軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第74話 馬鹿だけど しょうがねぇだろ 馬鹿なんだ

水煌めき、陽炎のぼる夏。

今年も本格的に暑くなる前に、プール開きをする時期がやってきた。

去年の夏に奴隷たちが苦労して作ってくれたそれは劇場建設予定地の中にあり、夏以外は魚を放してレジャー釣り堀として解放されていた。

それはそれで評判が良く、一通り皆がレジャーとして挑戦した後は数人の釣りキチ達から絶大な支持を受けていたものだ。

だが、やはりプールはプールとして使ってこそだろう。

冷たい水、浮かれる心、際どい水着、そして一夏の恋。

ま、俺には関係ない事だが、後でお見合いを開けだなんだと泣きつかれるぐらいなら自然とくっついてくれる方がいいからな。

これからもイベント事があったら積極的に採用していこうと思っているから、活用してくれよな。

ともかく、今日は有志が集まって、朝からプールに溜まった苔の清掃を行っていた。

プールのふちにありったけの魔具水瓶を置いて水を流し続け、ひたすらブラシで擦っていく。

集まった全員が作業できる数のブラシもないので作業自体は交代制にして、残りの面子は全員で宴会だ。

プールサイドでは迷宮産の猪や鳥がいくつも丸ごと串に通され、色んな場所に設置された炭火の上でグルグル回されながら焼かれていた。

「うおーっ!! 肉ーっ!!」

「まだだ! まだまだ焼く!」

「もういけるだろ! 食わせてくれよ!」

「お前らはあっちの鉄板の肉を食ってろ! この猪はあたしの責任を持って美味しく仕上げるんだよ! 散れっ! 散れっ!」

丸焼き肉を任された奴と、それを狙う奴らの攻防が各所で繰り広げられ、牽制に突き出された包丁の白刃がギラギラと太陽を反射している。

丸焼きにこだわらない奴らは、焼肉奉行を買って出た虎の猫人族イスカの管理する鉄板の周りに人だかりを作っていた。

「にーく! にーく!」

「肉食べ放題って、ここは天国かよ!」

別に肉ぐらい普段から食わせているはずなのに、精肉工場直送の牡丹肉や鶏肉が鉄板に乗せられるたびに大きな歓声が上がっている。

中高生かお前らは!

まるで俺が飯も食わせてないみたいじゃないか。

うるさいし、暑いし、掃除中のプールは臭いし、こんな所にいられるか!

俺は双子の元に帰らせてもらうぞ!

補修が必要だった場所の修理を手早く終えた俺はパーリーピーポー達に別れを告げ、さっさと家に帰ったのだった。

「あぶ、あぶ」

「ぶぅ」

「元気だねぇ〜、手足バタバタ上手でちゅね〜」

生まれてから数週間がたった双子は、ベッドの上でもぞもぞと動き回るようになっていた。

お兄ちゃんのノアは黒髪で妹のラクスは金髪だから零歳児でもわかりやすくていいな。

暑い夏だが、二人は俺が作った扇風機の風に吹かれてご機嫌なようだ。

仕事のために学んだ魔道具の知識を総動員して作ったそれは首振り機能とタイマーまでついた本格的なもので、嫁さんはおろか屋敷の使用人達にまで大好評を得ていた。

オーク材削り出しのデカいプロペラが低速でビュンビュン回るのは見た目的にもかっこいい。

六つほど作って四つは屋敷で使っているので、残りは贈答品にしてもいいかもな。

「そういえば王都では君にまつわるサロンができたそうだよ」

ノアのぷにぷにの足をつまんでは放していた俺に、安楽椅子で書類を読んでいたローラさんが愉快そうな声音で言った。

「サロン? なんですかそれ」

「社交場さ、君に治療された軍人達のね」

「へぇ〜、じゃあ今治療中のリースさんやフルーダ子爵もそのクラブに行くってことですか?」

「サロンだよ。ま、君に治療された全員が集っているわけじゃない。暇で物好きな退役軍人達が、新しくできた縁を辿って無聊を慰めているのさ」

傷痍軍人ネットワークみたいなもんかな。

この屋敷の客間の数にも限りがあるから月に四人の治療が限度なんだけど、未だにベッドに空きができることはないもんなぁ。

昔みたいに枯れ木みたいな状態になった人はめったに来なくなったけど……

若い人もオッサンも爺さんも、女も、前線に出ていれば皆魔臓をなくす危険があるんだろうなってことはわかる。

もう最近はローラさんからもお金を受け取ってない。

結局俺にしか治せないんなら、それはつべこべ言わずに俺がやるべきことなんだと踏ん切りがついたのだ。

手が届く範囲の人ぐらい助けたって、罰は当たらんだろうしね。

「そのサロンの名前が振るっていてね……『動く死体の会』だそうだよ」

「なんじゃそりゃ、めちゃくちゃですね」

思わず笑ってしまうような、バカバカしいほど自虐的な名前だった。

でも、なんとなく底抜けな明るさを感じる気もする。

うん、俺は気に入ったな。

動く死体、結構じゃないか。

拾った人生なのは俺やローラさんも一緒だ、是非最期まで謳歌してくれ。

「旦那様、シェンカー家の方々が参られました」

「おっ、おお、来たかぁ」

「では、行こうか」

「ノア、ラクス、おりこうさんにするんだぞ~」

「ぶ……」

「あぅ」

俺はノアを、ローラさんはラクスを抱きかかえて屋敷の玄関ホールへと向かう。

今日はうちの親父や古参の奴隷達と一緒に、絵師に集合絵を描いてもらう予定なのだ。

玄関ホールでは、揃いのブレザーを着たうちの奴隷達と絵師連中が直立不動で待っていた。

まあローラさんもいるからな、いつもの調子ではいられないか。

そんな中、正装を着て落ち着かなさそうにしていた親父がやってきて、俺に小さく頷いてからローラさんに頭を下げた。

「ローラ殿、この度はお日柄もよく……」

「いやいや、堅苦しいのはよしてくださいよ 義父(おやじ) 殿。我々はとうに親子の間柄、もそっと気楽になさってください」

ローラさんは空いている左手で親父の肩を叩き、右手に抱いた娘を「あなたの孫のラクスです、抱いてやってください」と差し出した。

俺は絵師に指示を出して、集まってくれた奴隷達を労う。

「みんな今日はよく来てくれたな」

「若様とお姫様を紹介してくれるんでしょう、万難排して駆けつけますって」

「おいロース、奥方様もいらっしゃるんだぞ」

「まあまあ、楽にして楽にして」

話す俺達の合間を掻い潜るようにして、画板を持った絵師達が初めて見る人の前できょとんとしているノアの顔をスケッチし始める。

赤ん坊は絵描く間に寝たり泣いたりするからな、顔を控えるならご機嫌なうちにって事だ。

「この子がノア様ですか、ご主人様によく似ておいでですよ」

「おお、お前、なんか気合入った格好で来たなぁ」

俺はアップにした髪の毛を金のヘアピンで留め、鎖付きの金縁眼鏡にグレーのパンツスーツを着て、鏡みたいに磨き込まれたハイヒールを履いた、気合い入りまくりのチキンにノアを渡した。

こいつは事務方の頭で筆頭奴隷だから一番最初だ。

組織を適切に運営するならば、序列はきちんと守らなければならない。

「まだ首据わってないからな、そうそう、頭が動かないように抱いてやって」

「若様、チキンでございますよ〜」

「ぶ?」

「よしよし次はメンチだな、ご機嫌なうちに全員回さないと大変だからサクサク行こう」

「はい」

メンチは気を使って手袋をしてきたようだが、鱗人族だって手の内側は鱗がないんだから気にしなくてもいいのに。

「おおノア様、メンチでございます。暖かいですね」

「あっ、やべっ、ノアうんちの顔してる」

「えっ?」

「ごめんな、でも赤ちゃんだからしゃーないのよ」

「いえ、はい……」

「ひっひっひ、運がついたな」

ロースは笑いながら指を変な形に組んでいる。

エンガチョみたいなもんなんだろうか。

うちのメイドが慌ててやって来たのでノアをお願いして、抱っこ会の主役は妹のラクスに切り替わった。

「お姫様はおねむですか」

「あんま揺らすなよ、起きたら泣くから」

「わかってますよ」

なかなか慣れた手付きでラクスを抱いていたロースは、そのままケンタウロスのピクルスに彼女を手渡した。

ピクルスはあわあわとラクスを受け取り、すぐに宝物を扱うような手付きで鳥人族のボンゴにパスをした。

ケンタウロスは素のパワーが桁違いだからな、ちょっと不安だったんだろうか。

「…………ひ……め……」

ボンゴはラクスのお腹に顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、満足気にフンフンと鼻を鳴らした。

犬かお前は。

次に受け取ったピンク髪の料理人シーリィはしげしげとラクスの顔を覗き込み、同じく料理人の緑髪、ハントにパス。

「赤ちゃんって可愛いなぁ」

最近結婚したハントはとろけるような顔でそんな事を言っているが、その顔をじっと見つめる隣の未婚のシーリィの顔が怖いのなんのって……

やっぱ女性の友情ってのは儚いものなのかな?

シーリィにも誰か適当な男を紹介してやろうか、いや、余計な気は回さない方がいいか。

控えていたミオン婆さんはハントからラクスを受け取り、一礼して奥へと引っ込んでいった。

今日の主役はもうお役御免だ。

これから大人組は不動の姿勢で絵のモデルにならなきゃいけないからな。

仕方のないことだけど、ズラッと並んだ絵師達の前で何時間も座ってるのは肩が凝ったよ。

あーあ、誰か写真機開発してくんないかな……

とある日の夜中の事だ。

双子の世話も一段落して、爆睡していた俺をメイドが揺すり起こした。

「シェンカー家のチキン様がいらしております」

「へっ? なんかあったのかな」

首をかしげるメイドに礼を言い、上着を羽織って玄関ホールに向かう。

同じように上着を着たローラさんもあくびをしながら後ろをついてくる。

上着にはナタみたいな幅広のナイフが吊られていて、どんな時でもやる気まんまんだ。

やっぱ軍人さんは意識が違うぜ。

「夜分遅くにお呼び立てして、誠に申し訳ありません」

玄関ホールではチキンと、赤ん坊を連れた夫婦が跪いて手を上げる正式礼で待っていた。

「どうした、チキン?」

「こちらの奴隷ブンコと、その夫がご主人様にお願いがあると申しまして。連れて参りました」

「そうか、ブンコ、どうした?」

「恐れ多くもご主人様にお願いがございまして参りました」

「いいから言ってみろ」

ブンコは隣にいる夫と目配せをし合い、震える声で言った。

「私と夫はどう処分されても構いません。ですのでこの息子を……どうか息子をご主人様の奴隷にして頂きたいのです……」

掲げる赤子は一目でわかるぐらい具合が悪そうで、朝を迎えることができるかどうかはわからないような様子だ。

頭をハンマーでぶん殴られたような気持ちだった。

そうか、こういう事もあるんだよな。

考えたこともなかったけど、そうだよな。

俺はすぐに赤子に再生魔法をかけた。

真っ赤になって苦しそうだった顔は穏やかになり、荒かった息も落ち着いたようだ。

一応夫婦とチキンにも同じように再生魔法をかけておく、たちの悪い病にかかっていたら堂々巡りだからな。

「今晩の事は忘れる事にする、お前達はすぐ帰れ」

「はっ……いえ、ありがとうございます」

「ありがとうございます、ご恩は一生忘れません!」

「チキンは残れ」

赤ん坊を連れた夫婦は何度も頭を下げながら玄関から出ていき、外の闇へと溶けていった。

うちの奴隷達が結婚し始めて一年と少し。

…… あれ(・・) は果たして、一人目の赤子だったんだろうか。

もっと前にも、ああして死んでいった赤子がいたんじゃないだろうか。

多分、もう少し前の俺なら『生まれれば人は死ぬ』なんて賢しげな事の一つでも言って気にもしなかっただろう。

そんな事が、今の俺には心底辛かった。

みんな救うなんて無理だし、まっぴら御免だと、自分でもわかっている。

それでも、あの赤ん坊の苦しそうな顔が頭にこびりついて離れなかった。

「これは、俺の責任かな」

ぽつりと言った俺の背中を、隣にいたローラさんがパン!と叩いた。

「そうして、何でもかんでも背負い込もうとするのは君の悪癖だ。人は死ぬ、君の近くにいても、そうじゃなくても。そんなもの、神様にだって責任なんて取れやしない」

あの一言だけでそこまでわかるローラさんはエスパーなんだろうか、それとも彼女も同じことで悩んだことがあるのか。

ただ背中が、ひりひりと痛かった。

ローラさんの言う通りなんだろう。

誰も、人の死に責任なんて取れない。

ましてや、奴隷の子供なんてものは俺の職責すらも超えた部分なのだ。

でも、多分これは後悔の元になる。

どうしようもない事でも、なんの責任もない事でも、あの時ああできたって後で思うような事は、だいたい後悔になる。

俺はそういう人間なんだ。

未だに前世の後悔を夢に見て夜中に飛び起きることがあるんだぞ。

この上、この人生の後悔まで背負ってられるか!

未練には夢があるが、後悔は人を殺しかねない危険なものだ。

結局、やるしかないよな!

「チキン、どうしたら子供が死なないようにできる? なるべく俺の仕事が増えない方法がいい」

チキンは少しだけ考え、眼鏡のブリッジを押し上げてから答えた。

「……そうですね、王都には平民でも利用できる巨大な病院があると聞きました」

「病院、病院か……」

それもいいが、どうせなら何か他の事に繋がるようにしたいな……

よし、ガキどもに勉強をさせて医者を増やせるようにもしよう。

そうすりゃ将来的には俺の仕事だって多少は減るだろう。

「前に買ってきた闇医者のオッサンに病院を開かせろ、あれもポーションの点滴ぐらいはできるだろ」

「オフィユカス殿ですね、かしこまりました」

「若手で希望するやつを何人か弟子につけろ、医者を増やしたい」

「はい」

「あと、子持ちの奴隷達が困ってたら昼間は子供を預かってやれ、将来的には学校にしたい」

「それは素晴らしいですね」

「当面の運営資金やポーション代は俺が出す、奴隷達やその子供なら無料で診てやってくれ。それと……」

ちらっとローラさんを見ると、彼女は仕方がないなという風な顔で笑っていた。

そうだよな、結局これが、俺の性分なんだろう。

理屈でいえば、必要以上に奴隷に責任を感じる必要なんてない。

でも、理屈だけで生きられるようなご立派な人間には、何回生まれ変わったってなれないだろう。

「医者が治せないなら、しょうがないから……ガキを連れていつでも来い。奴隷になんてしないから」

「かしこまりました」

なんとなく、肩がズンと重くなった気がした。

たった今、奴隷だけじゃなく、その子供の命までが完全に俺の背中に乗っかったんだ。

でも、やるしかないんだよな。

「それでは、失礼致します」

キビキビと歩いてチキンが去っていった後で、とぼとぼと歩いて玄関から庭へと出た。

夜中だというのに、どこからか焼き鳥のいい匂いがした。

耳を澄ませば、遠くの方から冒険者か何かの馬鹿みたいな笑い声もする。

気楽な奴らだ、泣けてくるぜ。

『くそったれーっ!!』

俺は日本語で、闇へと吠えた。

砂を巻き込んだ風が足元を吹き抜け、家からは双子の泣き声が響いていた。