軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伝統の裏側

「では行きましょうか、皆様」

副隊長の言葉に、トールたちは荷を担ぎ直した。

沼の滞在も今日で終わりである。

午前中半ばに野営地を出て、昼前に沼の岸辺の砦跡にたどり着く。

革靴から黒い泥を洗い流したトールとソラは、ようやく一息ついた。

ユーリルも瘴気避けの布を外して、呼吸を楽にしている。

運搬ソリに乗っていたせいで泥の被害にあってないムーは、朽ちかけた石の壁を元気よくよじ登っては飛び降りていた。

そしてさっそく転げ落ちて、トールにその結果だけ消してもらっていた。

雷哮団の若者たちも厳しい団長の目がなくなったせいか、地面に腰を下ろして緩んだ顔つきをしている。

その様子に顔をしかめる副隊長に、トールは三日間の歓待の礼を述べた。

「いろいろと世話になったな。助かったよ」

「いえ。こちらこそ、良い経験をさせていただきました!」

胸にこぶしを当てる仕草をした副隊長の女性は、真剣な眼差しで問い掛けてきた。

「いかがでしたか、我が雷哮団は?」

「そうだな。統率は取れているし、やる気もよく見える。規律を重んじる空気も悪くないな」

「では!」

「いや、即決する気はない。すまないが、他の野営地からも招待されていてな」

「そうですか……。あの!」

急に語気を強めた女性は、意を決した顔で言葉を続けようとした。

「団長には口止めされてましたが、雷哮団の伝統は――」

「分かってる。あれはわざとやっているんだろ」

長期間の泥の中での労働や、おそらく不味い食事なども、何かしらの意味があるのだろうとトールは感じ取っていた。

ムーに対する気遣いぶりからして、ソルルガムは不条理な押しつけをするような人間には見えなかった。

どうやら正解だったらしく、副隊長は驚いたように目を見張る。

「すごい……! 一度でそれが分かった人は初めてです」

「具体的な理由までは分からんがな。やはり巨人絡みか?」

トールの問いかけに、副隊長は再び目を丸くする。

これも正解だったようだ。

「はい、泥毒の巨人との戦いは、長い時は三日を超すそうです。当たり前ですが、まともに食事などしてる暇はありません。温かくおいしい食事は活力になりますが、気の緩みにもなります。巨人の毒気に耐え抜く体を作るには、最低でも半年以上はかかります。いくら不満を漏らしたところで、この沼も巨人も、手加減してくれるような相手でありませんから!」

一気にまくしたてた副隊長だが、声が大きすぎたせいで座り込んでいた若者たちにも聞こえたようだ。

慌てた顔で団員たちは立ち上がりだす。

その様子にわずかに顎を引いた女性は、顔を赤らめながらトールを見上げた。

「失礼しました。余計なことまで言い過ぎてしまい、申し訳ありません」

「気にしないでくれ。よく伝わったよ」

その辺りで遠くから馬のいななきが聞こえてくる。

先に到着したのは、雷哮団の馬車であった。

木板を抱えて下りてきた団員たちと交代で、丸めた蛇の皮を背負った副隊長らが乗り込んでいく。

皮は街でなめしてもらい、装具や天幕、他の野営地との交換に使うそうだ。

沼で採れる素材があまり出回らないのは、馬車で運べる量に限界がある上、自分たちが使う分で大半を消費してしまうせいらしい。

「蛇の肉料理、教えていただきありがとうございました。次からは捨てないようにしますね!」

去り際に手を振りながら、副隊長は穏やかな笑みを浮かべてみせた。

石壁の上に立った子どもが、なぜか腕組みしながら言い返す。

「うん、がんばれ! ムーはいつでもおかわりしてやるぞ!」

「お前、そんな調子良いこと言っていいのか。トーちゃん、次は助けんぞ」

「ダメ! トーちゃんはおいしくないの、食べるやく!」

「トーちゃんだって、美味しいのがいいんだが」

「もう、おとなはわがままいっちゃダメでしょ!」

くだらない言い合いをしてると、ガルウドの操る馬車も到着した。

トールたちも蛇皮を担いで、急いで乗り込む。

馬への悪影響があるため、長居は厳禁である。

夜明け前に出発し、昼の待ち合わせに間に合わせてくれたガルウドに、トールは感謝を伝える。

「朝早くから済まなかったな」

「これが俺の仕事だ。労るなら馬にしてやってくれ」

「それもそうだな。この後は休息所だったか?」

「ああ、今日はもうこれ以上、無理はさせたくないからな。そこで一泊して、街に戻るのは明日の昼ってとこだ」

少し道が外れるが、沼からだいたい二時間ほどの場所にも砦の残骸があり、風をしのぐ程度はできるようになっている。

往路に一日、沼の野営地で三日、復路に一日半。

計五日ほどが、沼の探索にかかる時間である。

慣れてくれば野営地の滞在を四日に増やすつもりだが、そうなると街には週一日しか居れなくなってしまう。

雷哮団の団長のソルルガムは、十日に一度くらいしか街へ戻らないそうだ。

翌日、無事にダダンの境界街に帰ってきたトールたちは、さっそく買い取り所へ蛇の皮を持ち込み品札へ替えてもらう。

そして、その足で馴染みの路地奥の防具屋へと向かった。

「よう、おやっさん」

「おっと英雄様じゃねえか。こんなところに油を売りに来ていいのか?」

「油じゃねえが、新しい仕事なら持ってきたぜ」

「こんにちは、ラモウさん」

「ご無沙汰しておりました」

「お、ソラちゃんにべっぴんさんか。よく来てくれたな。こないだの晴れ舞台、ちゃんと見せてもらったぜ」

「ムーのおうたきいたか? じいちゃん」

「もちろん聞かせてもらったぞ。むむめっめもぉ~だろ」

いきなり鼻歌を歌ってみせた主人に、ムーはこぼれそうな満面の笑みを返した。

「で、次はなんだ。お、青縞大蛇の革か。ふむ、どっちをどうするんだ?」

「どっちとは?」

「そりゃ背の革か、腹の革かだろ」

「えっ、色以外にも違いがあるんですか?」

首をかしげるソラに、老匠は鼻の頭をこすって丁寧に説明してくれた。

青縞大蛇の背の部分、青い皮は鱗が細かいため滑りやすく、また状態の変化にも強い。

対して腹の部分、銀色の皮は鱗が大きくて分厚いため、衝撃に強く丈夫である。

「だからマントなんかは背の革がおすすめだが、鎧なんかは破れにくい腹の革一択だな」

「じゃあ、俺の鎧はそれで頼むか。手袋と革靴はどっちがいい?」

「泥の中で歩きやすいってんなら青い革だな。手袋は好みで決めろ」

「足が青だと、手も青のほうが可愛いかなー」

「そうですね。私もそれでお願いします」

青い色が好きなソラが背の革を選ぶと、ユーリルも同じ注文をする。

お揃いにした二人は、目を合わせて嬉しそうに笑いあった。

「ムーは、どろがはいってこないのがいいぞ!」

「そいつは難しいな。河馬の革と一緒で、大蛇の革も水はよく弾くんだがな。坊主の背丈だと、深いところは膝の上まで泥が来るだろ。あまり丈が長いと動きにくくなるぞ」

「そうか。何か上手い手を考えておいてくれるか」

「仕方ねえな。任しやがれ」

「やがれー!」

「で、仕上がりはどれくらいかかりそうだ? おやっさん」

「ああ、それだがな。今回はちょっと時間をもらうかもしれん。ちょいと人手が減っちまってな」

「こき使いすぎて、とうとう息子に逃げられたのか?」

「違うわ! 上の方がボッサリアに店出しやがったんだよ」

言われてみれば、顎ヒゲをはやした無口な長男の姿がない。

「そいつはめでたいな」

「おめでとうございます」

「ああ、良かったら向こうに行った際に顔でも出してやってくれ。あいつは無愛想だから、上手くやれてるか心配でな……」

自分を見事に棚上げにした店主の言葉に、トールと後ろで仕事をしていた次男が思わず吹き出した。

それを見たムーが、無邪気な顔で尋ねてくる。

「どうした? トーちゃん。じいちゃん、おもしろいこといったのか?」

「いや、失礼した。じゃあ、頼んだぜ、おやっさん」

「ふん、首長くして待ってな」

翌日、ゆっくり過ごしたトールたちは、二日後、再び沼へと向かった。

次は"灼炎の担い手"の野営地である。