軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遭遇

「やったねー、トールちゃん。まだ日も高いし、十分まにあいそうだよ」

「ああ、まずは一区切りつけられたな」

「みんなにムーのうれしいのお歌きかせてやるぞ。くたくたでーおなかもすいたー♪ でもだいじょうぶー」

「――気を抜くのは早いですよ、皆さん」

ユーリルの警告に、談笑していたトールたちはいっせいに話を止めた。

どうやら、すでに兆候は現れ始めていたようだ。

先ほどまでは弱々しく足元を撫でるだけだった風が、いつの間にか勢いを増しつつあった。

不意に向かい風に交じった砂粒に頬を叩かれ、トールはわずかに顔をしかめる。

その耳に、低く唸るような風の響きが入り込んでくる。

明らかに何かが近付いてくる気配が、辺りから濃厚に漂っていた。

警戒のため周囲を素早く見渡すトールたち。

だが風の強さが増すばかりで、目立つ変化を見つけることはできない。

「うう、なんか、あぶなそうな感じだよー」

「ムー、何かいるか?」

「ううん、でもヘンなかんじはするぞ、トーちゃん」

「よし、あの岩山まで急ごう」

風を遮ってくれそうな前方の低い岩山を指し示しながら、トールは砂よけの布を口元に引き上げる。

とたんに地面を舐める空気が、大きく逆巻いた。

「来ます……」

小さなつぶやきが聞こえたのとほぼ同時に、凄まじい轟音が前方から響き渡った。

時を置かず砂塵が高く舞い上がる。

いきなり突風に煽られて姿勢を崩しかけたトールは、身を低くして手を伸ばした。

だが、間に合わなかったようだ。

「トーちゃぁぁん!」

<電探>を使用中だったムーが、靴のせいであっさりと風に吹き飛ばされる。

そして真後ろにいたソラに、激しい勢いでぶつかった。

「ぐふっ!」

みぞおちに子どもの後頭部がめり込んだ少女は、乙女にあるまじき悲鳴を上げてしゃがみ込む。

その肩につかまりながら、ムーは驚いた顔で問い掛けた。

「だいじょうぶか? ソラねーちゃん。いったい、だれがこんなめに!」

「うう、ちょっとゆすっちゃだめ……」

「カタキはきっとトーちゃんがとってくれるぞ!」

「い、いや、犯人ムーちゃんだからね」

楽しそうな二人の会話に口元を少し緩ませたトールだが、今はそんな場合ではない。

気がつくと視界一面は、砂煙に覆われだしていた。

吹き付ける風も、これまでとは比べ物にならないほど激しい。

みるみる間に変わりつつある状況に、今すぐ判断を下す必要があった。

だがそれには情報が不足しすぎている。

急いで引き返したトールは、後方に佇んでいた案内人の顔を覗き込む。

サラリサの表情は明らかに強張り、何かを堪えているようにも思えた。

「来ると言ったな。何が来るんだ?」

トールの問いかけに、蒼鱗族の女性は無言のままうつむく。

そのわずかに震える肩に触れながら、もう一度聞き直す。

「案内人として警告を頼む」

おそらくガルウドに何かを吹き込まれているのは間違いないようだが、今ここでそれを指摘しても仕方がない。

トールの言葉に顔を上げ直したサラリサは、小さく息を呑むときつく閉じていた唇を開く。

「今のは破れ風です。すぐに準備しないと……」

「あれがそうか」

いきなり上空から舞い降りた強風の正体は、荒野の冠詞となっていた気象であった。

天を破るように吹きつけてくる様が、その名前の由来らしい。

岩山の群れに落ちた破れ風は、激しく岩肌を削って激しい砂嵐を引き起こしているようだ。

先ほどの耳障りな音は、その隙間を風が抜けた音だろう。

そしてこのままではまず間違いなく、トールたちも強風に巻き込まれてしまう。

だが引き返そうにも、背後は何もない荒野だ。

時間的にも、後戻りできるような余裕は欠片もない。

退路を断たれたトールは、以前にユーリルが感じていた懸念はこれであったのかと思い起こす。

やっとのことで平地を抜けたかと思えば、こんな砂嵐が待ち構えているとは。

「警告二つ目だ。どうすればいい? 準備が要ると言ったな」

しっかりと頷いた案内人は迷いを振り切ったように、背負い袋の紐を緩め長い縄を取り出した。

先端をトールへ手渡し、体にきつく結ぶよう指示する。

「これで全員の体を繋ぎます……」

先頭のトールの腰から伸びる縄を何回か束ねて輪っか状にして縛ってから、サラリサはそれを自分の体に結びつける。

次にユーリルが体に巻き付け、ムーとソラも続く。

その間にも巻き上がる砂は、恐ろしい速さで量を増していく。

全員がしっかり縄で繋がったのを確認したトールは、岩山を迂回するように歩き始めた。

少しでも発生源から遠ざかりつつ、避難できる場所を探さねばならない。

手をかざし少しでも暴風の勢いを和らげようと努力しながら、トールは一歩一歩進んでいく。

視界は完全に砂で埋まり、だんだんどこに向かっているかも覚束なくなってくる。

何とか息を整えたトールは、背後へ声を張り上げた。

「ソラ! もしもの時は頼むぞ」

「わかったよー、まっかせてー」

戻ってきたのん気な声に頷いたトールだが、その腕がわずかにブレる。

最速の動きで抜き放たれた剣は、下から上に一瞬で移動していた。

時を置かずして、硬く鋭い音が刃から発せられる。

トールが斬り上げたのは、風に交じって飛来した低い音を発する何かだった。

手応えからして、正体は飛んできた小石のようだ。

しかしこの突風の中では、小さな石さえも致命傷になりかねない。

空気を裂く異音に最大限に注意を払いながら、トールは何度も剣を振るい続ける。

そのまま十数歩ほど進んだ辺りだろうか。

不意にトールの眼前を覆っていた砂の幕が消え失せる。

代わりに広がっていたのは、ポッカリと開いた空間と、その中央にそびえる白い竜巻であった。

前後左右にわずかに体を揺らしながらも、不思議なことに竜巻はその場から動こうとはしない。

その不自然過ぎる現象に、トールは心当たりを小さく漏らす。

「……荒風の邪霊か」

かつて血流しの川で対決した赤水の邪霊と同じく、この荒野に発生する精霊系のモンスターだ。

最悪の場所で遭遇した最悪の相手に、トールは眉を寄せて背後に声をかけた。

「行けますか? ユーリルさん」

いつもなら打てば響くような即応をしてくれるはずだが、その気配はまるで感じられない。

騒がしいソラやムーの声さえないことに、トールは恐ろしい予感とともにそっと後ろへ首を回した。

そこに居たのは、青ざめた顔のサラリサだけであった。

千切られた縄を持って立ちすくむ案内人の姿に、トールはゆっくりと唾を飲み込んだ。