軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嵐の後

眼前の風圧が消え失せるとともに、ぽっかりと開いていた空間も即座に狭まってくる。

荒れ狂う風に呑み込まれる寸前、トールの手は地面に転がる石を素早く拾い上げた。

真っ二つになった翠色の結晶体――嵐晶石だ。

使える状態に戻すのは後回しにして、今は腰帯の袋にしまい込む。

砂よけの布で再度、口元を覆うと同時に、砂塵がまたも視界を塞いでくる。

吹きつける風と砂に前後左右へ揺り動かされながら、トールは縄の先の姿を急いで確認した。

「そこに居るな。怪我はないか?」

「……はいっ」

少し上ずったような声であったが、気にかけず話を続ける。

「もうすぐ、この嵐は終わると言ってたな」

「はい、あとしばらく待てば――」

戦闘の最中にピークは過ぎ去っていたようで、相変わらず砂が煩わしいが風の勢いはやや収まってきているようだ。

しかしそれでも辛うじて眼の前の話し相手しか確認できないほどに、嵐が全てを覆ってしまっている。

辺りを見回して小さく息を整えたトールは、あっさり決断を下した。

「このまま予定の野営地へ向かおう」

「さ、捜さないのですか?」

トールを問い詰めるように、サラリサの瞳が危うい光を帯びる。

「はぐれた場合は、先へ進むように言ってある。それに時間も残りわずかだ」

「わかり……ました」

空高く舞い上がった砂は、沈みかけの太陽までも隠してしまい方角を確認することさえ難しい。

サラリサは背負っていた袋から、地図と手のひらから少し溢れるサイズの器具を取り出した。

星や太陽の位置、それに磁気を計測して現在位置を知ることが出来る天測盤と呼ばれる魔石具だ。

トールの肩に触れながら、案内人は進むべき方向を指さす。

二人は黙々と砂嵐の中を進み始めた。

サラリサの話の通り、五分ほどして風は弱まってくる。

砂が落ち着くと同時に、低い岩山が次々と姿を見せ始めた。

その岩肌はまるで誰かの手で撫で回されたかのごとく、滑らかに削り取られていた。

トールの視線に気づいたのか、後ろを歩いていたサラリサが呟くように教えてくれる。

「この岩山が集まっている場所は、破れ風がよく落ちるんです……」

「そうなのか」

「それと荒風の邪霊は、この岩の隙間を素早く風が走ると生まれると聞いています……」

「なるほど、それでか」

納得しながら、トールは改めてこの荒野の恐ろしさを感じ取った。

風吹き荒ぶ平地は、転がる岩甲虫のせいで夜間の移動は厳しい。

昼間に走破するしかないのだが、距離の関係で渡り切る時刻は、どうしても日暮れ前になりやすい。

延々と歩き続け暗くなりはじめたところへ、頼もしげな岩山が見えてくるのだ。

どうしても気が緩むだろう。

そこへいきなり砂嵐が襲ってくると。

不意をつかれ、パーティが分断されてしまう可能性は非常に高い。

しかも運が悪ければ、荒風の邪霊に出会ってしまう場合もある。

それに遭遇しなくても、うっかり強い魔技を使えば、その魔力に反応して襲いかかってくることもあり得るときた。

「まったく。たちの悪すぎる場所だな」

「ここは多くても邪霊は一体しか湧きませんし、もっと酷い場所もあります」

「それは恐ろしいな」

「ええ…………」

急にハキハキした物言いをしたサラリサだが、返事の後は何も言わず黙り込んでしまった。

しばらく荒地を進むと、次第に風は普段の様相へと戻る。

そして低い岩山たちからかなり離れた場所に、どっしりと大きな岩山が立ち現れた。

その手前に腰を下ろす複数の人影を目にして、トールはようやく剣の柄から手を放した。

案内人と繋いでいた縄をほどいていると、幼い声が耳に飛び込んでくる。

「トーちゃぁぁん!」

地面の上を滑るように駆け寄ってきたのは、金色の髪を振り乱した紫眼族の子どもだった。

トールの数歩手前で地面を蹴ったムーは、真っ直ぐに突っ込んでくる。

体当たりを腹筋で受けとめると、弾んで尻もちをついた子どもは大きな笑い声を上げた。

「トーちゃん、どこいってた? もう、ムーしんぱいしたぞ!」

「そいつは、すまなかったな」

「まいごになるから、はぐれちゃダメっていつもいってるでしょ!」

「いや、言ってるのは俺のほうなんだが」

「いってる人がまもれないのは、もっとダメでしょ!」

「それもそうか。心配してくれてありがとうな、ムー」

その謝罪に満面の笑みを浮かべた子どもは、トールの手を引っ張って歩き出した。

ソラとユーリルの二人は、ちょうどお茶を淹れていたところのようだ。

ホッとした顔を見せた灰耳族の女性が、湯気の立つカップをトールたちに手渡してくる。

「よかった。無事だったんだねー、トールちゃん」

「何かあったんですか?」

「ええ、精霊系のモンスターにちょっと絡まれまして」

半分に割れた嵐晶石を見せると、ユーリルは驚いたように目を見張った。

カップを受け取ったサラリサも、同じように信じ難い目でソラたちを見ている。

あの砂嵐を簡単に抜けて、先に安全地帯にたどり着いていたのが相当な驚きだったようだ。

「どうして……、あっ、それは……」

「あ、かくすの忘れてた! 見せちゃダメなんだっけ」

サラリサが目ざとく見つけたのは、ソラの膝の上に広げられた古びた地図と天測盤であった。

猜疑的な視線を寄越す案内人と、申し訳なさそうに肩をすくめる少女を交互に見ながら、トールは種明かしをする。

「それは盗んだ品とかじゃないぞ。正式な報酬でもらったもんだ」

「そうなんですか……」

先日の血流しの川でのスライム狩りで、局長のダダンが用意していたお礼の品がこの魔石具と地図のセットである。

通常、高価な天測盤は、案内人の資格を持つCランクにだけ支給されるものだ。

不規則に場所を変えるオークの岩屋砦の場所を正確に記述するための必需品であり、数があまりないため一般に出回ることはかなり少ない。

せいぜい大規模な隊商が、辛うじて所持できる程度だ。

そういった事情からして、トールたちに対するダダンの期待はかなりのものと言えるかもしれない。

使い方などは前回の四人だけで岩甲虫狩りをした際に、じっくりと練習済みである。

ガルウドやサラリサが少し信用できないための対策でもあったが、今回は良い感じに働いてくれたようだ。

三人に怪我がないことを確認したトールは、深々と息を吐いた。

「さて、野営の準備を急がんとな」