作品タイトル不明
街起こし、始動
崩れかけた家並みの間にある狭い路地の奥で、剣を振るう音が鳴り響く。
足元に走り込んできた琥珀蟻の頭部を剣鉈で叩き切ったトールは、視線を前へ向けて少しだけ眉をしかめた。
行き止まりだと思っていた壁の下から、大量の蟻どもが這い出してくる姿が見えたせいだ。
とっさに地面を蹴ったトールは、奥の石壁まで走り込み肩を突き出してぶつけた。
元よりボロボロだった壁は、その体当たりであっけなく崩壊する。
溢れ出てきた蟻どもの上に壁石が次々と落ちて、その体を押し潰し体液を飛び散らせた。
当然、事を引き起こしたトールも、同様の目に巻き込まれているはずである。
しかし、その体は動き出す前と変わらぬ位置に、いつの間にか平然と立っていた。
<遡行>により壁を崩した体だけを戻し、結果だけを残したのだ。
大きな音を聞いて、ラムメルラが驚いた顔で通路を覗き込んでくる。
そして見事に崩れ落ちた壁を見て、少しだけ呆れたように声を上げた。
「また、派手に壊しましたね」
「ああ、どうせ直すついでだ」
そう言いながらトールは、腕を伸ばし瓦礫に触れる。
魔技が発動する寸前、蒼鱗族の少女が慌てて制止した。
「あ、待ってください。この道、大広場の近道になりますから、そのままのほうがいいかも知れません」
「いいのか?」
「ええ、せっかくの機会ですから、不便だったところも直しておきたいですし」
「ふむ、その辺りは任せるか。お、来たか」
路地を出たトールは剣を鞘に収めながら、頭上を横切った影を見上げた。
二日ぶりの飛竜便である。
トールたちは互いに頷くと、着地場所へ向けて歩き出した。
翼をはためかせた竜は旋風を巻き起こしながら、いつもの元蟻の巣の出入り口前の空き地へ降り立った。
真っ先に飛び降りてきたのは、巻き毛を揺らしたムーである。
コロンとでんぐり返しを打って立ち上がると、ちょうど近付いてくるトールを見つけ紫の瞳をキランと光らせた。
降りる寸前に<電棘>でもしていたのか、そのまま雷獣の革靴で地面の上を滑るように駆け寄ってくる。
「たぁ!」
飛びかかってきた子どもを軽やかに躱したトールは、その胴体を掴んでひっくり返すと荷物のように担ぎ上げた。
一回転して肩に乗せてもらったムーは、嬉しそうに声を上げて手足をジタバタさせる。
そこへ今度は、ソラが手を広げて飛び込んできた。
さすがにそれは躱しきれず、少女はトールの胸板にしっかりと顔を埋めて背中に手を回してくる。
そして深々と息を吸い込んでから、ひょいと顔を上げた。
「あ、トールちゃん、<復元>もレベル10に戻ったんだね。おめでとー」
「よく分かったな」
「うん、匂いが違うからねー」
この地に探索に来てから、すでに一週間。
その間、トールとラムメルラだけは、一度も街に戻っていなかった。
かなり香ばしい状態になっているはずが、ソラが嗅ぎ取ったのは、少し汗臭いだけのいつものトールの香りであった。
つまり体や鎧も、清潔な状態に<復元>済みというわけである。
二人にくっつかれたまま飛竜艇に近づくと、ローブ姿の女性が降りてきたところであった。
トールに気づくと、灰耳族の女性は耳を揺らして優雅に会釈してみせる。
「お疲れ様です、トールさん」
「ゆっくりできましたか? ユーリルさん」
「はい。お昼を作ってきましたので、どうぞ召し上がってください」
手提げ籠を持ち上げたユーリルは、いつもの慈しむような笑みを浮かべた。
自宅に戻ってゆっくり休養できたせいか、美しい銀の髪にも艶が戻っている。
「うわ、美味そうですね。遠慮なくいただくですよ」
トールに代わって答えたのは、横から覗き込んできたクガセであった。
どうやら、一緒の便で来たらしい。
「なんですか? その目は。ボクにゆっくりできたか訊かないんですか」
「金剛級って暇なのか?」
「そんな訳ないですよ。もう角が回りそうなくらい大忙しですよ」
「おい、私を忘れてるぞ!」
トールたちの会話に割り込むように声を上げたのは、船縁から顔だけ覗かせる女性だった。
一見するとラムメルラにそっくりだが、目元の辺りがかなり違っている。
まぶたが重そうに下がっているせいで目つきが悪く、睨んでいるような印象を与えていた。
「クー、さっさと手を貸せ」
「姉さん、来てたの!」
「会いたかったぞ、ラム! ほら早く足場を作れ、クー」
「もう、面倒ですね」
ぼやきながらクガセは、飛空艇のそばに大きな土人形を呼び出す。
その体を伝って飛び降りてきた女性は、トールの後ろに控えていたラムメルラに飛びついた。
「ラム、ラム! 元気だったか?」
「姉さん、どうしてここに?」
「そりゃ愛しい妹に会うためにだよ」
「奏士がいないと監獄は厳しいから、さっさと呪いを解いてもらうために連れてきたですよ」
「えー、私、もう引退したんだぞ!」
「そんなこと言わないで姉さん、ね」
「むぅ、ラムがそう言うなら、ちょっとだけなら復帰してもいいけどな……」
そこでようやく妹以外の存在に気付いたのか、ラムメルラの姉こと奏士のリコリは半分閉じたような目をじろりとトールたちへ向けた。
「……私、飛竜艇の中で騒ぐ子ども嫌い」
「ムーはこども、すきだぞ!」
叫び返したムーは、トールの肩の上で暴れると地面へ飛び降りた。
またもコロンと一回転した紫眼族の子どもは、リコリの背後へ回ったかと思うと尻へ力強く平手を叩きつけた。
「いた! なにすんの、クソガキ!」
口汚く怒りを現したリコリは、笑いながら逃げようとしたムーの首筋をむんずと引っつかむ。
そして膝を立てて、子どもをその上に鮮やかに乗せてみせた。
「他人のケツを叩く奴は、当然、叩かれる覚悟もしてあるんだろうな」
「ト、トーちゃん、たすけて!」
腕を振り上げるリコリの姿に、固定され動けないムーが懸命に助けを求める。
だがトールは、無情にも首を横に振った。
「誰彼構わず叩いているから、そんな目に遭うんだぞ、ムー」
「そ、そんなー」
小気味のいい音が廃墟に響き渡った。
ソラと、お尻を叩き返されてすっかり大人しくなったムー、二人の協力で呪詛を逆転してもらったリコリは、とんぼ返りで飛竜艇に乗って戻っていった。
「ところで、クガセは帰らなくてよかったのか?」
「当然、ボクはこっちのお手伝いですよ。嬉しいですか?」
「ああ、それは助かるな」
「ふふん、いつもそれだけ素直ならいいんですけどね」
薄切りのパンにハムや茹卵、野菜を挟んだのをぱくつきながら、六人で今後の相談をする。
「ユーリルさんたちは、残った場所の蟻退治を頼みます」
「はい、ここは外街なんですね」
「ええ、先にこっちを片付けてから内街へ行く予定です。それと壁際は危険かもしれません。気をつけてください」
「そこはボクに任せてくれるといいですよ」
「盾役は任せたぞ。ムーは生き残りが居ないか確認してくれ」
「まかせろ、トーちゃん」
「ソラはいつも通りで頼む」
「うん!」
「じゃあ俺たちは、復興作業だな。頼りにしてるぞ、ラム」
絶対的な景色の記憶力を持つ少女は、トールの言葉に大きく頷いてみせた。