軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五層の仕組み

「うわ、でっけえ蟻だな」

「キレイだけど、なんか逆に作り物みたいで気持ち悪いな」

「あれ!? これ、どうやって倒したんですか。傷が全くついてないですよ」

「ムーがぽぽいってやっつけたぞ」

「嘘ついちゃダメでしょ、おチビ。ソラとユーリルさんのお手柄でしょ」

「ちょっとこっち来てくれ、お前ら」

地面に横たわる蟻の死骸を囲んで騒ぐ若者たちを、トールは六層への入り口が覗く石の蓋のそばに呼びつける。

ある程度の確証は得たので、あとは最後の確認をするだけだ。

「この奥の通路の先だが、まだ危険な蟻が残っているので刺激はしたくない。パーティごとに下りてすぐ引き返すぞ。まずはロロルフたちだ」

「あいよ!」

十人以上がまとまってしまうと、モンスターどもが気付いて集まってくる可能性が高い。

いつもの男五人を細い通路に送り込み、少しだけ間をおいてトールも傾斜路に入る。

さすがに剣呑な気配を感じたのか、三兄弟らも慎重な足取りであった。

ロロルフらが六層へ着いたのを確認してから、トールも追いついて合流する。

確認してみると発動した呪詛は、トールも含め全員<闘気半減>であった。

「どうやら通路を通った集団の構成で呪詛が決まり、一定時間内はそれが残るという仕組みのようだな」

「恐ろしい敵意ですね……。確実に戦力を削ぎたいという意志が強く伝わってきます」

怯えを含んだディアルゴの言葉に、トールは無言で頷き返した。

前回の探索は後衛が四人だったため呪詛が魔技関連に集中し、そのおかげで主力であるストラッチアへの影響が薄く七層まで行けたのだろう。

やはり金剛級ともなれば、単純に好運と呼べる以上の何かを持っているようだ。

すぐに引き返し、次はニネッサとクガセとチタの三人を六層へ送り込む。

今回は迷宮の主を仕留める戦闘に彼女たちは関わっていないため、石の蓋に触れても何も起きないせいで多少出入りが楽である。

後衛組の呪詛は、予想と違わず<喪失過剰>であった。

「よし、あとは迷宮の主を倒して呪詛の固着だな」

「えっ、明日までここで待機ってことですか? おっちゃん」

「いや、今からやるぞ」

短いその返答に、茶角族の少女は転がったままの赤と青の蟻の死骸を眺めた。

それからトールをまじまじと眺め、動かない迷宮主に視線を移し、最後にまたもトールをじっと見つめる。

「ラムちゃん、おっちゃんが訳わかんないこと言い出したですよ。きっと頭がおかしくなる呪いとかにやられたですよ」

「ええ、最初はそう思えるけど、すぐに慣れるわよ」

「ラ、ラムちゃんまでおかしくなってるですよ。助けて、ソラっち!」

「大丈夫、トールちゃんにおまかせだよー」

「こわかったら、ムーのうしろにかくれるとあんしんだぞ」

「じゃあ今から生き返らせるから、ロロルフたちは蒼玉蟻、そっちの青い奴を囲んで一気に叩いてくれ。念のため、ガルウドも付いてやってくれるか」

「ああ、分かった。こいつだな」

「よし、やっと出番だぞ、お前ら!」

「無敵になった俺たちに敵なしだぜ! な、兄貴」

「いや、お前らの呪詛は結構残ってるから、あまり無茶はするなよ」

モンスターとの戦闘がなかったのとユーリルが留守番だったせいか、ここまでの移動にかなり時間を節約できている。

だがそのおかげで、圧倒的に<反転>の使用が間に合っていないのだ。

特に三兄弟は後回しのため、特性は<体力回復>しかない状態である。

平然と準備を始めたロロルフどもを、顔をひきつらせたクガセが問い詰める。

「なんで、当たり前みたいに受け入れてるんですか!?」

「だってなあ。トールの兄貴が言うことだからとしか」

「まあ仕方ねえか。こいつはまだちょいと浅いみたいだしな」

「何が浅いんですか?」

「何ってそりゃ、トールの兄貴歴に決まってるだろ」

唖然として口を開けたままの茶角族の少女を残し、蟻の死骸を前衛どもが武器や盾を構えて取り囲む。

そして完全に死んでいたはずのモンスターが起き上がるあり得ない光景を目撃したクガセは、完全に言葉を失った。

全身を震わせて起き上がろうとしたモンスターの腹部に両手斧が振り下ろされ、頭部をすかさず槍が貫く。

広がろうとした翅は盾が食い止め、もがく足は回旋する二丁の片手斧に刈り飛ばされた。

紅玉蟻のほうは額の角を再生する前に、待ち構えていたストラッチアが刃を振るい、さらに連続で撃ち込まれた矢が頭部に食い込む。

何とか赤光を撃ち出せるようになったが、今度は<陽炎陣>のせいで的が定まらず何もできないまま終わる。

戦闘は十分もかからず終了した。

「よし、順に触ってくれ。まずは前衛から確かめたい」

紫眼族の戦士たちは三人とも<武威減退>という呪詛であった。

さっそくソラとムーで<反転>していく。

<武威向上>――保有者の武技の威力が上昇する。

発動:自動/効果:小/範囲:自身。

「おお、こいつはちょっとヤバくねーか?」

「凄すぎるぜ、トールの兄貴!」

「次は盾二人組だ」

見た目は少しだけ似ている茶角族のコンビだが、ガルウドとディアルゴの結果は違っていた。

先輩である長盾使いは<反動増加>、武技を放った反動が増える厄介な呪詛だ。

後輩の円盾使いは<損傷甚大>。これもすぐにソラたちが反転する。

<損傷軽微>――保有者が受けた損傷を軽くする。

発動:自動/効果:小/範囲:自身。

<肉体強靭>は全体の防御力を上げる感じで、こちらはダメージを抑える特性のようだ。

「これはありがたいですよ、トールさん!」

「俺もどっちかって言うと、そっちが良かったな。いや、もう引退するから関係ないんだが……」

「ニネッサとクガセも触ってみてくれ」

平然と頷きトールの傍らへ近づくニネッサに対し、まだ驚きが顔に張り付いたままのクガセは動こうとしない。

「おーい、早くしろ。今日中に上まで戻っておきたいからな」

「な、なんで、みんなびっくりしないんですか! おかしいですよ! あり得ないですよ!」

迷宮の主が人の手で自在に蘇るなど、これまでクガセが教えられてきた知識や見聞きした事柄の中には存在しない出来事だ。

本国の奉仕神殿でも、そんなことをやってのける人間は一人も居なかった。

自らの常識が崩れていく怖さに、茶角族の少女の足は震えて動こうとしない。

その背中に、不意に誰かが触れた。

振り向くと手を伸ばしていたのは、先輩であり友達でもある蒼鱗族の少女だった。

思わず気持ちが緩んだクガセは、安堵した声を漏らす。

「ラ、ラムちゃん……」

だが返ってきたのは、背を強く押された感触であった。

「トールさんがお呼びなのよ。なにグズグズしてるの」

「えっ?」

「えっじゃないわよ。さっきの戦闘も何もしないで見てただけだし、気が抜けすぎなのよ」

「だって、えっ?」

「もう、埒が明かないわね。おチビ、やっちゃって」

「らい!」

元気よく返事したムーが駆け寄ってくると、小さな手のひらを精一杯広げてクガセの尻に叩きつける。

なかなかに弾んだ音が生じ、子どもの手が大きく跳ね返される。

その心地よい感触に、ムーは飛び上がって楽しそうな笑い声を上げた。

「こら! 何すんだ、このチビスケ!」

角を震わせて怒る少女の背中に、再びラムメルラの手が添えられる。

ただし二度目は、落ち着かせるように優しい触れ方であった。

「なに、らしくない顔してんのよ。もう世話が焼けるんだから」

「……ラムちゃん、ありがとうですよ」

「ほら、早くしなさいよ。みんな、待ってるんだから」

気持ちが紛れたクガセは、足の震えが止まっていたことに気づきようやく一歩踏み出す。

トールに向かって歩き出しながら、茶角族の少女は小さく呟いた。

「うーん、何か無理やりごまかされた気がするですよ……」

少女たちが戯れている間、ニネッサのほうは熱心にトールと話し込んでいた。

「なるほど、そうやって呪いを全て反転するんですね。うーん、凄いですね、ソラちゃん」

「ああ、まさかこんな風に使えるとはな」

「強烈な呪詛なほど、強力な特性に変わるというわけですか……。しかもこれだけの数……。ふふ、ある意味、皮肉なお話ですね」

効果は小なので二割増しがほとんどであるが、それだけの数値を増やすことがどれほど大変かは長年、冒険者を続けてきた二人にはよく分かっていた。

魔力などは鍛えて直ぐに成果が出るのは初期だけであり、一定の水準まで達してしまえば、そこから大きな変化はほとんどない。

一割も伸びれば、上の階級へ余裕で仲間入りできる世界である。

つまりこの一日で、数年がかりの努力と等しい結果が得られたということだ。

その上、魔技の使用可能回数の増加などは、頑張ってどうにかなるものでもないため、もはや鍛錬の域を超えてしまっている。

「改めてありがとうございます、トールさん。私たちにも機会を与えてくれて」

「まあ、下心あってのことだ。そう、かしこまるな」

頭を深々と下げてみせる旧知の相手に、トールはさり気なく言葉を続けた。

「それに付いてきたかったのは、本当は特性目当てではないんだろ」

その問いかけにニネッサは曖昧な笑みを浮かべると、答えの代わりに質問を返してきた。

「迷宮の主を何度も生き返らせることができるのでしたら、逆はどうでしょうか?」

「逆?」

「はい、瘴穴を開けられるのでしたら、その逆の閉じるのも可能ですか?」

「もしかして、あの黒い柱みたいな大瘴穴の話か」

小さく頷いて肯定してくるニネッサに、トールは首を横に振った。

「残念だが俺が手出しできるのは、迷宮の主が倒された後だけだ。瘴穴そのものは、滅世神の領域だからな。主を倒しきるまでは、どうしようもないと言うのが正直なところだ」

トールの答えに、赤毛の炎使いは落胆の色を一切見せずにただ無言で頷いてみせた。

そこでクガセが到着したので、二人の会話は奇妙な違和感を残しながら終わりとなった。

「まずはニネッサだが、<魔攻弱体>か。ソラ、頼む」

「はーい、えいや!」

<魔攻強化>――保有者の魔技の威力が強まる。

発動:自動/効果:小/範囲:自身。

先ほどの<武威向上>の魔技版といったところである。

「次はクガセだな」

「がんばってー、クーさん!」

「本当に本当に大丈夫なんですよね? やっぱり無理とかなしですよ」

「てい!」

「いたっ。あっ!」

「もう、ムーちゃん、お尻叩いちゃダメっていつも言ってるでしょ」

半分、泣きそうな顔になっている土使いの少女に発現した呪詛は<魔効累減>。

さっそく反転すると、こう変化した。

<魔効累加>――魔技を重ねて使用するたびに効果が高まる。

発動:自動/効果:小/範囲:自身。

「やはり、そういう感じになったか」

「凄いじゃないですか! 信じてましたよ、おっちゃん」

感覚を研ぎすまし、対象の弱点を見出す雷精樹。

冷却による副次効果の発生率が重要な氷精樹。

いかに対象を素早く燃焼させるかに重きを置く炎精樹。

魔技の重ね掛けによる強化が基本の地精樹。

より大勢を一気に素早く治すために、広範囲に枝を広げる水精樹。

これまでのところ、それぞれの特徴を狙い撃つかのように五層の永久呪詛は発生していた。

「あとは、チタさんで」

「はぁーい」

「風精樹を意識する感じで頼みます」

結果は<魔耗浪費>からの<魔耗軽減>。

これも魔力を節約していく風使いを狙ったような呪詛であった。

「さて一通り終わったな。じゃあ、もう一回行くぞ」

「えっ、まだやるんですか? おっちゃん。まぁ宝玉、いっぱい取れるから有りっちゃ有りですけど」

「気になる点は、とことん調べたくなる性分でな。さっきと同じ配置で頼む」

先ほどの戦闘で気付いたのか、三兄弟が嬉々として蒼玉蟻の死骸の翅を粉々にしていた。

そして一秒とかからず再生した様子に、悔しそうな声を漏らす。

二度目は調子がつかめたのか、半分の五分で戦闘は終了した。

「よし、ガルウド来てくれ」

「お、俺か?」

「ちょっと技能樹の枝をいじるぞ。戻さないよう気をつけてくれ」

「ああ、好きにしてくれ」

片眉を満ち上げた髭面の男は、リラックスした顔で古い友人の肩を軽く小突く。

許可を得たトールは、さっそくガルウドの上枝武技< 不壊魂剛(ふえこんごう) >を枝瘤の段階まで戻してしまう。

「よし、これで触ってみてくれ」

「こうか? どうだ」

「お、思った通りだな」

茶角族の盾士に発現したのは<損傷軽微>。同族のディアルゴと同じものだ。

「次、もう一度チタさん、良いですか?」

「はぁーい?」

「今度は風武樹を意識してください」

「まーかぁせて」

結果は<闘気消耗>からの<闘気節約>。

やはり、それぞれの樹に対応しているのがこれで明らかになった。

そして上枝武技を持つ者には、それがより脅威ということで特定の呪詛が存在するのだろう。

上枝魔技に関しては反動などはないため、<回数制限>などがその代わりと思える。

となると、<技能禁制>も何らかの条件に符合した呪詛と言える。

「その辺りは明日、調べるとするか」

満足した吐息を漏らしたトールは、顎の下を掻きながら呟いてみせた。