軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最初の野営地

「よく来たな」

紫眼族の巨漢ソルルガムの言葉に、トールは小さく頷き返した。

沼地に入って二時間。

足首まで泥に浸かりながらの道のりであったが、特に迷ったりモンスターの襲撃に遭うこともなくトールたちは最初の野営地に到着していた。

さすがに沼の攻略も十年以上が経過すると、モンスターが発生しない安全な行路はしっかりと確保されているようだ。

それと無事だった要因はもう一つ。

「出迎えの任、無事完了いたしました!」

背筋をピンと伸ばし、握りこぶしを胸に当てた紫眼族の若者が声を張り上げた。

その生真面目そうな冒険者の背後には、泥まみれでトールたちに付き添ってくれた青年たちが整列している。

彼らはわざわざ朝早くから砦跡まで来て、トールたちをここまで案内してくれたのだ。

ソルルガムは短く顎を引いて了承の意を示すと、続けて命令を下した。

「ご苦労。では、客人の案内を頼む」

「了解しました!」

またも元気よく返事をした副隊長の若者は、振り向いて仲間に矢継ぎ早に命令を与える。

「私はトール様たちのご案内をするので、荷物を運んでおいてくれ!」

「了解です!」

こぶしを胸に当て返答する若き冒険者らの一糸乱れぬ動きを、ソラとムーが目を丸くして見つめる。

そのまま五人の若者は、ここまで担いできた木板の束をテキパキと積み上げ始めた。

この木材は沼で使うため、依頼されてわざわざ馬車の荷台に詰め込んできた品である。

そのせいでトールとムーは、半日近くを御者台で過ごす羽目になったが。

「では、こちらへどうぞ!」

野営地と聞いて乾いた地面を想像していたトールだが、やはりそういった場所は泥に覆われ尽くしたここでは期待するだけ無駄であるらしい。

だが逆境に抗い続けてこそ冒険者である。

苦労を重ねた先人たちは、泥だらけの不毛の地に見事な休息所を作り上げていた。

「ふむむむぅ。トーちゃん、これは木?」

「そうだな。ずいぶんと古いようだが、妙な感触だな」

トールの肩の上から元気よく飛び下りたムーは、さっそく小さな足で床を踏みつけながら質問してきた。

近頃、なんにでも興味を持つようになったのか、すぐに疑問を発してくるようになっていた。

「うーん、柔らかいけど、腐ってるのとはまた違う感じだねー」

「そ……う……ですね。普通の……はぁ……木とは……」

ソラに支えてもらっていたユーリルが、苦しそうに呟き返す。

体力のなさは相変わらずで、息をするのもかなり辛いようだ。

もっとも呼吸に関しては、他にも大きな理由があったが。

黒い泥の上に組まれていたのは、立派な木製の足場であった。

広さは庭付きの一軒家がゆうに収まるほどだろうか。

土台部分は丸太をつなぎ合わせた筏のような感じで、十人以上が乗っても少しも揺らぐ様子はない。

しかも驚いたことに奥の部分は高台になっており、立派な階段まで存在していた。

「これは埋れ木という素材です。古い時代から泥に埋まっていたせいで腐食しないようですね」

その階段を上りながら、案内役を仰せつかった副隊長が解説してくれる。

埋れ木は青みがかった独特の色合いをしており、表面は膜が張ったようにツルリとした感触だ。

段上でトールたちを待ち構えていたのは、思わぬ光景だった。

真っ先に目に飛び込んでくるのは、ずらりと立ち並ぶ青い三角形。

高台に所狭しと張られた天幕たちだ。

そして三角の向こう。

天幕の合間からは、湿地が一望できる。

果てしなく広がり続ける黒い泥の海の姿に、トールは静かに息を呑んだ。

その様子に小さく頷いた副隊長は、得意げに尋ねてきた。

「どうでしょう? 妖かし沼の展望は」

「ふむむぅ、これ、なにのかわ?」

返答の代わりに弾んだ声で質問したのは、天幕をペタペタと触っていたムーであった。

背が低すぎたせいで、遠くの景色がさっぱり見えてなかったようだ。

副隊長が急いで答えようとしたが、先んじて子どもが解答に行き着く。

「あ、これ、トーちゃんのせなかといっしょだ!」

駆け足でも戻ってきたムーは、トールの背の青い縞のマントをペチペチと叩いてみせた。

その様子にニッコリと笑った副隊長は、またも丁寧に答え合わせをしてくれる。

「はい、正解です。それは青縞大蛇の革を使用しております。よく、お気づきですね」

「ムーのめは、しんじつをみぬくからなー」

「ムー様は、たいへん素晴らしい慧眼をお持ちですね」

褒められたことが分かったのか、子どもは自慢げに鼻を持ち上げながら腕を伸ばして若者を手招きする。

そして背を屈めた副隊長の頬へ、顔を寄せ唇をぺたっとくっつけてみせた。

「ちゅぅ!」

「こ、これは恐れ多いです、ムー様」

以前は所構わず女性のお尻や太ももを叩いて回っていたムーだが、ついにその悪行を見咎められ自らのお尻を引っ叩かれる事態となった。

苦い経験から学んだ幼い少女は、今度は誰彼構わず気にいった人間にキスして回るようになったのだ。

これならば怒られることもなく、皆の機嫌もよくなると気付いたらしい。

髪を短く刈り込んでいた副隊長は、そこで初めて乙女らしい柔らかな笑みを子どもに浮かべてみせた。

「皆様の天幕はこちらとなります。ご自由にお使いください」

トールたちが案内されたのは、端の方にある大きめの天幕だった。

振り向いた副隊長は、忘れていたことに気付いたのか急いで一言付け加える。

「あ、もうその布は外していただいても大丈夫ですよ」

その言葉に安堵したようにソラとユーリルは、鼻と口を覆っていた布を取り去った。

荒野で使っていた砂よけ布と似たような感じであるが、今回のは濃い瘴気と腐臭対策である。

「はぁぁああ、やっと息ができるよー」

「ふぅ。この高さですと、臭いも少しはマシですね」

腐臭混じりの瘴気は泥の上に溜まりやすいため、その対策として高台なのだろう。

フードも脱いで素顔を露わにしたユーリルとソラに、それまで平然としていた副隊長が驚いて動きを止めた。

銀糸を紡いだような髪に、最近はさらに透明感を増した白い肌。

落ち着いた灰色の眼差しに、整った高い鼻梁と左右に伸びる美しい造形の耳。

相変わらず、衆目を惹き付けてしまう美貌である。

隣に立つ少女も、そう負けてはいない。

綺麗に編み上げた黒髪には大きな青いリボン。

ぱっちりした目元に、ツンと盛り上がった鼻。

咲きかけの花を思わせる美しさに、男なら思わず見入ってしまうだろう。

二人の女性を前に、副隊長はその頬を赤く染めて口籠る。

「ちょ、昼食の準備が整いましたらお呼びしますので、そ、それまでごゆっくりおくつろぎください!」

言い切った紫眼族の乙女は、そのまま勢いよく階段を駆け下りて姿を消した。

残されたトールたちは、もう一度沼を眺めた後、黙々と荷解きに取り掛かる。

沼地での探索は、まだ始まったばかりである。