軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

深夜の密会

夜の闇に浮かび上がるその身体は、慎ましやかながらも女性らしさをハッキリと備えていた。

緩やかな曲線がかもし出すなまめかしい女の香りが、トールの鼻腔をくすぐる。

首元の鱗を月明かりで薄青く輝かせながら、サラリサは静かに口を開いた。

「もう、おやすみでしたか……?」

「いや、大丈夫だ。なにか用か?」

「少し、お話が……」

トールが起き上がってあぐらを組むと、蒼鱗族の女性は身を屈めて天幕に入ってきた。

向かい合って膝を折って座ったが、男一人でも窮屈なため吐息が感じ取れるほどに近い。

しばし真っ直ぐにトールの眼を見つめてきたサラリサは、そのままスッと身を伏せた。

地面に額を擦り付けるような姿勢になった女性は、消え入りそうな声を出した。

「申し訳ありませんでした……」

いきなりの謝罪の言葉に、トールは顎の下を掻きながら顔をしかめる。

そして頭を下げたままのサラリサへ、ポツリと問い掛けた。

「縄を切った件か?」

「まさか、お気づきでしたか……。でも、どうして……?」

理由は至極、簡単で、切られた縄に触っても履歴が浮かんでこなかったせいである。

モンスターである荒風の邪霊の仕業であったら、少なくとも切れる直前の状態まで確認できたはずであった。

それに先ほどの演奏時に、サラリサの腰に奇妙な形をしたナイフが下がっていたのを、トールはしっかりと確認していた。

左右に波打つような刃は、蒼鱗族たちの故郷である東の国でよく使われている物だ。

明日の出発前に問うつもりであったが、本人がやってきたのならここで質すべきだろう。

「目的は何だ?」

「確かめたくて……」

「俺の力をか?」

「はい……。どうかお許しください」

「許せると思うか? あいつらを危険に晒して」

その言葉に打たれたように、サラリサは顔を上げる。

血の気の失せた表情ではあるが、その眼には以前にも見た狂気じみた光が宿っていた。

「それでもお許しを。あなたの……お力がどうしても必要なんです……」

声を震わせながらも目をそらそうとしないサラリサの姿に、トールは彼女の義兄にあたるガルウドの様子を思い起こす。

この二人の頑なな意志は、さんざん身に覚えがあるものだ。

またも顎の下を掻いたトールは、深々と息を吐いてみせた。

「とりあえず全部話せ。決めるのはそれからだ」

「あ、ありがとうございます」

「だから礼を言うな。まだ何も引き受けたわけじゃないぞ」

ところどころ言葉を詰まらせながらも、サラリサが語った話は以下のような出来事だった。

ことの始まりは三年前、ガルウドらのパーティが中央を横切る東ルートを進んでいた時だった。

中央を抜けた先の低い岩山が並ぶ場所に差し掛かった時、続けざまの強い破れ風に一行は突然、襲われる。

激しく巻き起こる砂嵐の中、縄で身体をつないだところ、間を置かずして荒風の邪霊が現れたのだという。

しかも複数だ。

とっさに撤退を決断したものの、モンスターたちに囲まれそうになったパーティは二つに分断してしまう。

この時も今日と同様、ガルウドとその妻のセルセ、そしてサラリサら残り三人に分かれてしまったそうだ。

「おそらく姉さんが、縄を切って逃してくれたのだと」

「そうなのか?」

「五人ともつながっていては、逃げられませんから……」

姉たちはそのまま囮となって、砂塵の奥へ姿を消したらしい。

そして半日後、戻ってきたのは酷い手傷を負ったガルウド一人だけであった。

はぐれた姉を探しに、再び同じ場所に駆けつけたサラリサたちが見たものは、いまだに荒れ狂う風の姿だった。

通常は数十分で消えるはずの砂嵐だが、運悪く連続で発生した破れ風によって、とてつもない勢力になってしまったようだ。

その二日後、砂嵐はようやく収まったが、代わりに残ったのは見たこともないほど巨大な荒ぶる風のモンスターであった。

危険過ぎる存在に、探索はその場で打ち切られた。

それから数度、知り合いや評判の良い冒険者に協力を頼んで挑んでみたが、ことごとく撤退する羽目となる。

噂は広まり、危険を避けたがる風潮もあって、手を貸そうとする同僚はどんどん減っていく。

そして時は流れ、セルセが行方不明となって一年も経つと、誰もが諦めの眼差しで首を横に振るようになった。

いつしか東ルートは行き止まりの道とされ、ガルウドたちも案内役として身を落ち着かせる。

しかし二人は、諦めていなかった。

腕が立つ人間を、ただひたすら探し続けていたのだ。

「なるほど、事情はわかったよ」

「でしたら……」

「いや、わかったと言っただけだ。許すとは言ってない」

「あの……縄の件ですが……」

実は砂嵐に巻き込まれた場合、本来はその場で身を低くしてやり過ごすのが正解であるらしい。

もしくは風に逆らわずに、中心部からひたすら遠ざかる二択であると。

前に進み続けるのは、荒風の邪霊にもっとも遭遇しやすく、決してやってはならない選択だったようだ。

「じゃあ、もしかして?」

「はい、あのままでは危険だと思って……。でも余計な心配でしたね。まさか邪霊を斬り殺すなんて……、今でも信じられません」

砂嵐の中、トールが小石を打ち落としたのを見て、どれほど荒風の邪霊の攻撃をしのげるかを確認したくなったというのが、サラリサの言葉だった。

だが結果、さっくりと倒してしまったので、驚きを通り越して唖然となったと。

「どうかお願いします。姉の仇を取る手助けを……」

思いつめた顔になったサラリサは、黙ったままのトールに対し覚悟を決めたように頷く。

そしていきなり片肌を脱いでみせた。

「……こ、この体を、自由に……していただいても」

「まてまて、慌てるな。引き受けるとは言ってないが、引き受けないとも言ってないだろ」

「では!」

「まずは肩をしまえ。風邪でも引かれて案内に差し支えがあっても困る。というか、明日からが本番なのに、無駄な体力を使ってどうする」

「そ、そうですよね……。すみません……」

「それに、打算で女を抱くような趣味もないしな」

あっさりと断られ、サラリサは気落ちした顔になる。

その様子に、真顔になったトールが問いかけた。

「なぜ急に謝る気になった? 黙って頼めば上手くいったかもしれんぞ」

問い掛けに、蒼鱗族の女性はゆっくりと瞳をしばたたかせた。

それから、小さく頭をふって答える。

「今日の夕食は、とても……とても楽しかったので」

「それが理由か?」

「わ、私たちのパーティも、昔はあんな風に笑えてました。義兄が居て姉が横に座ってて、私が竪琴を弾くと……みんな、嬉しそうに笑って……」

ポタリと敷布に雫が落ちる音が響く。

「とても、とてもあなた方が羨ましくて……、だから自分が余計に許せなくて……」

何も言わずトールが胸を貸すと、顔を埋めたサラリサは静かに慟哭を始める。

荒野の雨はしばし降り続けた。