軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

饒舌な炎使いと寡黙な剣士

二つ目の野営地は、だいたい一時間ほどらしい。

バルッコニアらが護衛を買って出てくれたので、トールたちは先導を任せることにした。

先頭には剣士二名、少し遅れてもう一名。

炎魔技士のバルッコニアと水魔技士の白いローブ姿の女性は最後尾につく。

トールとソラは疲れやすいユーリルを前後で挟んで気遣いながら歩を進め、その後ろからはソリを引いてもらうムーと、魔技使い二名がついてくるという布陣だ。

「こないだリッカルがなー、こんなおおきいかぶと虫みせびらかしてなー」

両手を軽く広げる子どもに対し、並んで歩く黒衣の炎使いが目を丸くして聞き返す。

「いやいや、いくらなんでも大き過ぎますよ。モンスターでも捕獲したんですか? でも確か小鬼の森には甲虫系は出なかったはずですが……。そのリッカルって何者なんです?」

「うーん、これくらいだったかも」

「いや、それでも猫くらいありますよ。あとリッカルって誰なんです?」

「にゃーくらい? さいきん、クロもシマもごはんいっぱい食べるからおっきくなってなー。そのうち、ムー、ねてるあいだにおしつぶされるかも」

「クロ? シマ? また名前が増えましたね。しかし、潰されるほどの巨体とは……。それとリッカルさんはどうなったんです?」

「ムーもおなかすいたな。おっちゃん、おやつもってない?」

二人の始終噛み合わない会話を耳にしながら、前を歩くトールは唇の端を小さく持ち上げた。

ムーの取り留めのないお喋りは、いい感じにバルッコニアの関心を引いてくれているようだ。

出会い頭に歓迎の意を示した魔技使いだが、その第二声はこんな感じであった。

「ようこそ、妖かしの沼へ。初めての大蜘蛛との出会いはいかがでしたか? いや、尋ねるまでもないですね。見事なお手並み、拝見させていただきましたよ! ところで、あれどうやったんです? 穴に引っ張り込まれたと思ったら、いつの間にか元の場所にいましたし、あ、あれが噂の<復元>ですか? それと蜘蛛の足が急に止まったり、血が吹き出たのって、あれもどうやったんです? もしや、そちらの美しいお嬢様方が? これは感服いたしました。そういえば名乗りが遅れましたね。私はバルッコニアと申します。どうぞ、お見知りおきを」

「ムーはムーだぞ!」

立て板に水を流すような話っぷりに、元気よく返事してみせたムーへ続きを丸投げしたというわけである。

もらった小さなリンゴをリスのように前歯でカミカミする子どもに、ここぞとばかりにバルッコニアは話しかけた。

「しかし、ムーさんはたいへん可愛らしいですね。これほどの愛らしさなら、街でお見かけしても覚えているはずなんですが。もしかして、ダダンの出身ではない……。お生まれは違う場所ですか? 解放の樹より来たりて集え。うーん、もっと北方の街かな? その身をもって味わいたまえ、大いなる炎威の片鱗を――<激発炎>」

質問をしながらいつの間にか詠唱を終えていたバルッコニアは、真っ赤な炎晶石が輝く杖を持ち上げた。

その杖の先端から、燃え上がる球体の炎が生じる。

通常であれば手のひらに乗るほどのサイズなのだが、火球はみるみる間に膨れ上がり、先ほどのムーが両手を広げたほどの大きさへと変わる。

その巨大な火の玉を、バルッコニアはひょいと前方へ投げつけた。

弧を描いて飛んだ炎の塊は、ちょうど戦闘が始まったばかりの沼へと着弾する。

飛び出してきた蜘蛛の足を、熱を帯びた赤い刃で斬り裂いていた剣士は、慣れた様子で後方へ跳んだ。

目標を失った蜘蛛の足も、当然、素早く泥中へと姿を消す。

そこへ一息遅れて、火の玉が炸裂した。

「おしい!」

空振りだと思ったソラが、残念そうな声を漏らす。

しかし次の瞬間、少女は大きく息を呑んだ。

泥を大きくえぐった火の玉は、それで終わりではなく、急激に火の粉を撒き散らしながら爆ぜる。

飛び散った一回り小さな火の玉たちは、沼のあちこちへと落ちていく。

そして着弾と同時に、またも激しく弾けた。

さらに一回り小さな火の玉が生まれ、いたるところへ降り注ぐ。

「わわわ! す、すごい」

連鎖する炎でまたたく間に一面火の海と化した光景に、ソラは驚いて口を開いた。

ムーもリンゴを口から離さず、パチパチと手を叩く。

急激に発生した熱風に当てられたのか、足元をよろめかせたユーリルを、トールは手を伸ばして急いで支えた。

そして火に炙り出されたのは銀髪の美女だけではなかった。

穴の中まで飛び火したのか、泥の底から火を纏った巨大な黒い塊がのっそりと姿を現す。

馬車ほどの大きさを誇る胴体を支えるのは、恐ろしく長い八本の足だ。

泥にまみれているせいで頭部は判然としないが、不気味な光を放つ複数の目はしっかりと窺える。

ついに全容を露わにした大蜘蛛は、トールたちを見据えながら威嚇するように顎を上下に開く。

弧を描く長い突起の先から、黒い泥が滴った。

一拍おいて、大きな蜘蛛はその巨体からは予想もつかぬ速さで、泥の上を滑るように移動してきた。

燃え盛る炎を蹴散らしながら、モンスターは剣士たちへと迫る。

前に居た二人の男は、それに合わせてすっと後方に退く。

こういった状況に、かなり慣れているようだ。

代わりに前へ出たのは、まだ抜剣していなかった剣士だった。

両手持ちの剣を背負った男は、柄を掴みながらその身を捻じる。

とたんに剣を包んでいた鞘の側面が開き、長い剣身が姿を現した。

抜き放たれた銀色の刃が、一瞬で赤みを帯びる。

そのまま剣は水平方向へと、横薙ぎにされる。

突っ込んできた大蜘蛛の前足が、草を刈るかの如くスッパリと斬り飛ばされた。

そのまま男は勢いを緩めず、再び体を捻ってその身を翻す。

それにつられて赤い炎を吹き出す剣尖がぐるりと円を描き、空に鮮やかな軌跡を生み出す。

軽やかに一回転した剣士は、加速した剣をモンスターの頭部へ叩きつけた。

武技――<連斬華>。

今にも噛み付こうと顎を開いてた大蜘蛛の顔面が、横一線に斬り裂かれる。

そして少し遅れて、切断された部分から炎がいっせいに吹き出した。

同時に<激発炎>の火が全身に回ったようだ。

焦げ臭い煙を上げながら、モンスターは無言で泥沼に倒れ込んだ。

一瞬で沼地蜘蛛を葬り去った剣士は、両手剣を握ったまま周囲を見回す。

熱せられた剣身は付着した体液などは蒸発させてしまうが、その代わりにすぐに鞘へ収めると燃えてしまう場合があるらしい。

追撃がないことを確認した赤毛の男は、剣を構える姿勢を崩さずトールたちへ振り返る。

鋭い眼差しを寄越した剣士は、何も語らず視線を前に戻した。

その見覚えのある人物の名前を、トールが思い出そうとした瞬間、背後から騒々しい声が上がった。

「もうラッゼル君、無愛想すぎるよ。そこはもうちょっと自慢げにしてもいいんじゃない? あ、私の<激発炎>見ました? どうです、凄いでしょ? もう大変でしたからね、あそこまで育てるの。って、どうしましたか。ムーさん?」

皮も残さず最後の一欠けまでおやつを綺麗に食べ尽くした子どもは、バルッコニアの袖をくいくいと引っ張っていた。

問われたムーは、目の前の光景を欠片も気に留めない感じで尋ねる。

「なー、おっちゃん、リンゴもうないの?」