軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第69話 君がため されど悲しき うたうたい

春の感謝祭が間近に迫ったトルキイバは、いまだにダンジョン産食肉の 熱狂(バブル) に湧いていた。

普段は人材を派遣する窓口であるマジカル・シェンカー・グループ本部だが、今は逆に精肉工場の作業や荷運びの仕事を求めてやってきた人々でごったがえしている。

うちの食肉に対して軍本部からの返答はまだないが、トルキイバの近くにある陸軍の駐屯地からは「まとまった数があるなら購入してもよい」と色よい返事を貰った。

今は評価のために馬車いっぱいのソーセージを送って先方の決定を待つ状態だ。

まぁそんな感じで事業は一部順調なんだが、もちろん順調じゃない部分も大いにある。

人材不足だ。

事業が急に拡大したせいで、これまで維持してきた規模の組織では業務を全く賄えなくなっている。

実務の頭のチキンにも大変な苦労を強いてしまっている、ほとんどデスマーチ状態だ。

となると、根本解決のためにはどこかから労働力を引っ張ってくるしかないよな?

いまシェンカーの本部には、その労働力候補たちが外の道にはみ出る勢いでひしめき合っていた。

何人でもいいから集めてくれと言ったら、何が起こったのか奴隷商に収まらないぐらいの奴隷が集まってしまったらしく、昔なじみの奴隷商人の爺さんペルセウスが特別にここまで連れてきてくれたのだ。

もうむさ苦しくてやんなるぐらい男ばっかりで、紅顔の少年から棺桶に片足突っ込んでそうなジジイまでよりどりみどり。

「このペルセウス、サワディ様が男女を問わず、身分の差なく奴隷をお求めになられるこの日を一日千秋の思いでお待ちしておりました」

「大げさだな。しかしよくこんなに短期間で数が集まったね、運が良かったのかな」

「そういうわけではございません。ここに集まったのは何年も前からサワディ様のお呼びを心待ちにしておった者たちです」

「えぇ?何年も前からって、奴隷の人達だろう?」

奴隷ってのは基本的には一定の期間売れなければ売れる場所に連れて行かれるものだ。

何年も前から待つなんてのはおかしな話だった。

「このペルセウス、この日この時のために、これはと思う男の奴隷は手元に留めておりました。他にも貯金を切り崩し、親族の支援を受けながら、サワディ様に買われるのを待っておった者もおりますゆえ……」

「ふぅん、そりゃありがたい話だけど、そんな余裕があるなら治療を受ければよかったのにな。金貨十枚ぐらいから受けてくれるところもあるらしいじゃん」

貴族になれず、かといって戦争にも行かずに 市井(しせい) で暮らしている平民の再生魔法使いだっているんだ、わざわざ奴隷になんかなることないよな。

「サワディ様、金貨十枚というのは、平民にとって爪に火をともすような思いをして数年をかけて貯めるようなお金なのです。それに魔法使い様にも腕の上下、その日の気分の良し悪しがございます」

「そんなもんか」

「そういうものでございます。あなたが痩せこけたケンタウロスを買いにいらしてから早五年、その間に培った信頼が、風評が、この男達を集めたのです」

「そりゃ信頼されるのはいいけどさ、ずいぶんと年を食ったのもいるよな。働けるのかい?」

「よくぞお尋ね頂けました。実は本日の目玉商品こそが、この古強者の男たちなのです」

「いや、古強者っていうか、ジジイっていうか……」

明らかに顔つきが曖昧な感じのやつや、へたり込んだまま立ち上がれないようなのもいるぞ、本当に大丈夫か?

ペルセウスは困惑する俺を無視したまま、一番前にいた、白髪を肩まで伸ばした歯のない爺さんの肩を叩いた。

「まずはこの者ですが、元エティオス男爵家の家令の者でございます。男爵家ご断絶のため暇を出されましたが、心の臓を病みサワディ様の噂にすがって私の元へと参りました」

歯のない爺さんはヨボヨボだが、たしかに立ち姿はシャキッとしていて目つきも確かだ。

「今後チキンを家令か家宰としてお使いになられるのならば、体系立った知識は必須でございます。この者に教育をお任せになるべきでしょう」

「そうか、教育者か、その考えが抜けていた」

ペルセウスは手を打って感心した俺に満足そうな顔を向け、次に髪のない爺さんの手を引いて連れてきた。

どうも目が見えていない様子のその爺さんはそれでもキョドキョドした様子がなく、泰然自若としてしっかりと立っている。

「ルエフマの金物問屋のご隠居です。一度魔法使いに治療を請うたそうですが上手くはいかなかったようです。実務経験、場数ともに不足はありません」

「うん、いい人材だ」

ニイィと獣のような笑みを浮かべたペルセウスは、次に杖をついた隻眼で黒髪の中年男を呼び出した。

身体の半身は細く小さく萎びているが、もう半身は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。

今も片足と杖で立ちながらも不安定さを感じさせない不思議なバランス感覚があった。

「槍術家です、武芸百般に通じていると大法螺を吹いておりましたが。なかなかに巧みな法螺でございましたので、武芸の腕よりも達者な弁舌を買いました」

「ふぅん、でも問題起こしそうだなぁ」

俺の言葉に男はビクッと肩を震わせたが、うちだって別にトラブルメーカーはいらないんだ。

ペルセウスは口の片側だけを薄く上げ、右手を胸に手を当てて左手で男の背中を叩いた。

「ご心配なく、このペルセウスまだまだ目利きの勘は鈍っておりません。この男、必ずしやサワディ様の役に立つことでしょう」

「まあ奴隷商人ペルセウスがそこまで言うなら、逆に頼もしいかもね」

この爺さんとの付き合いもなんだかんだと長い、彼が必要だと言うならば、この法螺吹きは多分俺に必要な男なんだろう。

それからもペルセウスは次々と老人ら中年層が中心の即戦力人材を紹介した。

たしかに言うだけあって経歴は凄い人材ばかりだ。

家令、商人、執事、棟梁、料理人、教師、細工師、鍛冶師、手に職ってだけでいいなら他にも仕事の出来そうな奴が山のようにいる。

ちょっとやっぱり、これまで買ってきた女の奴隷とは全く毛色が違うな。

「元より男は働くもの、女は育むもの。都市を支えるのは男達の仕事であります故、奴隷の本流も男にございます。これからもご用命頂ければ、お望みの数を揃えてご覧入れましょう」

「いや助かった。これからも頼りにしてるよ。そっちで養ってたっていう奴隷のこれまでの分も乗っけていいからね」

爺さんは「左様でございますか?」なんて言いながら迫力のある笑みを浮かべる。

あんたに変な借り作ると怖いんだよ!

信用はできるけどちょっとだけ底知れない危うさを持つ、それが奴隷商人ペルセウスなのだった。

契約を交わし、代金を支払い、魔道具で制約を刷り込み、さっさと治療してから奴隷達をチキン達へと引き渡した。

シェンカーの先輩たちに従えと厳命してあるから、とりあえず当面はうちの女達に従うだろう。

落ち着いたらお決まりの新兵訓練フルコースをやって、イベントなんかで段階的に親睦を深めていけばいい。

兎にも角にも今この時はシェンカーの非常事態なんだ、奴隷たちにも多少の不平不満や軋轢なんかは我慢してもらう他ないだろうな。

「しかし、今日は本当にありがとう。助かったよ。こんな無茶を聞いてくれるのも爺さんぐらいだな」

大商いを終わらせて、金貨を数え終わったペルセウスに改めて礼を言う。

彼も相当に儲けているはずだが、実際俺が大いに助かっているのも事実だからな。

「いえ、無茶ではありません。先にも言いましたが、私は五年前からこの日を待っておりましたので」

「なんだそりゃ、商人ってそこまで先読みができなきゃいけないのかい?」

「先読みというよりは、確信でございます」

彼はこれまで見たことがないような神妙な様子で、呟くようにそう言った。

「どういうこと?」

どうにも様子のおかしいペルセウスからは、問への答えではなく独白のような言葉が返ってきた。

「サワディ様。トルキイバはシェンカー家のご三男様」

「ん?」

老いてなお爛々と輝く彼の目は、俺よりもなにかもっと大きなものを見つめているように見えた。

「もう少しお年を取られましたらば、 お髭を(・・・) お生やしな(・・・・・) さいませ(・・・・) 、きっとよくお似合いでございます」

そんな冗談みたいな事を、まるで懇願するように言うのを不思議に思いながらも、俺はキッパリとこう返した。

「やだね」

俺は 貴族(こうむいん) だぞ。

清潔感は最優先事項だ。

髭なんてもっての外。

もちろん生やしてる先生も結構いるけど、俺みたいな新参が偉そうにそんなものを蓄えては生意気というものだろう。

やはり軽い冗談だったのか、俺の返事に脱力した様子のペルセウスはニヒルな笑みだけを残して帰っていった。

さあ、人手は増えたけどやることは山積みだぞ。

研究、雑用、経営、治療に人付き合い。

忙しいのは俺も奴隷も変わらないんだよな。

奴隷を大量購入してから数日、ちょこっとだけ落ち着いた休日の事。

貴族向けに間取りを広く取って作られたスレイラ邸の玄関ホールには、小規模編成の 楽団(バンド) が楽器を広げていた。

メインの楽団は王都に行っているから今日の面子は言わば第二楽団、普段は別の仕事をしていてお祭りや催事なんかになると集まる非常勤の演奏家たちだ。

お腹が大きくなって気軽に外に出られなくなったローラさんのために、彼女達と音楽家達に頼んで曲を練習してもらっていたのだ。

もちろんそれだけじゃない、今日は俺がローラさんのために歌うサプライズも仕込んである。

前世の俺ならとてもやれなかったようなキザなやり方だが、この世界じゃあ歌や詩を贈ることなんか当たり前のことだからな。

「しかし私設楽団をいくつも持ってるだなんて、金満貴族そのものだな、君は」

「その金満貴族の奥方は、こういうのはお嫌いですか?」

「度が過ぎたものは苦手だが、楽しいことは嫌いじゃない」

狼人族の娘が電光石火のピッキングでカポをつけたバンジョーのような楽器を速弾きしまくるのを見て、ローラさんも体を揺らしながらリズムを取っている。

数ヶ月前にうちにやってきた音楽家達も、最近暇になってからはこの地域の酒場に入り浸って地域の音楽を学んでいたらしい。

今楽団がやっているのは管楽器を多用する王都風や劇団風の曲じゃなく、この土地に根差した簡素な弦楽器や笛、日用品などで演奏される雑多で明るい曲だった。

もちろん音楽家に作らせた曲ばかりじゃない、このあたりの酒場じゃ定番になっている地域の名曲もたくさん用意してもらった。

ローラさんも「この曲は祭りで聴いたね」と嬉しそうだ。

館の使用人たちも仕事の合間に入れ替わり立ち代わり聴きにやってきて、10曲ほどやったところで俺の出番が来た。

バンドの前に立つ俺が「あなたのために歌わせてください」と言うと、嬉しそうに手を叩くローラさんの後ろで演奏を聴いていた使用人たちがキャーッと声を挙げた。

二人ばかり奥へと走っていったかと思うと、料理人やメイド長のミオン婆さんなんかを連れて戻ってくる。

結構プレッシャーだけど、こういうのは照れちゃあやれないよな。

バイオリンっぽい楽器が繊細な前奏を弾き始めたかと思うと、二小節ほど遅れてバンド全体がしっとりとメロウにドライブし始める。

曲調はカントリーっぽいのに、気分はソウル歌手だ。

「 私のぉ〜(マイ) 愛しい蜂蜜〜♪(スイートハニー) 君はまるでぇ~夜空に浮かぶチキンレッグさぁ~♪」

跳ねるベースに背中を押され、俺の想いを詩に乗せてローラさんへと伝える。

「あなたがいないとぉ〜私はぁ〜空気のないぃ〜川魚ぁ〜♪ 口をパクパクさせてぇ~溺れてしまうぅ~♪」

あれ、おかしいな。

料理人たちが奥に引っ込んでいくぞ。

「あなたの金色の髪はぁ〜虫歯を育てる黄金糖〜♪ 山の地層にぃ~煌めく雲母ぉ~♪」

あれ、メイド達やミオン婆も首を振って奥に戻っていく。

お、おかしいな。

若い二人のために気を使ってくれたのかな?

まさか俺の詩が駄目って事はないよな?

何度も何度も音楽家たちにリテイクされたもんな……

嫌な予感を抱えながらもなんとか歌い切った俺だったが、音楽家は下を向いて項垂れていて、楽団の娘達は苦笑い。

いやいや、いやいやいや。

に、二十一世紀生まれの俺のセンスはちょっと尖りすぎてたかな?

まぁ、後でローラさんに「独特な詩だね」って褒めてもらえたから良しとしよう。

こういうのは気持ちが大事だもんな。

気持ちだよ、気持ち。