については、ホラックは初めてこの狩場に訪れる冒険者には漏れなく注意をしてきた。
特に紫眼族の若者たちは伐採を手伝ってくれたので、さらに詳しい話を何度も聞かせたはずであった。
それなのにである。
岸辺の冒険者たちが口々に引き返せ、止めとけと叫ぶ中、男たちが漕ぐ筏は風を切って湖へと近づいていく。
同様に叫び声を上げようとしたホラックだが、乗員の顔ぶれが昨日と違うことに気づき絶望のうめきを漏らした。
「ああ、クソ! なんてこった……」
筏の中央にいたのは蒼鱗族の少女ではなく、黒髪に青いリボンを巻いた少女だ。
さらにその腰にしがみついていたのは、年端もいかない金の巻き毛の幼子であった。
水遊びに興奮した様子で、あちこちを指差して回っている。
遠目からだと、まるで子どもが筏の船頭となって、船の針路を決めているようにも見えた。
「なに考えてやがるんだ!」
「あんなガキまで連れていくとか……。頼む、炎神様よ。どうか今日は戦いを呼ばないでくれ……」
懸命に祈りながら、ムッサンは両手を振り回して筏の連中をなんとか止めようとする。
だが返ってきたのは、黒髪の少女が笑顔で手を上げる仕草であった。
はしゃぐ子どもや楽しそうな少女の姿が、次に起こるであろう恐ろしい事態とかけ離れすぎてて、ホラックはボッサリアの悲劇の日を思い出し凍りついたように動きを止めてしまう。
そんな二人の心境をよそに、昨日の特訓の成果か筏はそのままスルスルと湖に入ってしまった。
警告が間に合わなかったことに、ホラックはきつく拳を握りしめる。
そして残された人々が息を詰めて見守る中、英雄の一行は勢いよく小島を目指して進んでいく。
待ち受ける惨劇を想像して、観客たちの心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。
数秒、数十秒、そして五分。
始終、紫眼族の子どもが元気に腕を振り回していた以外、特に何事もなく筏はあっさり小島へたどり着いてしまった。
肺の底から大きく息を吐いたホラックとムッサンは、揃ってその場にへたり込んだ。
「…………すげぇ強運だな」
「ふう、英雄様は持ってるもんがやっぱり違うぜ。まあ、無事で何よりだ」
「安心するのはまだ早いぞ、ムッサン」
「そうか、帰りもあったな。て、あいつら!」
再び発したムッサンの大声に、ホラックは慌てて小島へ視線を戻した。
そこで繰り広げられている光景に、再び大きなうめき声を漏らす。
男どもは島にいた水棲馬たちへ、次々と両手斧や双剣を振り回し始めたのだ。
「……だめだ。あの連中がなに考えているのか、さっぱり分からん。いや、目的としては正しいのか」
「あんなところで血を流すとか、竜がすぐに嗅ぎつけてくるぞ!」
またたく間に数頭のモンスターが、青い血を流して地面に横たわった。
青い体皮と藻のようなたてがみを持つこの肉食の馬たちはかなりの強さを誇り、特に群れでの集団戦を得意とする。
しかし筏の男たちは、こともなげにモンスターを駆逐していく。
赤毛の少年が低い姿勢で、地面の上を滑るように二振りの剣を走らせた。
前脚を強打されたところで、盾を持った少年が距離を詰め鈎棍棒を頭蓋に叩きつける。
最後の一頭は、いななきを上げながら力尽きて倒れ込んだ。
ホラックたちがハラハラしながら見ていると、男たちはなぜか今度は持ってきた丸太に馬たちの死骸をくくりつけ出す。
どうやら、このために運んできたらしい。
そして慌ただしく筏に乗り込んだ一行は、武器を櫂に持ち替えいっせいに漕ぎ始めた。
筏が進むにつれ、モンスターが縛ってある丸太も引きずられるように動き出す。
よく見ると縄らしきもので、丸太と筏は連結してあるようだ。
次々と丸太が引っ張られて湖面に落ち、モンスターの傷から溢れ出した血で赤黒い水が青く染まっていく。
浅はか過ぎるその行為に、ホラックたちは何度目かのうめき声を発した。
「ああすりゃ獲物が軽くなって、運びやすいかもしれんが……」
「本当に危険ってもんが分かってないのか? チッ、とうとう来やがったぞ!」
ムッサンが指差す先には、大きくうねる波があった。
これ見よがしに波間に見えるのは、真っ赤な鱗に包まれた太い胴体の一部だ。
水面を派手に揺らしながら、湖の主は凄まじい速さで筏へ近づいていく。
伸びていく白い泡の長さからして、筏と竜の大きさは数倍の差があるようだ。
あの背びれで軽く一撫でされるだけで確実にひっくり返るか、最悪の場合、砕けてしまうだろう。
刻一刻と迫る破滅の瞬間に、ホラックたちの目に深い絶望が宿る。
そしてついに湖面が大きく盛り上がり――。
なぜか次の瞬間、そこでピタリと止まった。
「へっ!?」
「あれ!?」
頭部を半ば水面から持ち上げた姿勢で、湖水竜はなぜか動こうとしない。
いや、波が激しく泡立っているので、水中に隠れた部分はそうでもないようだ。
だが、巨大なモンスターの頭部は、見えない杭で打ち付けられたように身動ぎしない。
湖面から覗く竜の頭部を迂回しながら、筏は悠々とその前を通り過ぎていく。
数十秒の後、金縛りが解けたように、ようやく湖の主は再び動き出した。
苛立つように鼻息で水飛沫を飛ばすと、そのまま湖の底へ姿を消してしまう。
安堵の息を深々と漏らすホラックたちだが、それも束の間の安らぎでしかない。
久しぶりに迷い込んだ獲物を、そう簡単にモンスターが諦めるはずもないからだ。
「なんてこった!」
「おお、炎神様!」
狡猾な竜は、今度はしっかりと攻め方を変えてきたようだ。
いきなり筏が大きく持ち上がったかと思うと、その下から水を押しのけて巨大なモンスターの頭部が現れる。
真下から勢いよく突き上げられた筏は、大きく宙に浮かび――。
なぜか次の瞬間、何事もなかったように水面を進んでいく。
「ほわ!?」
「あへ!?」
目を口を大きく開いたまま、ホラックとムッサンは動きを止めた。
今、確かに筏はバラバラになりながら、転覆しかけたはずである。
幻のように消え失せてしまった出来事に、二人は無言で顔を見合わせた。
「今のは見間違いか……?」
「いや、俺はしっかり見たぞ。確かにひっくり返ったはずだが……、って、まだ終わってねえぞ!」
竜はまたもやり方を変えて、今度は長い尾をしならせるように横薙ぎに筏へぶつけてきた。
これも今まで同様、まともに喰らえば簡単に横転してしまうはずだが――。
なぜか次の瞬間、尻尾は元来た場所へ恐ろしい勢いで戻ってしまった。
高い波が生まれ、バランスを無様に崩した竜はまたも水面下へ姿を消した。
「……もう、なにも言わねえぞ」
「……正しくは何も言えねぇだけどな」
三度の襲撃を退けた一行は、とうとう湖を抜け出し川へと入り込む。
だがコケにされた湖の主が、そうそう退散するはずもない。
さらに丸太で繋がれた水棲馬の血が、辺りに立ち込めたせいもあったようだ。
興奮し怒り狂った湖水竜は、背びれを水面から突き出しながら、筏を追いかけて川へと入り込んでくる。
唖然として状況を眺めていた岸辺の冒険者たちは、たちまち悲鳴を上げて逃げ惑った。
一心不乱に櫂を漕ぐ男たち。
大声で応援する少女と、虫かごを持ち上げて飛び跳ねる子ども。
それらに牙を剥いて追いすがる巨大なモンスター。
あまりにもあり得ない光景に、ホラックは思考を停止させた。
しかし水の中を自在に進む竜に、ただの筏が敵うはずもない。
次第に距離が縮まり、今まさに追いつかれると思えた瞬間、紫眼族の男がいきなり片手斧を振るった。
間髪いれずに切り離された丸太と馬たちが、後方へと置き去りにされる。
それらはすぐ背後にいたモンスターへと向かっていく。
とっさに口を開き、先頭の一頭を丸呑みにする湖水竜。
動きが止まった隙を見逃さず、さらに重い荷物を切り離した筏が一気に加速する。
そのまま筏は器用に川に沿って曲がり、下流へと姿を消した。
少しだけ動きを止めていた竜は、耳をつんざく咆哮を上げると、その後へ追いすがる。
完全に頭に血が上っているようだ。
呆けていたホラックとムッサンは、その雄叫びで一瞬で正気を取り戻す。
「まったく、何がどうなってんだ!?」
「分からねぇ! とりあえず追うぞ!」
急いで筏と竜に続き、ホラックたちも川原を走る。
その先で二人は、一生忘れることのない光景に出くわす羽目となった。