軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

前門の鼬、後門の犬

「まさか 白鼬(しろいたち) か!? なんで、こんなとこに!」

うろたえた声を発しながらも、ヒンクは素早く部屋へ踏み込んだ。

そのまま構えていた弓で、白い獣へ狙いを定める。

牽制のための動きであったが、親友が血を流す姿に思わず手に力がこもったようだ。

その殺気を読み取ったのか、まばたき一つの間も許さずモンスターの姿がかき消える。

一瞬でシサンを追い越した獣は、気がつくと弓士の少年の足元で牙を剥いていた。

あまりの速さに誰もが反応できず、二人目の犠牲者が出るかと思われたその時――。

見えない壁にぶつかったように、白い獣はいきなり跳ね返された。

小さな体躯があっさりと宙に浮き、その黒い腹部や足があらわになる。

見たところ、白いのは背中や頭部、尻尾だけのようだ。

空中に飛ばされたモンスターであるが、軽やかに身を反らし、くるりと一回転して鮮やかに着地してみせた。

「えっ?」

走ってきた勢いが二倍以上に<反転>されて、その頭部に戻ったのだ。

普通のモンスターであれば、余裕で首がもげるほどの力がかかったはずである。

けれどもモンスターは平然とした様子で顔を持ち上げると、すぐさま攻撃を妨害した犯人を見破ったのか、今度はソラに向けて威嚇するように低く唸った。

「じゃあこっち!」

杖を再び持ち上げたソラの眼前から、またも獣の姿が消え失せた。

同時にジグザグの残像を残す白い閃光が、地面を駆け抜ける。

凄まじい速さで少女に肉薄した獣だが、ギリギリ指一本ほどの隙間を残してその体はまたも急停止した。

頭部だけ<固定>されたモンスターの胴体は、当然ながらその速度を殺しきれず前へ進もうとする。

その結果、自重で上半身が押し潰され、背骨もへし折れるはずだ。

しかし予想を裏切って、白い毛皮に覆われた体は一瞬だけ縮んでみせたが、あっという間に元の大きさに戻ってしまった。

そして口を大きく開けた姿のまま、闘志に満ちた目でソラを睨みつけて狂ったようにもがきだす。

どうやらこの獣は、ありえないほどの柔軟性を有しているらしい。

「今のうちに!」

その鋭い牙が並んだ顎に肩を竦めたソラだが、即座に気を取り直して周囲に声をかけた。

我に返ったアレシアとエックリアは、慌てた顔でうずくまるリッカルへ駆け寄る。

それに危機を察して、かぶと虫をかごにしまい直したムーもちゃっかりと続く。

「大丈夫、リッカル!?」

「きずはふかいぞ、あんしんしろ!」

「ふかくねーよ! ちょっとエグれただけだっての。はやく治してくれ、オレもぶっ叩く!」

「さ、先に安全な場所へ移動しましょう。ここは危険です」

「じゃあ、あっち。あそことおれるぞ」

ムーの誘導で移動し始めたリッカルたちを横目に、シサンたちは取り逃がさないようモンスターを取り囲む。

身動きを封じられた獣は激しく身を揺さぶるが、その頭はびくとも動こうとしない。

その体目掛けてシサンが鈎棍棒を振り上げ、ヒンクは改めて弓を引き絞った。

いかに素早い挙動を誇ろうとも、こうなってはただの哀れな置き物である。

が、容赦なく振り下ろされた棘棍棒の先端は、毛皮に当たった瞬間、滑るように行き先を変えた。

また外すほうが難しい距離から放たれた矢も、肉に刺さることなく胴体に沿って地面へ向かう。

「なっ!」

戸惑った声を上げたシサンだが、それならば動けない頭へ打撃を加えようとへ回り込む。

とたんに大きく身をよじった獣の爪先が、盾士の少年の膝を切り裂いた。

鋳鉄製の膝当てが簡単にへこむ様子に、シサンは驚いて飛び退る。

「こいつ、うかつに近づくと危ないぞ!」

「くそっ、矢が効かねぇ!」

「だったら体も!」

動き回る胴体部分を<固定>しようと、ソラが杖を持ち上げた矢先――。

不意に白い獣は、尻尾を持ち上げ尻を天に向けて突き出す。

次の瞬間、霧状の液体がそこから噴き出した。

「ぐへぇぇ!」

乙女らしからぬ悲鳴を上げて、鼻を押さえたソラは大きくよろめいた。

シサンやヒンクも咳き込みながら、必死な形相でモンスターから距離を取る。

三人の鼻を突き刺したのは、異常な臭気であった。

耐え難いその臭いに涙を流しながら、ソラたちは懸命に距離を取ろうと逃げ惑う。

「こっち! ソラちゃん、こっちに!」

アレシアの呼びかけに、少女は声がした方向へと走り出す。

シサンたちも涙に塞がれた視界で、なんとかそれに続いた。

大きな白いキノコに埋もれていたが、部屋の奥に通路が隠れていたようだ。

すでにリッカルも、そこに運びこまれている。

三人が駆け込むと、エックリアが爆裂茸を急いで積み上げて入り口を塞いだ。

差し出された革袋の水で顔を洗った三人は、ようやく深々と息を吐く。

しかし服についた臭いまでは消せるわけもない。

鼻をつまんだムーが、顔をしかめてソラたちに言い放った。

「もう、きゅうにおならしちゃダメでしょ!」

「いや、俺じゃないよ」

「お、俺でもねえぞ!」

「じゃあ、はんにんはソラねーちゃんか。なにたべたらこんなくさいの!」

ムーに疑いの眼差しを向けられたソラは、一瞬固まったあと手を振って声を張り上げた。

「えっ、わたし? ち、ちがうよー。たしかに今日のお昼、豆をたくさん食べたけどね。でも!」

「落ち着いて、ソラちゃん。犯人はあのモンスターでしょ」

「そうだった!」

急いでキノコの隙間から覗いてみるが、すでに<固定>は切れていたようで、自由になったモンスターは身を低くして周囲を見回していた。

それから小さく鼻を鳴らすと、元居た場所へと戻ってしまう。

追いかけてくる素振りがないその姿に、ソラはもう一度深く息を吐き出した。

「ったく、なんだよ。アレは? ヤバいってもんじゃねえぞ」

ソラが考えていたのとまったく同じ疑問を口にしたのは、元気になったリッカルであった。

ただアレシアに治療してもらった傷口は塞がってはいたが、革靴には痛々しい穴が残ったままである。

「あれはおそらく白鼬だよ。めったに現れないモンスターらしいが……」

「うん、なんかそんな名前で呼んでたねー」

頷いたヒンクは、ざっと二人に説明してくれた。

白鼬とは怒り穴熊の近似種だが、小柄な上に背中や尾が白いため別種のような名称がついている。

見た目も小さくそれなりに愛らしいため、中身を知らない人間からは侮られがちだが、その強さと攻撃性は穴熊の比ではないらしい。

目にも留まらぬ素早さも厄介だが、もっとも手強いのはあの背中の皮である。

伸び縮み自在なうえに硬さも備え、また滑りやすいということもあり、直接の攻撃がほとんど無効化されてしまうのだ。

そのうえで非常に頑丈な牙と爪も持っているので、攻守ともに隙がない有り様らしい。

さらに追い詰められると臀部の臭腺から、めちゃくちゃ臭い液体を吹き出す技まで持っている周到さだ。

「それかー。うう、臭い、臭すぎるよ」

「うーん、ほら、俺たちが通った狭い穴。あれ、もしかして」

「そうか、上の巣穴にいたアレが、ここに迷い込んで居着いたってわけか!」

原因がわかったのはいいが、それで解決策が浮かぶわけもでもない。

入ってきた穴付近のキノコに紛れてしまった白鼬に、シサンは困ったように顎を掻いた。

トールの真似である。

「俺たちの攻撃じゃまず倒せないが、かといって……」

唯一、通用しそうなのはエックリアの操る火系魔技であるが、それをこの爆裂茸だらけの部屋で使うのは間違いなく自殺行為だ。

ソラに<固定>してもらってすり抜けるという手もあるが、そうすると先ほどの臭気を放ってくるだろう。

勝機がさっぱり見いだせない盾士の少年は、何かないかと周囲を見回した。

そして改めて、自分たちのいる場所が斜めに傾いていることに気づく。

「ここは?」

「えっへん、ムーがみつけました」

差し出してくる手にシサンが焼菓子を載せると、一口で食べきってしまった子どもは通路の先を指さした。

「あっちにも、イヤなかんじがいっぱいいるぞ」

「もしかして、ここって……」

一行はぞろぞろと連れ立って、通路の奥へと下りていく。

果たしてそこに広がっていたのは、上のキノコ部屋よりも一回り大きな空間であった。

部屋の奥には不気味な気配を発する黒い泉があり、それを守るように数体のコボルドどもが立ち塞がっている。

そのうちの一体は他よりも二回りほど背が高く、物々しい空気をまとっていた。

さらなるモンスターの出現に、シサンたちは互いに顔を見合わせる。

それからゆっくりと安堵の息を吐いた。

「……なんだ、コボルトか」