軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

模擬試合

門を塞ぐように立つ制服たちの中から、一人だけ鎧姿だった男が進み出た。

夕陽を浴びる髪は燃え立つように赤く、それを黒檀のような黒い肌が一層と引き立てる。

年齢は三十代にもいってないだろう。

首元まで覆う胸当てや肩甲をつけ、腰には意匠をこらした剣の柄が覗いている。

その首に下がるプレートの銀色の縁取りは、男がBランクの冒険者であることを告げていた。

射抜くような視線をトールに向けたまま、男は低い声で尋ねてきた。

「この男か?」

問いかけはトールや、背後の制服の男たちに向けたものではないようだ。

少しの沈黙の後、かすかに頷いたのは年嵩の門衛であった。

答えを得た男は、再び口を開く。

「お前が禁止されている新人冒険者の案内をしていると告発があった。ついてきてもらおう」

一方的に伝えた男は、踵を返して歩き出した。

同時に黒い制服の男たちが、トールとソラを逃げ出せないよう取り囲んでしまう。

「え? なにこれ? どうしよ、トールちゃん」

「大丈夫、すぐに終わる話だ」

不安げなソラをなだめたトールは顎の下を掻くと、制服の男たちを連れ立って広場を横切り始めた。

そして騒ぎが去ったあとの外門では、二人の男が言い争いを始める。

「まさか、治安課の連中にチクったのかよ、リカン!」

「リカンさんだろ、カルルス。お前のほうが現役時代はランクが上だったが、この仕事では俺は先輩だ。ちゃんと敬意を払え」

「仲間を売るような奴を敬えってか。笑わせるな」

一瞬だけひるんだ顔付きになった初老の門衛は、打ち消すように声を張り上げた。

「アイツは違反をしていた! それを門衛が報告して何が悪い」

「なんで、おっさんだけなんだよ。あの程度のことなら、ほかにも大勢いたろ」

「…………お前だってアイツに引退しろと、何度も言ってたじゃないか!」

「ああ言っときゃ、あのおっさん、意地っ張りだし絶対に引退しないからな」

現役時代にぎりぎりEランクだったリカンと違い、怪我で引退を余儀なくされたとはいえカルルスはCランクでも上位の存在だった。

本来であれば、三級仕事に当たる門衛などしなくていい立場である。

彼がこの仕事についているのは、純粋に点数稼ぎのためであった。

もう少し昇格できれば、自分の部下を持つことができる。そうなれば、おっさんが引退しても路頭に迷うことはないと。

カルルスもまた、トールの案内を受けた冒険者の一人だった。

「……頼む、俺が治安課に喋ったのを皆には黙っといてくれないか」

「理由を聞いてんだよ、リカン。なんでおっさんをわざわざ――」

「アイツは泥漁りだぞ! 俺たちより下にいるべき人間だ。それだけの話だ」

同僚がいきなり明かした理由に、カルルスはハンマーで叩かれたように目を見開いた。

しばし言葉を失った若い門衛は、ゆっくりと懐から左手を引き抜く。

そこには、あるべきはずの部分がなかった。

カルルスの左手首より先は、三年前に破れ風の荒野の岩トカゲに食いちぎられていた。

「おっさんはな、俺と違ってずっと現役で頑張ってるんだぞ。それを糞下らない嫉妬で邪魔すんのかよ。どう考えても一番下はアンタだよ」

先端を失った左手を突きつけられたリカンは、顔を赤く染めて目をそらした。

哀れな同僚の態度に失望の息を漏らしながら、カルルスは広場の向こうへ視線を移す。

それから心配そうな声を漏らした。

「しっかし、あの程度でわざわざ真銀級のラッゼルを引っ張り出してくるとは、なに考えてんだ? 治安課の連中は。……でも、あんな可愛い子と一緒のパーティとか、やっぱりおっさんもちょっと痛い目にあった方がいいな、うん」

冒険者局の裏手には、柵に囲まれ綺麗に整地された場所がある。

衛士や冒険者のための訓練場だ。

従来であれば武技や魔技は、モンスター相手でなければ発動できない。

だがそれだと、覚えたてのスキルをいきなり実戦投入する事態になってしまう。

それを解消するために作られたのが、魔石具の疑似瘴地発生陣だ。

これは一時的に瘴気を濃くすることで、内部にいる者をモンスターと同様の存在だと魂に認識させる仕組みである。

トールたちが連れてこられたのは、その魔石具が置かれた訓練場の片隅であった。

縦横十五歩幅ほどの広さで盛り土された区画は、模擬戦の形で手合わせするために試合場とも呼ばれている。

日はだいぶ落ちてしまっていたが、ひときわ明るい魔石灯のおかげで視界に不自由はない。

赤毛の冒険者ラッゼルは腰に下げた剣はそのままで、横の柵に立てかけてある木剣を手にとった。

軽く振って重さを確かめる。

試合場へ上がれと顎で示すラッゼルに、トールは動かず口を開いた。

「話を聞いてくれるか? こいつとは同郷のよしみでパーティを組んでいる知り合いだ。このまま固定で続ける予定だから、案内とかじゃない」

「そんなことはどうでもいい。俺は確認してくれと依頼を受けただけだ。案内ではないと言うなら、二人で立ち合って証明すれば早いだろ」

ラッゼルが指名されたのは、予想外の成績を上げているソラという名の新人の実力を確かめろという依頼であった。

それと使えそうであれば、トールを叩きのめしその弱さをソラに見せつけろとも。

ラッゼルには彼らの違反の真偽やパーティを解散したあとの新人の行き先などには、いっさい興味はなかった。

つかの間、考え込む顔になったトールは、避けられない流れだと判断したのか小さく息を吐いた。

「わかった。剣を傷めるのはいやだから、俺も一つ借りていいか?」

「好きにしろ」

柵に近寄ったトールは木剣や木槍を手にとって重さを丹念に確かめていたが、気に入らなかったのか首を横に振る。

そしてラッゼルが手にしていた木剣へ、わざとらしく視線をよこした。

「どれもイマイチだな。それも振らせてくれるか?」

「だったらこれを使え。俺はなんでもいい」

それとなく怪しむトールの素振りに、ラッゼルは眉をピクリと動かしながら木剣を手渡す。

経験が長いとはいえ、たかがGランクごときの雑魚相手に、あらかじめ何か仕込んでおくような手間を掛けるはずもない。

苛立ちながら新たに剣を選んだラッゼルに対し、トールは受け取った木剣を素振りもせずそのまま柵へ戻してしまった。

「やっぱり振り慣れたヤツにしとくか」

その態度に奥歯を軋ませながら、ラッゼルは試合場の片側に踏ん張った。

手加減を考えていた気持ちは、とっくに消え失せている。

そもそもこんな程度の低い依頼に引っ張り出されたこと自体が、ラッゼルの 矜持(きょうじ) をいたく傷つけていた。

反対側に木剣を片手にぶら下げたトールと、キョロキョロしているソラが並ぶ。

安心させるように少女に話しかける声が、ラッゼルのところまで聞こえてきた。

「よーく見とけよ、ソラ」

「う、うん。しっかり見届けるよ」

一人で立ち向かうつもりらしいトールの思い上がりと、それを疑う素振りもないソラの返答に、ラッゼルは剣の柄を強く握り締めた。

開始と同時に決めるつもりで、一気に闘気を高める。

魔力を消耗して放つ魔技に対し、武技においてそれにあたるのが闘気であった。

武具を用いてモンスターと相対することで闘気は高まっていき、一定の域まで達すると技として発現する。

武器の扱いに熟練していくと闘気が溜まる速度も上がり、早い段階で武技を放てるようになる。

だがラッゼルの場合、それとは比べ物にならないほどの速さで闘気を集めることができた。

<闘気充填>を持っているからである。

これは炎神ラファリットの武技系技能樹で、中枝スキルの<灼熱刃>と<猛火断>を完枝状態にすることで得られる特性だ。

「始めるぞ!」

掛け声とともに剣を振り上げたラッゼルは、己の体に闘気が全く満ちていなかったことにようやく気づいた。

怒りに気を取られすぎたというのもあるが、それ以前の問題である。

神々の与えた技能樹が、その効力を発揮しないなど決してありえないはずなのだ。

そこへスルスルと、トールが距離を詰めた。

剣を地面に向けたまま、あっさりとラッゼルの間合いに踏み込む。

「クソッ!」

自分に何が起こっているのかさっぱり理解できぬまま、いったん距離を取るため赤毛の冒険者は木剣を振り下ろした。

一瞬で下段から迫り上がったトールの剣が、それを叩き上げて軌道をそらす。

力のこもっていなかったラッゼルの剣は大きく弾かれ、体の前面が無防備に開く。

凄まじい速さで戻ってきたトールの剣が、ラッゼルが腕を持ち上げたことでわずかに空いた肩甲の指一本ほどの隙間を打ち抜いた。

常人には追いきれぬ鋭さで剣は円を描き、胸当ての上から一番下の肋骨を正確に強打する。

剣の勢いは止まらず、さらに踏み出したラッゼルの太ももを横からしたたかに打ちすえた。

一呼吸の間に三ヶ所を強打されたラッゼルは、うめき声とともに膝をついた。

信じられない事態だった。

沼地の大蜘蛛の一撃にも耐えてきた体が、痺れが走ったように動けないのだ。

息を吸い込もうとしたラッゼルは、脇腹に焼け付くような痛みが走り大きくあえいだ。

左肩は外れてしまったのか、激痛とともに完全に力が抜けてしまっている。

立ち上がろうにも、左足が全くいうことをきかない。

Bランクの冒険者をたった一合の打ち合いで地に這わせたトールは、表情を変えることなくラッゼルを見下ろした。

顎の下を掻きながら、中年の冒険者はボソリと呟く。

「速すぎて無理か」

「な、何がだ?」

「ああ、こっちの話だ」

伸ばしたトールの剣先が、ポンッと慰めるようにラッゼルの肩を叩く。

そのまま踵を返した男は、敗者には目もくれず歩き出した。

その姿にラッゼルの内部で、激しい炎が吹き上がる。

気がつくと体中に闘気が充満していた。

憤怒が苦痛を押しのけ、その体を奮い立たせる。

剣を握り直したラッゼルは、再び大きく振りかぶった。

――<猛火断>!

一息で距離を詰めたラッゼルの木剣が、燃え盛る炎に包まれた。

赤くたぎる刃は、無防備な男の背中へ一直線に振り下ろされる。

「――ソラ」

落ち着き払った低い声が、試合場に響いた。

すでに杖を持ち上げていた少女が、大きく頷き返す。

とたんに逆巻いた炎の渦が、剣を握っていたラッゼルの腕を飲み尽くした。

声にならない悲鳴をあげて、男は剣を手放して地面に転がる。

炎が巻き付く右腕を地面に叩きつけて、何とか消そうとあがく。

試合場を取り囲んでいた制服の男たちも、異変に気づいて水の入った手桶を手に駆けつけた。

怒号があがり、白い煙と肉の焼ける臭いが漂い出す。

そして大騒ぎの中、トールとソラの二人は誰に咎められることもなく訓練場を後にした。