軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷宮街、地上層

敏速に高度を下げた飛竜は、外壁を軽々と越えて一気に内側へ侵入した。

そのまま一点を目指し、風を切って廃墟の上を滑空する。

胃の底が持ち上がるような初めての感触を味わいながら、トールは事前の指示通りに身を伏せて舷側を掴んだ。

小舟と飛竜の狭間から見える景色は、目まぐるしく入れ替わっていく。

耳元で逆巻く風のせいで、他の物音は一切聞き取れない。

空気を裂いて進む船底は、ずっと小刻みに揺れを伝えてくる。

そして、みるみる間に地面が近づいてきて――。

ぶつかるかと思えたその瞬間、激しい風が巻き起こった。

同時にトールの体も、上方へ押されるように浮かび上がる。

ちらりと覗いた隙間からは、茶色い塊たちがいっせいに四方へ吹き飛ばされていく様が見えた。

<風加旋>。

発生した風を増加させる魔技で、飛竜のはばたきの威力を上げたのだろう。

そのおかげで、スムーズかつ安全に着陸できるというわけだ。

「よーし、おりていいよぅー」

気の抜けるような騎乗師の合図に、真っ先に反応したのは赤毛の男だった。

素早く飛竜艇から飛び出すと、左手で剣を抜いて周囲の警戒に当たる。

大きな危険はないと判断したストラッチアが空いた手を挙げると、次いでクガセが軽やかに着地した。

「あら、蟻ん子でも戸締まりする知恵くらいは、あるみたいですよ」

茶角族の少女の視線の先にあったのは、入り口が多量の石で覆われた建物の残骸だった。

建物に使われていた石材のようだが、無造作に高く積み上げられており、簡単に中へ入ることはできそうにない。

ここが前回の突入地点のようだ。

ようやくしっかりとした地面に降り立てたトールは、足下の感触を確かめながら周囲を見回した。

すでにボッサリアは、街並みと呼ぶには程遠い状況になっていた。

四角張った建築物は一切残っておらず、ほとんどが原型を失って瓦礫の山と化している。

しかし半端に残された壁が遮蔽物の役割を果たしているせいで、見通しは悪くモンスターの位置や数はよく分からない。

その荒れ果てた眺めの向こうに、樹木のように茶色い柱のようなものが何本か突き出しているのが見えた。

事前の打ち合わせによると、蟻たちが作った見張り塔らしい。

かつての強固な境界街は無数の蟻たちに蹂躙され、その砦としてとっくに造り変えられてしまっていた。

さらに蟻どもは、砦を守るために面倒な仕掛けを施していた。

地下に広がる巣穴の迷宮だが、その入口に複数の 偽物(ダミー) が存在したのだ。

以前の遠征が大規模な動員だったのは、実は本命の巣穴の位置を特定するためであった。

せっかく地下へ通じる穴を見つけて入ってみたら、行き止まりの巣穴の奥に蟻だけがぎっしり待機していた。

なんてことが、かなりあったらしい。

しかも見張り塔と連携しているらしく、偽の穴から出ようとすれば外には大量の蟻が押し寄せているという周到ぶりだ。

そんな大層な苦労の末に、ようやくダンジョンの入口が判明したため、今回は飛竜艇による少数での強襲ができたというわけである。

だが蟻どもはそう甘くはないらしく、すでにここも塞がれてしまった後のようであった。

しかしAランクの彼女たちにとって、この事態はとうに予想済みであったようだ。

焦る素振りもなく地面に手をつけたクガセは、流れるように祈句を詠唱する。

「大いなる地樹の担い手よ、ここに集いて我を助けるです。顕現するですよ――<地精喚>」

やや怪しい命令と同時に、地面がいきなり盛り上がり始めた。

あっという間に土が集い、トールの身長を超えて伸びていく。

そのまま土の塊は上部で枝分かれすると、腕や頭部を形成し出した。

同時に腰がくびれ足も二股に分かれて、それらしい形に仕上がる。

大地から喚び出されたのは、そびえ立つ土の巨人だった。

見た目は上半身がやや大きく歪なバランスのようだが、太く短い足のおかげか安定しているようだ。

のっそりと一歩前に踏み出した土人形は、天に向かって右の腕を持ち上げる。

そして大きな拳を障害物の石山に向かって、真っ直ぐに振り下ろした。

凄まじい音がして人形の手と、瓦礫の上部が派手に吹っ飛ぶ。

「む、足りなかったです。もう一回、お願いするですよ」

クガセの命令に残った方の手が持ち上がり、再び轟音が響き渡った。

二度の叩きつけで、石山の上部は完全に崩れ落ちる。

が、その辺りで先ほど着地時に吹き飛ばされた蟻や、音に気づいた蟻どもがいっせいに押し寄せてきた。

黒い二つの輝きが、稲妻のようにトールの視界を横切った。

両の剣を抜いたストラッチアは、すでに動いていた。

その手に握る二振りの剣は、鎧と同様に光を吸い込むがごとく黒い。

縦横無尽に黒い線が走り抜け、身体を切断されたモンスターどもがバラバラと地面へ落ちる。

しかし蟻どもは、そんな同胞の死に様を気にも留めないようだ。

仲間を踏みつけて、次から次へと押し寄せてくる。

そっと剣の柄に手をかけたトールを、出来立ての穴を覗き込んでいたクガセが振り向いて、呆れた口調で制止した。

「そんな安物の剣じゃ損するだけですよ。いいから、そっち手伝ってくださいですよ」

見るとすでにニネッサは小舟から降りていたが、ラムメルラが手こずっているようだ。

身長のせいで地面との距離が空き過ぎてしまい、懸命に足を伸ばすが届きそうにない。

トールが手で足場を作ってやると、少女は小さく鼻を鳴らして容赦なく踏みつけてきた。

「もう、乙女が困ってるのに、気が利かなすぎでしょ」

相変わらずの憎まれ口を叩きながら、少女は固い地面の感触にこっそりと安堵の息を吐く。

そしてトールの視線に気づいたのか、頬を赤く染めて横を向いた。

だがそらした目の先にあったのは、あまりにも無残な街の有り様であった。

悔しげに唇を噛んだラムメルラは、群がってくるモンスターを睨みつけた。

全員が降りたのを見計らって、飛竜はゆっくりとはばたきを再開する。

次に来るのは、明後日の正午の予定だ。

ちゃんと見送りたいところだが、蟻の数が一気に増してきていた。

「中は大丈夫っぽいですし、早く来るですよ」

穴の向こうのクガセの声に、一行は続けざまに瓦礫の奥へ身を投じる。

最後にストラッチアが滑り込むと、土人形がその身をかばうようにして穴を覆い蟻どもの追撃を食い止める。

「それじゃ、またねぇー」

最後に聞こえてきたのは、飛竜のはばたきに交じった騎乗師のとぼけた別れの言葉だった。