軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

既視感のある風景

翌日、トールたちを乗せた馬車は、外門を抜け南へと向かった。

起伏の激しい丘陵地帯をぐるりと迂回して、北東にある次の狩場を目指す。

うねうねと低い丘の合間を抜ける道は、一年近く使われていなかったのを急いで手入れしたせいか、ところどころがまだ荒れたままである。

車輪が何度もガタガタと揺れるが、一向に気にする素振りもなく御者台に座る赤毛の少年は興奮した様子で話し続けていた。

「でさぁ、こんなひっくいとこからズババってきて、気がついたら血がブハーだろ。もう、まいったぜ」

「そいつは、良い経験をしたな」

白鼬にやられた場面を事細かく説明してくるリッカルに、左隣のトールが頷きながら答える。

一瞬、目を丸くした少年だが、赤い尾を嬉しそうに振りながら会話を続ける。

「そうそう、そん時はイテーしムカついたんだけど、思いだしたらチョー強かったんだよなー、アイツ!」

「厄介な相手の動きはよく見ておいて、頭ん中で繰り返して覚えておけよ」

今度は右隣で手綱を握るガルウドの言葉に、リッカルは意気揚々と声を上げた。

「ああ、次あったら、もうヤられねーぜ! ……あえるかどーか、わかんねーけど」

「会えなくても役には立つぞ」

「そなの?」

「自分がやられて嫌なことは、いろいろな相手に通用するってことだからな」

引き継いだトールの言葉に、しばし考え込んだ赤毛の少年は目を輝かせながら呟く。

「そっかー……、あのひっくいイチから、スパーとキりつけたら……」

そこで御者台の後ろにある扉が、二回ほど叩かれたと思うと急に内側から開いた。

中から顔を出したのは、黒髪の少年だ。

「おい、リッカルまだか? そろそろ替わってくれてもいいんじゃないのか」

「えー、まだそんなにたってねーだろ」

ベテランの冒険者二人に囲まれて、ゆっくり話ができる機会など滅多にないのだ。

ただ残念ながら御者台は、男三人も座ればいっぱいになってしまう。

それで一時間ごとに交代にしていたのだが、待ちきれないシサンが急かしてきたというわけである。

リーダーの少年の催促に、笑って答えたのは馬車を操るガルウドであった。

「お、林が見えてきたな。あと少しで着くぞ」

「えっ、もう?」

「そろそろ降りる準備をするよう、中に伝えてくれ」

「……はい、分かりました」

すでに出発して三時間近いのだが、若者たちにはあっという間だったようだ。

少しだけ不満げな表情になったシサンだが、すぐに素直な返事をして扉を締める。

御者台でトールらが戦闘のちょっとした心得など話していたように、当然車内ではユーリルの後衛向け講座が開かれていた。

こちらも少女たちが目を輝かせて、話に聞き入っている。

むろん、それだけではなく――。

「なるほど! 位置取りって本当に重要なんですね」

「相手に気取られないのが大事だとばかり思っていたけど、逆に動きを見せることで陽動にも使えるのか……」

「うん、思わず首から鱗が落ちそうになったわ」

アレシアやエックリアだけでなく、なぜかちゃっかりと弓士のヒンクまで混ざっていた。

「あとは全体を見通すことも大事ですが、それにこだわり過ぎてもいけませんよ。人間が独りでやれることには、限度がありますからね」

「だから仲間同士で、分担するんですね」

「はい、一体ずつに集中することで、より動ける場合もありますから」

その言葉に何度も頷いたアレシアは、思いついたように口にする。

「そういえば、こないだのソラちゃんの集中力すごかったね。あの白鼬についていけたの、ソラちゃんだけだったし」

「わ、私、なにが起こってるかサッパリでした」

「俺なんて分かっていても動けなかったしな。やっぱり、経験の違いは大きいと痛感したよ」

「えー、そんな、たまたまだよー」

慌てて謙遜してみせる少女に、アレシアたちは意気込んで話しかける。

「ううん、ソラちゃんがいなかったら、私たちあそこで終わっていたかもしれないんだよ!」

「そうですよ! 本当に怖かったんですから」

「むしろ胸張ってくれないと、俺たちの自信が根こそぎ消えちまうぜ」

「う、うん」

戸惑った顔になったソラだが、今度はしっかりと頷き返してみせた。

そこへ戻ってきたシサンが、声を掛けてくる。

「そろそろ着くそうだよ。ガルウドさんが降りる準備をしてくれって」

「えっ、もう?」

「ほら、ムー、起きなさいよ」

ユーリルの膝の上でだらしなく眠りこける子どもの頬を、アレシアがつんつんと突く。

そして指が沈み込む感触に、蒼鱗族の少女は口元を綻ばせた。

「うわ、柔らかいわね」

「むぅぅ……」

「そうなんですか? あ、ホントにプニプニしてますね」

「むぅううう……」

「こんな可愛い顔してるのに、よくあんなムチャなことしでかしたわね」

「でも、あのおかげで私たち助かりましたし。ムーちゃんには感謝ですよ」

「そんなこと言ってると、またこの子調子にのるわよ」

子どもの頬にやさしく触れながら、少女たちはその幼い顔を覗き込む。

可愛く口を開けていたムーは少しだけ身じろぎすると、寝言をむにゃむにゃと漏らした。

「むぅぅ……ムーはもう……、あぶないことはしない……。だいじな……まきこむのはダメ……」

「ムー……!」

「ムーちゃん……!」

「だいじな……くろすけが……ききいっぱつに……ううう……」

「おい、そっちかよ!」

ヒンクの突っ込みに、子どもはパッチリと紫の瞳を開けた。

次いで腰に下げていた虫かごに触れて、ほぅっと安心した息を漏らす。

それから不思議そうに自分の頬を突く少女二人を見上げた。

「なんだゆめかー」

その無邪気な物言いに、アレシアたちは知らず知らずのうちに苦笑を浮かべた。

中の賑わいをよそに、馬車は広場へと入っていく。

開けてはいるが、無理やり平らにしただけのようで、ただの空き地とほとんど変わりがない。

人気もほとんどなく、隅に天幕が数個ほど立っているだけだ。

その並びに、小さな木造の小屋があった。

急ごしらえのようで、どこかみすぼらしい印象がある。

どうやら、そこが冒険者局の出張所のようだ。

その出張所のすぐ裏まで迫っているのは、みっしりと生い茂る木々の並びであった。

紅樹と呼ばれるそれらは幹が濃い赤茶色をしており、遠目からでも非常に目立って見えた。

この幹の色だが、紅樹は奇妙な生態をしており、大量の根を水中へ直接伸ばして屹立している。

問題は、その根の先が真っ赤な水を湛えた湖である点だ。

赤い水を吸い上げることで、幹の色に影響が出ているのではというのが、今のところ一番有力な説である。

岸周辺の柔らかな泥地を、隙間なく紅樹林で覆われた湖。

血流しの川の水源とも言われているこの場所は、その見た目から血溜まりの湖と呼ばれていた。

ここが赤鱗級の冒険者たちの狩場である。

馬車から降りたトールたちは、まず湖から伸びる川の岸辺まで見学に行く。

現状、湖の沿岸は紅樹の林に阻まれて、簡単に近づくことができないため、そこから流れ出す川の周囲が唯一の狩場となっていた。

川原が狭いせいで、あまり人は多くはないが、かなり窮屈そうに見える。

血流しの川のかつての姿を思い出したトールは、無言で顎の下を掻いた。

「いたいた! おーい、トールの兄貴!」

不意に下流のほうから呼びかけられたトールは、そちらへ顔を向けた。

大声を発しながら大きく手を振っていたのは、顔馴染みの三兄弟の末っ子ググタフだった。

「そろそろ来るころかと思ってたんだよね。お、ユーリルさん、あいかわらずお美しいですね」

「他の面子はどうした?」

「こっちこっち。ここは狭いから、いろいろとやり辛いんだよね」

そう言いながら歩き出すググタフに、一行はぞろぞろとついていく。

数分ほど川を下った先に、こじんまりとした川原が広がっていた。

三つほど天幕が並ぶ様子に、トールは懐かしい既視感を覚える。

そして川岸には、斧を振りかざす三兄弟の残りの二人の姿があった。

こちらも見慣れた風景だ。

トールに気付いたのか、長男のロロルフが顔を上げて嬉しそうに手を振ってくる。

それからおもむろに、その背後にある物を紹介してきた。

「見てくれよ、トールの兄貴! どうだい、この筏は?」