軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷宮主戦、前夜

トールたちが七層へ続く通路へ到着した時には、すでに十時間以上が経過していた。

ほぼ丸一日、ひたすら戦っていたようだ。

振り返ると、蟻どもの死体が回廊の中を延々と転がる不気味な風景が広がっている。

やり遂げた気持ちに浸りながら、一行は唯一残っていた横道に入り小部屋の最後の蟻どもを一掃した。

部屋の奥にポッカリと覗く傾斜路を前に、宿泊する準備を整える。

倒せた蟻の数はおよそ六百匹以上。

黒曜蟻と金緑蟻のスキルポイントは、黄玉や緑玉と同じ五十点。

五層の主より一回り小さい紅玉蟻と蒼玉蟻は八十点のようだ。

ちなみにモンスターを倒した際の修練値が分かるのは、金剛級の特別仕様の冒険者札が百単位で光点が光る仕様だからである。

今回は八人での狩りだったため、取得したのは一万点ほどであった。

といっても、ここ三ヶ月半の成果に近いというのは、恐ろしい話でもある。

「ずっと、ここに通っていれば、一ヶ月で上枝到達も夢じゃないな」

「そうですね。いっそ、育成狩場として公開するのも良いかも知れませんね」

「入場一回、金貨十枚でも殺到するですよ。うしし、大儲けですね、ラムちゃん」

疲れ切った顔で他愛もないことを語る三人だが、それは難しいであろうことも分かっていた。

封じられていない大瘴穴は、その周辺の地を刻一刻と汚染してしまう。

その影響は最初はゆっくりだが、やがて急速に広がっていき、いたるところに異変を引き起こしていく。

作物や井戸の水は変質し、生まれる家畜の子は畸形ばかりとなる。

モンスターもどんどん凶暴になり、手がつけられない数へと増えていく。

そうなると現在の街を放棄して、後方の街に避難せざるを得なくなってしまう。

防ぐには定期的に迷宮の主を退治する必要があるが、現状、それができる人間は限られている。

他にも押さえなければならないダンジョンが存在する以上、現実的な対処法ではない。

そのうえ、このダンジョンは挑む度に変化を遂げている。

同じような手が何度も通用する発生型などのダンジョンなら制覇は比較的簡単であるが、学習し対応してくるタイプではそうもいかない。

このような成長の早いダンジョンは制覇を長引かせれば長引かせるだけ、その脅威も限りなく増していくのだ。

さらに冒険者側にも問題はある。

スキルポイントだけを稼ぎ枝を伸ばしてみても、ようはそれを使いこなせるだけの経験がないと死物同様なのだ。

ここぞという時宜を見計らい、最適かつ、もっとも効果的な武技や魔技を放つのは実戦で磨かれた相応のセンスが必要とされる。

正直、ユーリルのような戦闘中の前衛の動きを全く阻害せず、ピンポイントでモンスターを無力化できる魔技使いなど、熟練の金剛級であるニネッサでさえ舌を巻くほどの希少さである。

それに当たり前であるが、長く使い続けなければ、スキルに見合う闘気や魔力も増えてはいかない。

よってこのダンジョンを訓練場にするのは、かなり不向きであるというのがトールたちの結論であった。

「ホント、いやらしいダンジョンですよ。あれ、勝てるんですか?」

「わからんな。だが、やるしかないだろ」

七層の偵察をともに済ませてきたクガセが、呆れた口調で尋ねてくる。

本来であればこのまま突入するはずであったが、思わぬ主の変化に一晩ゆっくり休もうという話になったのだ。

当たり前だが炭焼き焜炉などを持ち運ぶ余裕もなく、夕食はしなびた黄金樹の実が一つだけだ。

「なんだか味気ないごはんだねー」

「おにくないのか? トーちゃん。ムー、もう、えーと、こんだけおにく食べてないぞ!」

両手の指を全部握って数を強調する子どもに、トールは顎の下を掻きながら謝る。

「すまんな、明日、上に戻ればご馳走だから、もう少しだけ辛抱してくれ」

「うん、楽しみだね!」

「もう、しかたないなー、トーちゃんは」

「私はどちらかといえばお風呂に早く入りたいですね。体が若いと汗もよく出るみたいで、その、少し困ります」

綺麗好きのユーリルは、五日も着の身着のままというのがかなり堪えているようだ。

もっとも全員が似たような感じなので、鼻が慣れてしまって気にもならない状態ではあるが。

明日は迷宮の主との戦いを控えているはずだが、不安な様子が微塵もない三人の態度にトールは唇の端を少しだけ持ち上げた。

それを風呂の件で笑われたと勘違いしたのか、耳先を赤く染めたユーリルはプイと横を向いてしまう。

「すみません、みんないつも通りだなと思っただけで。俺も風呂は楽しみですよ」

「ユーリルさん、ぜひ一緒に入りましょうね」

「ムーもキレイキレイしてやるぞ、ユーばあちゃん」

「ふふ、お願いしますね、ムムさん」

寝袋もないので、土人形で柔らかくした地面に寝転がるしかない。

トールが寝そべると、ムーとソラがすぐに並んで寝っ転がり、反対側にはまだ少しだけ意識しているユーリルが遠慮がちに身を寄せてきた。

ニネッサも同様に左右にラムメルラとクガセを侍らせて、部屋の反対側で横になっている。

ストラッチアは一人、燃え盛る炎のガラス瓶を抱えたまま、壁にもたれかかって目を閉じていた。

目をつむりゆっくりと息を吐いていると、トールの耳元で心地よく囁く声が響く。

「よろしいですか? トールさん」

昼間の耳打ちの件を思い出したトールは、ユーリルに顔を向けずにわずかに首を縦に振った。

ソラたちはすぐに寝付いたようで、反対側からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

ニネッサたちは何やらヒソヒソと楽しそうに話し中のようだ。

「……トールさんは、大瘴穴の迷宮は初めてでしたか?」

「ええ、ここが初めてですね」

「では、やはりご存じないのですね」

躊躇うように小さく息を吸い込んだユーリルだが、意を決したように話し始めた。

「大瘴穴というのは特別な場所なんです。ここでは、今までの迷宮の常識は通用いたしません」

「ええ、呪詛の件で痛感しましたよ」

「ですので、封じ方も特別な方法を必要とします」

「迷宮の主を倒せば、済むという話ではないんですね」

「はい、それは発生型のダンジョンだけですね。残念ですが、ここでは違います。迷宮主をいくら倒そうとも、時間さえあれば元に戻ってしまいます」

「……そこであの火が、その封じ方に関係してくると?」

「お話が早くて助かります」

再び小さく息を吸ったユーリルは、低く通る声で話を続けた。

「これは大瘴穴の封印に関わる金剛級か、もしくはそれに近い人間だけにしか知らされない事柄です。大きな瘴気の源を封じるには、特別な捧げ物が必要なんです」

「捧げ物?」

「ええ、六神が残せし力の断片、 聖遺物(レリック) と呼ばれる存在です」

「あの火がそれだと?」

「はい、私も他の神殿の秘物には、あまり詳しくはないですが、以前のパーティで見せてもらった物とそっくりですね」

ユーリルの話は以下のような事柄であった。

聖遺物と呼ばれてはいるが、厳密にはその分身であり、本体は各国の大本殿に奉ってあるそうだ。

そして分身である以上、本体ほどの力はなく、大瘴穴を塞ぐのが精一杯であるらしい。

しかもその力も各地の神殿に祀り、時間をかけて蓄える必要がある。

ストラッチアが持つ聖遺物は、"欲喰の灯明"と呼ばれ、他者の欲望を吸収する神性を持つとのことだ。

「なるほど、それは解放神殿に相応しいですね」

「危険な聖遺物です。できれば、あまり近づかないほうが……」

「分かりました。注意しておきます」

「ええ、私の杞憂だと良いのですが……」

翌朝、ぐっすりと休んだ一行は、朝食を済ませ七層へと向かった。

長い傾斜路を下った先は、広々とした空間が広がる。

そしておぞましい巣の最下層でトールたちを待ち構えていたのは、ずらりと並んだ金剛蟻の群れであった。