軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奥地の手応え

一歩前に進み出たのは、ソラであった。

祈句を詠唱中のユーリルをかばうように、愛用の杖を掲げながら空を見上げる。

いっぱいに見開いた少女の瞳に、またたく間に迫りくる大槍が映し出された。

殺意に満ちた鉄の塊が少女を貫こうとしたその時、ソラの身体から魔力がほとばしる。

――<固定>。

先頭の槍がピタリと中空に留まり、ほんのわずかに遅れて飛んできたもう一本と衝突する。

硬い音を立てながら、二本目の槍は地面へと行き先を転じた。

ギリギリまでソラが見極めようとしていたのは、このタイミングだった。

一度の魔技で、二本の槍を退けた少女は満足げに頷いた。

「 疾(と) く、 睡(ねむ) れ――<冷睡>」

ソラが稼いだ時間で完成した魔技が、血走った眼のモンスターへと放たれる。

急激に下げられた体温が、抗いがたい眠気をオークたちにもたらした。

たちまち動きを止める三体。

だが両腕を斬り落とされていた一体が、荒い鼻息とともに即座に動き出した。

一匹だけ目覚めたオークは、かたわらのトールに噛み付こうと大きく牙を剥く。

頑強なモンスターの顎なら、一噛みで骨もろとも持っていかれてしまうだろう。

とっさにトールは、首元を狙ってきたオークに対し肩を持ち上げてぶつける。

下顎を突き上げられたモンスターは、短く息を漏らして体勢を崩した。

瞬間、トールの身体が流れるように入れ替わり、オークの背後へと移る。

閃いた白刃は、背骨と肋骨の隙間を通り抜け正確に心臓を刺し貫いた。

一瞬で絶命するオーク。

しかし死体になりつつも、モンスターは最後の抗いを見せる。

口から大量の血を噴き出したのだ。

飛び散った赤黒い血潮は、眠りを貪ってた仲間へと降りかかる。

熱い液体を顔面に受けたオークどもは、次々と目を覚まして鼻から猛々しく息を吐いた。

同胞が死んだ事実に気づいたモンスターらは、口々に怒りの咆哮を放った。

一体が腕を広げ、掴みかかろうとトールに迫る。

伸びてきた太い腕を、すかさず剣尖が迎え討った。

だが最高速が切れつつあったせいか、肉を半ば残した状態で剣は止まる。

さらにオークの脇腹から、いきなり槍の穂先が突き出てきた。

もう一匹が、地面に落ちていた槍をいつの間にか拾い上げていたようだ。

肉の壁で仲間の動きを巧みに隠すオークに、トールは感心の表情を浮かべた。

しかし褒めている場合ではない。

がっちりと腕に食い込んで動かない剣をあっさり手放したトールは、飛び退きながら身をよじった。

体をこすりつつも、槍の先端は空を貫く。

辛うじて攻撃を躱したものの空手となってしまったトールに、オークどもは勝利を確信したように鼻先を持ち上げた。

「 仇(あだ) と咲き乱れよ――<霜華陣>」

もっともその状況を、後方のユーリルたちは手をこまねいて見ていたわけではない。

すでに次の魔技は、仕掛け済みであった。

ただし<霜華陣>は、モンスターが踏まないと発動しない。

しかも、ずっと前方のモンスターに集中していたトールには、罠の位置を知る術もない。

襲いかかってくる二体を引きつけるように、トールの身体が滑るように下がる。

その行き先はなぜか、知らないはずの<霜華陣>が置かれた場所だった。

ギリギリで攻撃をいなすトールに、踏み込んだオークの槍が振り下ろされる。

同時にもう一匹が、勢いよく体当たりで迫ってくる。

逃げようがないと思われたその時、誘い込まれたオークが見事に罠を踏み抜いた。

凄まじい速さで巻き上がる氷の柱。

突っ込んできた一体は、またたく間に霜の結晶で覆い尽くされた。

そして魔力で編み出された氷は、槍さえも逃しはしない。

凍りついていく武器を手放そうとあがくオークだが、すでに冷えて張り付いた手のひらは言うことを聞かない。

そのまま冷気は槍を伝い、モンスターの全身を包み込んだ。

間近で激しい寒風を浴びたトールは、一瞬で固まった皮膚を元に戻しながらようやく長々と息を吐いた。

「ふう、三匹でもかなりきついな」

「お疲れ様です、トールさん」

「おにくだ、おにくだ!」

駆け寄ってきたムーは、氷漬けで息絶えたオークを前にして奇妙な節で踊り出す。

「いや、これは亜人だから食えないぞ」

「そうなのか、トーちゃん。でも、なんでもやってみないとわからないぞ!」

「やる前から分かることもあるんだよ。どうした? ソラ」

無言でペタペタと脇腹に触れてくる少女に、トールは訝しげな声で尋ねた。

顔を上げたソラは、安堵したように顔をほころばせる。

「槍が当たったところ、大丈夫かなーって。うん、なんともないね」

「ああ、この鎧、なかなかの品だな。さすがはおやっさんだ」

新しい防具である岩トカゲの鱗革の鎧は、かなりの効果を秘めていたようだ。

性能を早速、確認できたトールは満足げに頷きながら、解体用のナイフを取り出す。

心臓を貫かれ地面に転がるオークに近づき、その首元に刃を当てた。

「やっぱり、おにく食べるのか!」

「ほれ、お前の好きなやつだぞ」

「あ、おはな丸のごはん!」

切り開いた箇所からトールが取り出したのは、少しだけ黒ずんだ透明の石であった。

八等級の魔石だ。

「あ、この腕環とかどーするの? トールちゃん」

「赤鉄製らしいから持って帰りたいところなんだが」

「……ちょっと重すぎますね」

「探索が最優先ですし、今は諦めますか」

「うーん、もったいないねー」

初戦をなんなく切り抜け、淡々と会話を続ける一行を眺めながら、サラリサは先ほどの戦いを思い返していた。

トールの剣の腕前や体さばきに、今さら驚くこともない。

気になっていたのは残りの三人だ。

<反転>や<固定>などの信じ難い性能を誇るソラの魔技は、今の戦いの中でも異彩を放つほどの成果をみせた。

だが注目すべきは、飛んでくる槍に対し限界までみじろぎもしなかった少女の集中力と胆力である。

あの歳ではまず見かけない冷静ぶりは、余程の経験を重ねてきたとしか思えない。

そして同時に三体のオークを寝かせてしまうほどのユーリルの魔技。

そのうえ、中級以上の亜人を氷漬けにして仕留めるなど見たこともない。

さらに恐ろしいのはあれほどの魔技を放ち終えて、魔力を消耗した形跡がみじんもない点である。

最後にムー。

最初から終わりまで、ただただ見てただけである。

今も得意げにオークの周りを走り回っているだけだ。

ただサラリサは、この無邪気な子どもがモンスターを見つけるだけの役割ではないとうっすらと勘づいていた。

実は案内人には知る由もなかったが、先ほどの戦闘中、ムーはひそかに己の視界を一瞬だけトールに見せていたのだ。

しかもちょうど、ユーリルの二度目の詠唱が終わるタイミングでである。

それにより、トールは背後の罠の位置を知ることができたというわけだ。

じっと四人を眺めるサラリサは、ますます己の確信を強めていった。