軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話 寄せ鍋を つつきあったよ 空の下

枯れ葉散る秋の暮れ、風は日に日に冷たさを増し、だんだんと街の服屋に冬物が増え始める。

朝に顔を洗う水だって冷たくなり、毎日毎日私の手をかじかませて困らせるのだ。

もちろん、こんな時期に外で水をかぶったりすると、きっと風邪を引いてしまうことだろう。

その水が、冷たい水面が、私の小さい足のすぐそこまで近づいてきていた。

「うわああああっ!」

「バカッ!カクラーッ!立てっ!立てっ!引きずり込まれるぞ!」

「なんでお魚はこんなに力が強いのーっ!」

「お前が真正面から引き合うからだろーっ!」

郵便部の皆と予約制の鍋行楽に来た私は、具材の魚を取りに来た魚釣り場で、糸のついた竹ごとプールに引きずりこまれそうになっていた。

私より体の小さいポートだって釣り上げてたから、余裕だと思ったのに〜!

竹は服に引っかかって取れないし、足に糸が絡まって立ち上がることもできない……

このままじわじわとプールに落とされるのかと悲嘆に暮れていると、急に凄い力で竹ごと引っ張り上げられて地面に立たされた。

「大丈夫かぁ?外で寝転がってると風邪ひくっぺ」

見上げると、優しい顔がにこやかに笑っている。

冒険者組のエース、ケンタウロスのピクルスさんだった。

接点のない有名人である彼女の顔を見ながらしばし呆けていた私は、横合いから肩をポンポンと叩かれた。

「…………ふ……る……」

叩かれた方を向くと、ピクルスさんの相棒である鳥人族のボンゴさんが指と頭を小さく左右に振っている。

「ボンゴちゃんはねぇ、お魚は引っ張られた逆に走るけぇ、振り回して弱らせろっち言うとるんよ」

「は、はぁ〜」

さすがは名コンビだ、あれだけの言葉でお互いに伝わるんだなぁ。

「ありがとうございます!やってみます!」

「いいよぉ、したら、頑張って」

ピクルスさんから竹を渡された私は、また引き倒される前にプールに沿って右回りで走った。

すぐに逆へと引っ張られるので、今度は反対側にぐるっと走る。

力勝負は苦手だけど、走るのは大得意だ。

引っ張られて、逆に走る。

また引っ張られて、また逆に走る。

何度も何度も繰り返してると、だんだん人が集まってきた。

「あれってイダテンのカクラじゃない?何やってんの」

「魚釣ってんだって」

「なんで走りながら釣ってんの?」

「さっきプールに引きずり込まれそうになってたからじゃない?」

「ふーん、こないだご主人様も引きずり込まれたって言ってたもんな」

ちょっと恥ずかしいけど、非力な私にはこのやり方しかない。

大事なのは魚が釣れるかどうかなんだよ〜。

「おっ!カクラーっ!魚弱ってきたんじゃないか?」

「もうちょっともうちょっと」

「頑張れーっ!」

「ふぬーっ!」

たしかに引きが弱くなってきた気がする、もう引き上げにかかってもいいのかな?

大きく円を描くようにして、プールから離れる方向に一気に走る。

たわむ糸がシュルシュルと風を切る音が聞こえたかと思うと、すぐに竹を抱え込んだ肩にガツンと衝撃がきた。

「ふぬぬぬぬ……」

「いけるぞーっ!」

「コケないのよー」

さっきはあまりの力に引き倒されたけど、今度は余裕がある。

やっぱり弱ってきてたんだ、このまま引き上げてやるぞ~。

左右に小さく魚を振りながら、少しづつ前に進む。

「まだーっ!?」

「まだまだーっ!」

「もうちょっと頑張って」

早くタモで上げてよぉ~!

結局その後に一回、相手の最後のあがきでコケそうになりながらも、無事に大きなゲハゲハを上げる事ができたのだった。

「やったぁ~!」

「時間かけすぎよ」

「まぁまぁ、これで郵便部のうちの班は全員魚釣れたってことじゃん」

ゲハゲハを囲んで話していた私達の耳に、小さくポチャンという水音が聞こえた。

プールを見ると、さっき助けてくれたピクルスさんが釣り竹を握っている。

じっと水面を見つめていたピクルスさんが無造作に腕を振ると、大きなゲハゲハが空高く飛び上がっていた……

さっきまでの私の死闘はなんだったんだろう?

やっぱり速さよりも力なのかな……?

いや、よく考えたらピクルスさんって運動会も出場禁止になるぐらい足も速いんだっけ……

ケンタウロスだもんね。

もう考えないことにしよう。

「これってゲハゲハよりも高いんでしょ?」

「よその人には絶対言っちゃ駄目って言われてるぐらいだものね」

「食べたことないけど、美味しいのかな?」

ゲハゲハを調理場に預けた私達は、プールの隣りにあるキノコ畑に来ていた。

ここの椎茸を取って、ゲハゲハとお肉と一緒に鍋にして食べるのが今日の目的なんだ。

準備が大変だから、順番の予約制になってるの。

体育祭前から予約してて、ようやく今日順番が回ってきたんだもんね。

大人気の行楽なんだ。

「これってどういうのが美味しいんだっけ?」

「えっとねー、傘の裏のヒダヒダが見えてたら美味しいんだって」

「へぇー、よく知ってるわね」

「ふふーん」

ちゃんと勉強してきたんだもんね。

どうせ食べるなら最高に美味しく食べたいもん。

もっと褒めていいぞぉ。

あと小さいやつでも、ヒダが見えてたらもう採っていいらしいんだよね。

私はこぶりの椎茸をちょいちょいとつついてみた。

なんか可愛いよね~、部屋でも育てたい。

「これ、どんぐらい採っていいのかしら?」

「わかんない、食べたことないし。とりあえず籠いっぱい?」

「えっ、えっ、もうそんなに採っちゃったの?」

胸を張っている間に二人は黙々と椎茸を取りまくっていて、いつの間にか籠の半分ぐらいは埋まっていた。

「あーっ、うーっ、あたしにも取らせてよぉ」

「早くしなさいよ、私おなかすいてるから早く食べたいの」

目につく椎茸を急いでもぎっていく。

どうせ食べるなら自分で採ったのを食べたいもん。

あっという間に籠がいっぱいになったので、私達は近くに設営された煮炊き場へと移動した。

煮炊き場では担当の人がさっきのゲハゲハを捌いてくれていて、あとは一緒に貰える肉と一緒に鍋に入れて煮るだけだ。

地べたに掘られたかまどの上に五徳を置いて、その上に土鍋。

そんなのが二十個ぐらい並んでて、みんな思い思いに鍋を囲んで楽しんでる。

その鍋の準備や片付けをやってくれるなんて、ほんと至れり尽くせりだよね~、汁も作ってくれてるし。

食べるの楽しみだな~、楽しみ……

楽しみなのはいいんだけど……ちょっと量が多いかな……

「これ、食えるかな……?」

「はらぺこじゃなかったの?」

「いやいや、どう見ても多いでしょ」

「だから三人とも魚釣る必要ないって言った~」

「そりゃだって……いや、まぁ、そうか。つい釣っちゃったけど、ゲハゲハってめちゃくちゃデカいもんなぁ」

「椎茸も取り過ぎたかしらね」

「籠いっぱいはいらなかったか、あの時はいけると思ったんだけど……」

普通は四人で鍋一つだけど、私達は三人で鍋一つ、それも食材山盛りだ。

土鍋の蓋が若干浮くぐらいの量で、なかなか貫禄のある鍋になった……

干した椎茸や野菜を材料に大鍋で作られたというお汁、具の量はともかく、そこから立ち昇るいい匂いがどうにも食欲を刺激してくる。

五徳の上の土鍋がゴトゴト鳴り、小さな穴から吹き出る白い煙が冷たい空気に溶けて消えていく。

「なんか、椎茸って干すと美味しくなるらしいんだよね」

「へー、なんでかしら」

「わかんないけど、それなら今日採ったのも干したほうがよかったのかな〜?」

「いや、採りたても美味いらしい」

「万能ねぇ」

「椎茸は偉いねぇ〜」

「あっ、ぐらぐらきた」

吹きこぼれそうになったので、ぱかっと蓋を開けると、鍋の中は凄いことになっていた。

椎茸と野菜と魚と肉が混沌とした状態で詰められていて、何から手を付けていいかわからない。

でも美味しそうだ。

「うわぁ……具が多すぎてめちゃくちゃだ」

「そう?お肉と魚が一緒に食べれるなんて、お祭りみたいじゃない」

「ねぇ食べよ〜、ねぇねぇ、食べていい?」

「よし」

うちの班の班長、犬人族のヨシナちゃんが最初にお椀一杯に具を取り一口目を食べた。

「うあつっ!」

熱かったのか口と目をクワっと開けて震えているヨシナちゃんを横目に、私と猿人族のポートは早速はしを手に取った。

「よし、食べましょうか」

「あー、お肉ばっかり!お肉はよそでも食べれるでしょ」

「じゃあカクラは野菜を食べなさいよ」

「ゲハゲハー!一番多いんだからみんなで食べなきゃ」

「次食べるって」

しょうがなく私はゲハゲハと椎茸をお椀に山盛りにして、おたまで汁をかけ回した。

熱い汁をふぅふぅしながら一口飲む。

うーん、なんか複雑な味。

何味かは一言で言い表せないけど美味しい。

ゲハゲハの切り身を一口食べると、ほこっと鼻に抜ける魚の匂い。

昔養殖が始まる前に食べた事があったけど、そのときはめちゃくちゃ臭くて苦かった覚えがある。

でも養殖されて管理されたゲハゲハは臭みも苦味も消えてて、コリコリの身の美味しさだけが感じられる。

養殖班の子達が威張るだけの事はあるなぁ。

それに、自分で釣ったからかな、屋台なんかで食べるよりもより一層美味い気がする。

次に頭に十字の切り込みが入った椎茸を齧る。

プリッとした感触で、香りもいい。

何より他で食べられない高級品だと思うと、口いっぱいに頬張りたくなる。

焼いても美味しいらしいんだよね、今度は焼いて食べてみよう。

「うまっ、はふっ!うまい、うまいなぁ」

「ほんと、手が止まんないよ〜」

「あら、お肉なくなっちゃったわ……」

「このツミレってやつがうまい、何が入ってるんだろうな?」

「ゲハゲハを細かく切って叩いて団子みたいに丸めたって聞いたけど、たしかに不思議な味だねぇ」

「生姜じゃないかしら?」

「しょうかぁ〜」

「…………バカ」

その後もなんだかんだと食は進み、鍋いっぱいの具材も綺麗にお腹に収まってしまいそうだった。

私とポートはもう鍋の底が見える頃にはお腹いっぱいで地面に寝転がっちゃってるのに、ヨシナちゃんは最後の最後まで具材をさらうつもりみたい。

しょうがないよね〜、おいしいもの。

こんな高級料理がタダで食べれるなんてラッキーだなぁ。

なんてことを考えながらうとうとしていたら、不意に顔に影が差す。

「何寝てんのさ、シメノウドンは?」

目を開けると、炊事場の猪人族の子が片手にざるを持って立っていた。

「シメノウドンって?」

「鍋の最後にうどんを入れたら美味しいんだってさ、ご主人様がそれをシメノウドンって名付けたんだよ」

「へぇ〜、でももう入んないや」

「私もぉ……」

「あたしはまだいけるぞ」

ヨシナちゃん、凄すぎ……

炊事場の子はしゃがんで、私のお腹の上にざるを載せた。

う……ぱんぱんのお腹が苦しい……

「これ食べなきゃ後悔するぞ〜、ご主人様曰く『鍋とはシメのためにやるもの、うどん逃すべからず』って話だからなぁ」

「え〜、そんなに美味しいなら、鍋やる前に言ってよぉ」

「あんたたちが欲張って取りすぎるからでしょ」

ケタケタと笑う声が腹に響く……

でも、逃したらしばらく後悔しそうだなぁ。

「よ〜し、食べるよ」

「私も……」

「よしよし、食べるか。今入れてやるからな」

のたのたと起き上がって鍋を見ていると、猪人族の子はざるからうどんを鍋に三玉うつし、上から卵を三つ割り入れた。

ゆっくりとかき混ぜられる鍋には、他の具材はもうほとんど残ってない。

鍋の中で周りながらグツグツ煮込まれるうどんに、かき混ぜられた卵が黄色と白の帯になって絡みつく。

なんか、いい匂いがしてきたなぁ。

「よぅし、いいぞぉ」

「よぉーし、先貰うぞ」

ヨシナちゃんはしっぽをブンブン振りながら鍋に向かうと、うどんを豪快にお椀によそっていく。

白い湯気がモクモク出て熱そうだ。

「ふー、ふー」

そうそう、ゆっくり冷ましてね。

いくぶん湯気の収まったうどんをズズッと吸い込むと、まだ熱かったのか彼女は口を開けたままはふはふしている。

も〜、気をつけないと火傷しちゃうよ。

「どう?どう?」

「美味しい?」

問いかけに笑顔で答えるヨシナちゃんを見て、私達も箸を取り、汁を吸った麺をちょっとづつお椀によそった。

一口ぐらいでいいかな、このままだと歩いて帰れなくなっちゃいそうだし……

ゆっくりと冷まして、ズズッとすすった。

すでにグダグダになりはじめていたそのうどんは、今日の鍋の全てを吸い込んで身に纏っていた。

湯気と一緒に複雑な香りが鼻に抜け、いろんな旨味をまぜこぜにした汁が口の中に流れ出す。

投じられた卵が味を一層まろやかに引き立てていて、いくらでも食べられそうだ。

たしかに、このお鍋はシメノウドンのためにあったのかも。

みんな無言になるのもわかる、街で食べるうどんとは完全に別角度の美味しさだね。

「おかわりもらおうかな、えへへ」

「え?」

「ごめん、もう食べちゃった……」

「ええっ!?」

覗き込むと、鍋の中には本当に何一つ具が残っていなかった。

まばらに浮いていた春菊も、大根の葉っぱも、三人前あったはずのうどんも……

「いや、もう食えないって言ってたから……ごめん」

「そうは言ったけどぉ……」

なんだろう、お腹はいっぱいのはずなのに、不完全燃焼だよ……

よその鍋を見ると、どこもシメノウドンの取り合いをしているようだ。

そりゃそうだよ、あんなに美味しいんだもん。

膨れたお腹を抱えて寝っ転がる。

空に星が一つ光り、視界の端には月が登り始めている。

次に予約したら、いつになるのかなぁ。

人より早い足で、暦も飛び越せたらいいのに。

大きなゲップが一つ出て、白い煙になって消えた。

月とともに地面から登ってきた冷気に、ぶるりと体が震える。

トルキイバに、冬が近づいてきていた。