軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泥沼の様相

「それで今日の泥銀鉱の分配だが――」

日が沈みきった小屋の中は、まったりとした緩い食後の空気に包まれていた。

一日の労働を終え分厚い鎧を脱ぎすてた盾士たちは、窓際に椅子を持っていき各々が静かに煙管をくゆらす。

大きな松ぼっくりを炙ってもらったソラとムーは、リスのように松かさから懸命に実を剥がしていた。

せっせとチタに手渡して、殻を割ってもらっている。

トールとユーリルは残った葡萄酒を少しずつ味わいながら、チルから詳しい話を聞いていた。

「こちらが二、そちらが三でどうだ?」

「いや、それはこっちが貰いすぎだ。一袋でもいいくらいだぞ」

泥銀鉱が多く埋まっている場所を的確に示すムーの協力があったとはいえ、<岩杭陣>で泥を持ち上げたり、用済みとなった泥を鉱床の縁に運ぶなどの力仕事の大半はチルたちの受け持ちだった。

労働量で換算するなら、大袋一個でも多いほどだ。

「真銀掘りは、肝心の鉱石を見つける方が手間だからな。妥当な取り分だと思ってくれ。それにこれは、期待を込めた打算でもあるしな」

「やはり真銀装備は欠かせないのか?」

「腐敗毒に対抗するなら、蛇革か真銀の二択だからな」

堂々と打算と言い切るチルの目には、強い光が宿っていた。

トールは少し顎の下を掻いてから、その猛禽類を思わせる眼差しを見返す。

そして、ふと思いついた問いを口にした。

「そういえば今日は見当たらなかったが、埋れ木はやはり出にくいのか?」

「いや、埋れ木を掘り出すのは無理だぞ」

「そうなのか?」

名前からして泥に埋まっているのは間違いないようだが、どうやら深さが足りないらしい。

沼の奥底に近いようで、普通に掘り出すのは至難の業のようだ。

「じゃあ、どうやって手に入れるんだ?」

「そりゃ奪い取るのさ。あれからな」

チルの鋭い視線が、窓の外へと動く。

蛍のように飛び交う惑わし火の灯りの彼方には、大きな人影どもが立ち尽くしていた。

その長い手に握られた棍棒のもう一つの使い途に、トールは改めて気づかされる。

「もしかして、これは全部そうなのか?」

「ああ、先達たちの戦利品だ」

埋れ木で作られた小屋の中を見回すトールへ、唇の端にかすかに笑みを浮かべたチルは床板をつま先で叩く。

そして手にした盃を軽く掲げてみせた。

「どうりで三ヶ所しか野営地がないわけだ。年に一体じゃ、そうそう新しい野営地も作れんか」

「ふん、年に一度だと。お喋り屋にそう聞かされたのか?」

トールが頷くと、チルは大袈裟に顔をしかめてテーブルに強くこぶしを振り下ろした。

だが反対側で楽しそうに木の実を積み上げる妹とソラたちの様子に、寸前でその手を止める。

「……ふざけやがって」

「人手を回す余裕がないと言っていたが、やはり、それ以外に理由があるのか?」

「あいつらのところが一番、人が多いんだ。足りないなんて、よくもぬけぬけと!」

吐き捨てるように答えたチルだが、周囲の視線を集めたことに気付いたのか、深く息を吸い込んで冷静な口ぶりを取り戻す。

「すまない。建前をのうのうと抜かすあいつの顔が、つい浮かんでな」

「あえてバルッコニアたちは、巨人討伐に協力していないということか?」

「現状では赤尻尾どもが一番、英傑に近いからな。そうそう、監獄へ入れる人間を増やしたくないってのが本音ってやつだ」

大瘴穴へと通じる固定ダンジョン、廃棄された地下監獄へ挑めるのは金剛級の冒険者八人のみ。

ストラッチアが率いる"白金の焔"の独占状態である。

しかし泥毒の巨人を倒して資格を持つ者をどんどん増やせば、その優位が崩れてしまう。

それを阻止するために、わざとらしい理由をつけて協力を拒んできたという話らしい。

ただ昇級に消極的すぎると、冒険者資格を取り消されてしまう。

その維持の条件が、年一回の巨人討伐への参加ということだ。

ちなみに去年の昇級者はクガセで、一昨年と三年前は紫眼族の双子それぞれであった。

ラムメルラとリコリはボッサリアでAランクだったため、そのまま金剛級に認定されている。

「なるほど、そういう事情か」

「ただ、それも先月までの話だがな。あんたらのおかげで、ここも大混乱という有り様だ」

「どういうことだ?」

トールの疑問に、チルは妹のチタへ一瞬だけ視線を向ける。

そして、わずかに声を潜めた。

「ボッサリアの蟻の巣穴を塞ぐのに、 聖遺物(レリック) を使っただろ。チタから聞いたぞ」

確かにボッサリアの地下深くに開いていた大瘴穴を塞ぐのに、ストラッチアが危うく人間松明になりかけたことは間違いない。

それがどう沼の話につながるのか分からず、トールは黙って話の続きを待った。

だがチルのほうは、そこで言葉を区切ってしまった。

静かに盃を口に運んで、返答を待っている。

いつもなら事情を察してさり気なく教えてくれそうなユーリルも、困ったように首を傾げているだけだ。

無言で針のような眼光を放っていた翠羽族の男は、トールたちの様子に何かを察したのか深々と頷いた。

「……本当に知らないようだな」

「教えてくれると助かる」

「当事者だけが輪の外というのも面白いが、いいだろう。境界街の名前が、英傑の名から取られるのは知っているな」

ダダンが街長を務める境界街は、そのままダダンの街と呼ばれている。

迷宮を制覇し大瘴穴を塞いだ褒賞として、その地の統治を認められた証である。

「だが、なぜ名付けは一人だけだ? ともに戦った仲間の名はどこに消えた?」

「言われてみればそうだな」

「答えは単純だ。大瘴穴を塞ぐのに 聖遺物(レリック) を使用した人間こそが、真の英傑たるということだ」

「そうか……。それでか」

ストラッチアの使った"欲喰の灯明"は、解放神殿で年単位で育て上げたといっていた。

そうそう代わりの品など用意できないのだろう。

つまりそれは他の神殿が育てる 聖遺物(レリック) に、機会が巡ってきたということだ。

同時にトールは、ここで熱烈な歓迎を受けた真の理由に思い当たる。

「俺とソラには、大瘴穴を封じる術がないからか」

「そうだ。俺が知る限り、央国人の名を冠した境界街は存在しない」

「驚きました。そんな事情があったんですね」

驚きに耳先を立ててみせるユーリルだが、明らかに今までの言動とは違和感がある。

意外な演技の巧さに感心しながら、トールはチルの話を整理する。

「これまでは金剛級の人数を増やしたくないバルッコニアたちに、巨人退治の回数は制限されていたが、その辺りの事情が変わったというわけか」

「喋り屋としては、今はなんとしても時間を稼ぎたいところだろう。だから英雄殿が他所に行かれても困るというわけだ。ソルルガムもおそらく同じようなものだ。獣目の連中は、すでに二人送り込んでいるからな。今のところ、一番英傑に近いといってもいい」

「そうなると……」

「うむ、そこで提案だ。このまま、羽を揺らして見てる気は毛頭ないからな。どうだ? 俺たちと組んで、巨人退治をしないか」

「それが本題か。勝算はあるのか?」

「こちらから出せる数は七人。そちらは三、いや四人としても十一人。かなり厳しいとは言える」

眉をひそめるトールに、チルは気勢を上げるように言葉を続けた。

「だが、英雄殿の戦いぶり。あの奇妙な技さえあれば、無理ではないと俺は見ている」

「買いかぶりかもしれんぞ」

「謙遜の上手い男は嫌いじゃないな。巨人討伐の証明の分配だが――」

そこで一度、盃を飲み干したチルは、ゆったりと息を吐いてみせる。

「こちらとそちら、交互でどうだろう?」

「数が合わないのでは?」

「こっちは四つで十分だ。チタを入れれば、ちょうど五人となる」

これまでにない魅力的な申し出であった。

しかし、同じく盃を空にしたトールは、静かに首を横に振る。

「すぐには返事できないな。少し考える時間をくれ」

その脳裏には、首を洗えと命じてきた赤毛の乙女の姿が浮かんでいた。

約束としては、そちらのほうが先である。

「そうか、慎重な男も悪くないな。いい返事を期待しているぞ」

楽しそうに言い放つチルであったが、その鷹のような眼差しには一片の笑みも浮かんではいなかった。

翌朝、曇り空を見上げていたチタが、屋根から垂下がる紐をおもむろに引っ張った。

するすると持ち上がった緑色の旗は、昼から霧が出るという合図らしい。

この沼の中央に近い嵐峰同盟の野営地では、瘴霧の発生を事前に<風読>で察知して、他の野営地に旗で知らせているようだ。

その見返りに蛇の皮や蜘蛛の糸を受け取るといった、持ちつ持たれつの関係があるそうだ。

予定ではもう一日、滞在のつもりであったが、霧が出ては身動きが取れなくなる。

トールたちは丁重に礼を述べて、朝食後に嵐峰同盟の野営地を後にした。

なぜかチタも一緒である。

話を聞くと、通常ならストラッチアたちを沼の入り口まで飛竜で送って、日帰りするのが常らしい。

だが今回はトールたちが来るということで、わざわざそれに合わせて野営地に一泊してくれたそうだ。

昼前に沼を抜け、無事に砦跡へたどり着く。

すでに到着していたガルウドの馬車からかなり離れた場所に、巨大な影がうずくまっているのが見えた。

チタの存在に気付いたのか、頭部を持ち上げ鼻を鳴らす音が聞こえてくる。

嬉しそうに頷いた騎乗師だが、急に振り向いて、いつもの間延びした口ぶりで話しかけてきた。

「えーとね~。兄さんがいろいろと言ってたけどね、あれだいたいあってるけど、全部じゃないの~」

いきなりの話に戸惑うトールへ、騎乗師は少し真面目な顔になって遠くの飛竜へ手を差し出す。

そして何でもないことのように問うてきた。

「ほんとのこと、見る~?」