作品タイトル不明
少しだけ静かな夜
「また、これか……」
晩飯として手渡されたしなびかかった何かの果実に、トールは思わずつぶやきを漏らした。
見た目は一口大ほどのリンゴのようだが、茶色がかった表皮は全く食欲をそそってこない。
ヘタを掴んでしげしげ眺めていると、隣に座っていた蒼鱗族の少女が咎めるような口調で言い返してきた。
「これ呼ばわりはないでしょ。黄金樹の実なんて、そこら辺の冒険者じゃ見ることも叶わない品よ」
「そうですよ、おっちゃん。これ一個で金貨一枚もするですよ。……正直、ボクも食べ飽きてますけど」
「た、たしかに、それは私もそうだけど……。でも、貴重なのよ!」
黄金樹とは氷神ストラージンの恩寵を受けたため、氷原でさえ花開きたわわに果実を結ぶといわれる伝説の樹木だ。
その母樹の実は一つ食べるだけで飢えと渇きがまたたく間に癒やされ、さらに不老の効果さえもあるらしい。
トールに手渡されたのはもちろん、接ぎ木から得られた品なのでそこまでの効能はないようだ。
が、たった一つで半日ほどの飢えがしのげるので、冒険者の携帯食として十二分に素晴らしいといえる。
ただ甘酸っぱい味はそう悪くはないのだが、冒険中は毎食これなのですぐに飽きが来てしまう問題点があった。
小さな笑い声が聞こえたのでトールが顔を上げると、目元を緩ませたニネッサと視線が合う。
「ごめんなさい。トールさんて、あまりそういうことに頓着しない方だと思ってました」
「ああ、言われてみりゃそうかもな」
以前であれば、野菜くずだろうが気にもかけず平らげていただろう。
冒険中の食事にあれこれ工夫してみせる幼馴染の顔を思い出して、トールはほんの少しだけ唇をほころばせた。
物足りない夕食が終われば、あとは休むだけである。
この部屋の主たちは、再び発生するのに一月以上はかかるので気兼ねする必要もない。
背囊から出した人数分の寝袋を広げようとしたトールに、遠くから少女が元気よく呼びかけてくる。
「おーい、おっちゃん、そこじゃダメですよ。ほら、こっちきてくださいです」
だだっ広い部屋の端っこへトールを招き寄せた茶角族の少女は、おもむろに地面から三体の下僕を召喚する。
トールと同じ背丈ほどのそれらは、少し離れた場所から運んできた土で自らが生まれた場所を埋め始めた。
そして丁寧に地ならしして、平らに整える。
「ここの地面がほどよい硬さだから、寝袋でも腰が痛くならないですよ」
額から出っ張った角をひけらかしながら、クガセはトントンと足踏みしてみせる。
そして、少しだけはにかんだ口調で付け足した。
「それにそっちは、その近いですし」
「ああ、気が利かなくて悪かったな」
トールが寝床にしようとしていた場所は、片付けられた蟻たちの死骸からさほど離れていない。
その大きなモンスターの陰には地面に穴が掘ってあり、用を足せるようになっていた。
「……それもありますけど、いえ、なんでもないですよ」
沈んだ表情を隠すように、少女はふいっと横を向いてしまった。
寝袋を抱えたトールも、同じく黙々と働く土人形へと視線を向ける。
「そういえば、三体も出せるんだな」
「この子たちですか?」
地精樹の魔技で呼び出せる下僕は、その召喚者の器、魔力の量によって動かせる土の全体量も変わってくる。
つまり召喚者の魔力が高いと、それだけ土人形の体積も大きくなるというわけだ。
そして熟練した召喚者は、その土を小分けして複数の人形を創り出すことさえ可能となる。
大きな一体と違い、複数の人形を同時に操るのはかなり至難の業であると、トールも聞き及んでいた。
「ま、ボクは天才ですからね。でも兄ちゃんにはまだまだ敵わないですよ」
「兄がいるのか?」
「はい、自慢の身内ですよ!」
屈託のない笑みを浮かべるクガセに、トールも唇の端を持ち上げた。
彼女たちの態度は、以前とほとんど変わりはない。
できるだけ普通に接しようと努めてくれているのだろう。
鍛え上げた魔技を失ったトールからは、冒険者としての未来はほぼ消え去ったと言える。
しかし冒険者である限り、仲間が不意の終わりを迎えるのは避けられぬことである。
この辺りの心情をすぐに切り替えできるからこそ、少女たちはAランク足り得るのかもしれない。
「私にも居るわよ、姉さんが」
「……ラムちゃん」
いつの間にか背後から近づいてきた蒼鱗族の少女が、トールたちの会話に入ってくる。
「リコリ。姉の名前よ。さっきクーが言ってたでしょ」
「ああ、知ってるよ。よく似てるな」
「えっ!」
「会ったことあるんですか!?」
ラムメルラの二歳年上の姉であるリコリは、前回の探索に奏士として参加していた。
そして自ら進んで六層への道を開き、代償として多重呪詛を一人その身に引き受ける結果となった。
現在、施療神殿で解呪治療を受けているが、復帰の目処はいっさい立っていない。
そもそも今回の探索でトールに白羽の矢が立ったのは、以前にニネッサの古傷をチョイ屋で治してみせた件のせいである。
実は水系魔技による治療は、時間が経ち過ぎて固着してしまった傷は治すことができない。
あくまでも人体の異常に有効なだけで、それを本人が受け入れてしまうと作用しなくなるのだと言われている。
しかしトールの<復元>は、時間の経過を全く考慮しない。
そういった点で既存の水系魔技などとは、系統が異なる治療方法だといえる。
その差異に気付いていたストラッチアが、侵入呪詛の打開策としてトールを指名したのだ。
ボッサリアから逃げ延びた子どもたちに引き合わせたのも、古い怪我を治せるかの再確認のためであり、その夜のうちにこのダンジョンの厄介な特性を聞かされたトールは、翌日には被呪者である女性との顔合わせを済ませていた。
そして<時列知覚>でリコリの技能樹を確かめた結果、ユーリルとそっくり同じ症状だと判明したので、あえて呪いを引き受ける役割をかって出たのというわけである。
「ちゃんと話はついていたのね。ここまでの失礼な物言い、申し訳ありません、……トールさん」
「そうだったんですね。余計な気を回して損したですよ。でも、本当に良かったですか? もう、冒険者を続けるのは……」
「心配するな。俺を諦めさせるには、この程度じゃまだまだだ。なんせ、泥を漁って二十五年だからな」
「さっぱり意味が分からないけど、凄い感じだけは伝わってくるですよ」
「えっ、そう。なんかかっこ悪くない?」
顔を見合わせた二人は、そこでようやく肩の力が抜けた笑いを見せてくれた。
寝袋に入ったトールたちは、就寝前に今後の進路を相談する。
「我の先行きに横たわるのは、不安、そして苦悩。しかして、それを退けることもまた英傑の証」
「当てにしていたトールさんが、ただの荷物持ちになったので困ったと言ってますね」
「言い方ってものがあるでしょ!」
「さすがに言い過ぎですよ、ニネ姐さん!」
遠慮のないニネッサの言葉に、ラムメルラたちが言葉を荒げる。
もっとも今回の呪詛に関してはいくら受けても問題はないと、予めストラッチアたちにだけ明かしてあるのでこれは仕方がない。
それに六層以降の探索は真の迷宮主への遭遇も含めて、トールの<復元>は欠かせない要素だと最初から作戦に組み込まれていた。
そこへ予想外の<技能禁制>である。
これには、ストラッチアたちも進退を決めかねてしまうのは仕方がない。
「あまり役に立てそうになくてすまないな。ここで引き返すか?」
「そんな! せっかく六層への道を開いたのよ。そのトールさんのおかげで……」
「ボクもここで引き返すのは反対ですよ! おっちゃんが何のために――」
思いつめた少女たちの声に、トールは顎の下を掻きながら考える。
何人もの犠牲者を出すことは、若い彼女たちには心に堪える行為なのだろう。
だがトールにとって今回はあくまでも下調べであり、ソラたちを連れてきてからが本番である。
どうせなら、真の迷宮主の力も少しくらいは見ておきたい。
かといって、無茶な特攻をされて帰路が危うくなる事態は遠慮したい。
そう考えて無難な行動を提案する。
「じゃあ、偵察を主体にして、無理はできるだけ避ける方向ってのはどうだ?」
「そうしましょうか。いざとなれば私がなんとかできますし」
「ええ、異議はないわ。それで、街が少しでも早く戻る手助けになるなら」
「おっちゃんの犠牲は無駄にしないですよ!」
「おいおい、死んだみたいに言うなよ」
そんなわけで探求の継続は決定し、翌朝、トールたちは六層へと足を踏み入れることとなった。