軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泥まみれの英雄

一瞬で人がひしめき合う大広場は、興奮のるつぼと化した。

集まった人々は大声でわめき、手を叩き、地面を蹴りつけ、狂ったように笑い、叫び、両手を振り回す。

凄まじい熱気と音圧が壇上まで押し寄せ、トールは思わずたじろいだ。

黙っている分だけ金剛蟻の群れのほうが、まだ可愛げがある。

あまり物怖じしないムーも、これにはびっくりしたのか、駆け寄ってきてトールの背後に慌てて身を潜ませた。

隣のソラも手を伸ばして、トールの肘を掴んでくる。

対してこのような状況には慣れているのか、ダダンは後ろで手を組んだまま紫の瞳を光らせて楽しそうに広場を眺めていた。

そして騒ぎが落ち着き始めたのを見計らって、両手を広げながら大声を発する。

「さて、皆様。そろそろ私に、この偉業を成し遂げた勇敢な者たちの紹介をさせていただいても良いだろうか?」

低く通る声が響き渡ると、またたく間に喧騒が引き群衆の視線が集まる。

鷹揚に頷いたダダンは、左手で赤毛の二人を指し示した。

「まずはこの二人、我らが境界街が誇る揺るぎない主柱、ストラッチアとニネッサじゃ!」

その声と同時に、いつの間にか壇の前に空けられていた場所へ、いっせいに艶やかな衣装を纏った女性陣が駆け込んでくる。

かなり露出が激しい美女たちは、両手に火がついた細い棒を携えていた。

どこからか音楽が流れ出すと、女性たちは燃え上がる松明をくるくると回しながら魅惑的な踊りを披露し始める。

解放神殿に属する踊り子たちの登場に、たちまち大歓声が上がった。

数分ほど踊りは続いただろうが、

前に進み出た紅尾族の二人が手を振ると、音楽は波が引くように静かになり踊り子たちも舞台の袖へ走り去る。

そして代わりに、万雷の拍手が巻き起こった。

「続いて、若くしてその才を認められし、奉仕神殿の秘蔵っ子クガセじゃ!」

「なんですか、その紹介は……」

ぼやきながら茶角族の少女が前に出ると、今度は地味な茶色の法衣を着込んだ男性陣が無言で現れる。

全員が大きな亀の甲羅のようなものを持ち、一列に並ぶといっせいに身構えた。

そして野太い声で、厳かに地神ガイダロスを讃える歌を披露し始めた。

甲羅の裏に張られた弦を爪弾きながら、時に甲羅の縁を叩いて見事に演奏していく。

静かに聞き入っていた聴衆は、神官たちが歌い終わると、感謝の拍手を送った。

「うちの神殿は、地味過ぎるですよ」

「さて、お次は皆様の度肝を抜くのは間違いなしの紹介じゃ。見よ、この小さな勇者の姿を!」

またも前に進み出たダダンが、大仰に手を振り上げながら広場の注意を集める。

得意げに壇下の反応を窺いながら、老人はトールの後ろに隠れたままのムーへ片目をつむってみせた。

「雷神ギギロの類まれな恩寵を授かりし、この幼き子はムムメメ! 今回の討伐で多大な活躍をしてのけた冒険者じゃ!」

宣言と同時に、壇の下に控えていた厳つい男どもが、いっせいに足を持ち上げて地面へ叩きつけた。

紫の法衣をまとった神官たちは、そのまま続けざまに足を踏み鳴らす。

気がつくと鮮やかに揃えられた足音は、激しい拍子を刻んでいた。

人々の関心を完璧に惹き付けた頃合いで、大柄な男たちは肩を並べたまま一時に歌い始めた。

「おおおぉぉおぉぉお! その小さき身に溢れる気高き勇気ー、恐れを知らぬ猛き血潮ー」

その歌を聞いたとたん、ムーは目を輝かせてぴょんとトールの背後から飛び出した。

いきなりの展開に言葉を失くす群衆を前に、嬉しそうに声を合わせて歌い出す。

「黒く輝くツルツルの兜ー、飛び出す角は天を突くー、ああ、勇ましきかぶと虫ー」

「うん?」

「ソリ滑りをこよなく愛する戦乙女ーは、手すり滑りも大得意ー」

「おい、ムー」

「どうした、トーちゃん? いま、さいこうにもりあがるとこだぞ」

「なんだ、この歌は?」

どう聞いても、ムーの個人情報そのものである。

問われた子どもは、楽しそうに全身をフリフリしながら答えた。

「サーねーちゃんにおねがいしたお歌だぞ」

「まっみむむぅめぇぇぇ、むっむめめもぉぉおおお!!」

足踏みをしながら、男たちの放つ堂々とした歌声が青空に響き渡る。

ただし歌詞は完全に意味不明である。

困りきった表情で曲を作っているサラリサの顔が目に浮かぶほどだ。

しかし愛らしい子どもの踊りと、勇ましい足踏み歌という謎の組み合わせは予想を遥かに超えてよかったようだ。

いつしか人々はこぶしを振り上げ、ともにサビの部分を熱唱しはじめた。

「むむぅめめぇむぅううう! めめぇむむぉもぉおおおお!」

そして全てを歌いきった住民は、汗だくになりつつ両手を叩いて割れるような拍手を送る。

腰から折り曲げるお辞儀を返したムーは、満面の笑みを浮かべた。

「おほんっ。では次は、癒やしを司る麗しき乙女、ラムメルラを紹介させていただこうかのう」

興奮冷めやらぬ観客は、ダダンの言葉にまたも沸き立つ。

最初の奏者は、ラムメルラの姉のリコリであった。半分眠ったような眼で、とうとうと横笛を吹き鳴らす。

一本調子の笛の音に聴衆が聞き入ったところへ、複数の笛と竪琴の音が次々と絡みだす。

またたく間に音が楽しく奏でられ出した。

その素晴らしさは、さすがに水奏樹の加護を持つ奏楽師たちである。

緩やかで厚みのある音が、広場を取り囲み人々を 虜(とりこ) にしていく。

さらにそこへ歌声が加わった。

またも気が付かぬうちに壇の前に並んでいたのは、お揃いの白い服を着込んだ子どもたちであった。

見覚えのある顔が混じっているので、おそらく探求神殿の生徒たちだろう。

幼いながらも高く澄んだ声で、演奏に乗せて六大神の慈悲と教えを歌いだす。

ラムメルラも静かに進み出て、歌に加わった。

そしてもう一人。

その隣に進み出たのは、ユーリルであった。

やがて並び立つ二人は、声を揃え独唱を始める。

静まり返った広場に、美声が神の奇跡を高らかに歌い上げた。

その歌声に聴衆は次々とひざまずき、祈るように両手を組み合わせていく。

二人の独唱が終わると、またも演奏と子どもたちの声が戻り、今度は合唱となって大勢の心を揺さぶる。

最後はリコリが複雑な旋律を奏で、曲を締めくくった。

曲が終わるのを待っていたダダンが、頷きながら右手を灰耳族の美女へ差し出す。

「こちらの方が今回の制覇の立役者であり、探求神殿の名だたる魔技使いユーリル殿じゃ」

「あら、ご丁寧にありがとうございます」

深々と頭を下げる女性に、降り注ぐような拍手が送られる。

顔を上げたユーリルは、いつもの優しい笑みを浮かべてみせた。

「なんとも凄いな……」

「こんなに派手なんだねー。びっくりしたよ」

「こういうのはいわば神殿の功績のお披露目ですからね。信徒や寄付を増やすまたとない機会ですよ」

肩をすくめるクガセは、広場をチラリと見下ろして言葉を続けた。

「だから今回は交易神殿の連中がチタ姐さんも入れろって、かなり突き上げてきたらしいですよ。でも、チタ姐さんが辞退しちゃったので、ざまぁみろですよ」

色々と事情があるようだ。

顔を見合わせたトールとソラは、困ったように頷きあった。

残念ながら、トールたちに技能樹の加護を与えてくれた神々の神殿はこの街にはない。

なので当然のことだが、合唱団とかも存在しない。

別にそれ自体は二人とも気にしてないのだが、盛り上がりに水を差すようでなんとも言えない気持ちになる。

「最初のほうで、紹介してくれたらよかったのにねー」

「そうだな」

「いえ、そんなわけには参りません。お二人を最初に回すとか、とんでもないお話です」

「うむ、そろそろいいかのう?」

またもトールたちへ片目だけ閉じてみせたダダンは、前に出て広場を見回した。

集まった住民の視線が、たちどころにこの街を統べる老人へ集まった。

「さて、最後に紹介したいのは、こちらの二人じゃ」

大袈裟に腕を振り上げたダダンは、トールとソラを指し示してみせる。

その仕草に、大勢の視線が二人へ移った。

「凶悪な蟻どもを殲滅せしめた最大の切り札。それがこのトールとソラじゃ! この二人がおらねば、ボッサリアの地の奪還は不可能じゃったと、わしは考えておる。それほどまでの活躍ぶりじゃった」

確かに<復元>と<反転>がなければ、蟻の巣の制覇は無理であったのは間違いない。

ただあまりにも持ち上げ過ぎてて、かえって嘘臭く聞こえてしまう。

現に人々の間に広まったのは、戸惑いのざわめきであった。

そんな中、不意に誰かの声が広場の一角から放たれる。

「トールの兄貴!」「兄貴ぃぃい!」「ユーリルさぁぁん」「トールさん、ソラさん!」

声の主はロロルフ兄弟と、ディアルゴであった。

「トールさぁぁん!」「ソラちゃん!」「おっちゃん、がんばれー!」「何、頑張るんだよ、バカ」

その横で若手四人組も、負けじと声を張り上げている。

さらにその隣には路地奥の防具屋の主人や、武器工房の主のトルックも大きく手を振っている。

それだけはなく、布地屋の女主人や、木こりたちや鉱夫たち、屋台の店主らもずらりと並んでトールとソラに声援を送っていた。

その瞬間、顔のない人の集まりだった群衆は、トールの中で見知った人々に変わった。

よく知ってる顔、たまに会う顔、見かけるが名前を知らない顔。

大勢の顔に、名前や記憶がどんどん付随していく。

こちらを見上げるその顔は、全て喜びに満ちていた。

向けられる眼差しと声が、トールの胸の奥で大きくこだまする。

そこでようやくトールは、自分が成し得たことの大きさを理解した。

急いで視線を巡らすと、珍しくユーリルがトールを見ながら得意げな表情を浮かべていた。

やっと分かったのかと言いたげに、耳先をピクピクと動かしている。

腹の底から息を吐いたトールは、顎の下を掻きながら苦笑を漏らした。

そこへ今度は真剣な目をしたラムメルラが前に進み出る。

「皆様にご清聴お願い申し上げます。私たちが挑んだあの恐ろしい怪物の巣には、おぞましい呪いの罠が仕掛けられおりました。私の姉はそのせいで、冒険者としての道を絶たれることになったほどです。しかしながら、トール様とソラ様の魔技がそんな私たちをお救いくださいました。さらに呪いを退けたことで、一度は失われた街並みさえも、元通りになりました。まさに彼の人こそが救世主であり、神の使いに等しい御力をお持ちの方だと……」

そこで言葉を区切ったラムメルラは、大広場を埋め尽くす人の波を見渡した。

誰もが息を呑み、続きを待っている。

「しかしそれほどの御力を秘めたトール様には、不名誉な渾名があります。泥漁りという、卑しむような名が。どうでしょうか、皆様。このような英雄を、そんな不遜な呼び方でよろしいでしょうか? いえ、私はそうは思いません。ですから、いかがでしょう。神使という呼び名こそが、トール様に相応しいのではと」

「勘弁してくれ、そんな御大層な名前」

「……そうでしょうか?」

「それに俺が泥を漁って生きてきたのは紛れもない事実だ。それに誇りを感じてるわけでもないが、否定する気もない」

ラムメルラを見据えたまま、トールは淡々と言葉を返した。

「だから泥漁りでもなんでも、呼びたきゃ好きに呼んでくれればいい。それで俺の何かが変わるわけでもないからな」

「…………分かりました。残念ですが、そのとおりですね、トール様」

「ま、普通にトールと呼んでくれるのが、一番ありがたいよ」

その一言に、誰かがトールと叫んだ。続けてソラと誰かが叫ぶ。

トール、ソラ、トール、ソラ、トール、ソラ、トール、ソラ。

二人の名前が連呼され、広場だけでなく街中へ高らかに響いていった。

ようやく一行の紹介が終わり、その後はダダンのボッサリアの現状の説明で祝勝の集いは締めくくられた。

広場に待機していた馬車たちがゆっくりと動き出し、街の外へと向かい出す。

乗っているのはボッサリアの難民や、移民を希望した人々だ。

十日ほどでよく集めたものだと思うほどの数である。

また大きな荷物を背負って、徒歩でついていく姿も見える。

その中には、トールが治した子どもたちの姿もあった。

感慨深く眺めていると、ユーリルがそっと耳打ちしてきた。

「いかがですが? トールさん」

「これはこれで、胸にくるものがありますね」

「ふふ、そうですか」

「ですがやはり俺の目的は見たことのない景色を見ること。それだけです。その結果で人助けになるかもしれませんが、それはやっぱりついでですね」

あっさりと言い切ったトールに、ユーリルは少しだけ眉を持ち上げてみせる。

そして微笑みながら、穏やかに言葉を返す。

「そのほうがトールさんらしいですね」

復興したボッサリアの境界街は、統治権を得たダダンの境界街の管轄下に置かれ、その支援を受けることとなった。

これにより回復した瘴地は農地へと戻り、税収などが一気に増える。

また南北街道も復活し、荷物の輸送などが大幅に短縮されることとなった。

冒険者局は二つの街に駐在し、所属階級などは共通となる。

さらに狩場も増えたため獲物不足などは解消されたが、逆に守るべき土地が増え、冒険者の不足が懸念されている。

特にボッサリアは、近辺の瘴気が依然として濃いので、凶悪なモンスターが出やすい危険な状況でもある。

「トールさんには、ボッサリアの街長の打診はなかったのですか?」

「ああ、ありましたけど、断りましたよ」

ストラッチアたちにもあったらしいが、全員断ったそうだ。

「えー、もったいないような」

「ムーならかぶと虫のまちをつくるけどなー」

「冒険者を辞める必要があるからな。そりゃ断るだろ」

顎の下を掻きながら、トールは言葉を続けた。

「それに蟻の紋章はちょっとダサいしな」

明日からは、また新しい狩場である。