軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第52話 あの月は どこを歩けば 見えるのか

しっぽのついた動物は、なぜ自分にくっついた物の存在をしばしば忘れさる事ができるのだろうか。

足元の青い犬が視界の端に見切れる尻尾をくるくる追い回すのを見ながら、そんなことを考えていた。

この造魔の青い犬はジフと名前をつけられ、ここマジカル・シェンカー・グループ本部のアイドル的存在としてみんなに可愛がられているらしい。

こないだピクルスが「触ると手を舐めてくれるんですよぉ」と嬉しそうに教えてくれた。

本部前のシェンカー通りでは今日も大勢の奴隷達が動き回っていて、順調に秋祭りの準備が進んでいるように見える。

いい場所に組まれた櫓の上では試作品の太鼓が打ち鳴らされ、その周りで奴隷達が歌と踊りの練習を熱心にやっているようだった。

「ご主人様、こっちが裏の帳簿です」

「うん」

紫の長袖ワンピースのチキンが持ってきた人造魔結晶の売上を、ペラペラと捲って確認する。

間違ってもバレちゃいけないブツだから、流通の途中で非常に迂遠な隠蔽工作が施されていて思っていたよりも利益は薄い。

それでも、うちの表の年間利益の半分ぐらいは稼げてるわけだから笑いが止まらないんだよな。

表には出せない金だが、使い道はいくらでもあるんだ。

「もっと供給を増やしてもいいんじゃないかと、ピスケス様が仰っておられました」

「番頭の言うことなんかほっとけ。しかし、あいつはいくつになってもイケイケだなぁ」

「よろしいので?」

「いいのさ。もっと欲しいと言って、すぐにそれが出てきたらどうなると思う?」

「嬉しいのではないですか?」

「違うね。腹を掻っ捌けばなにが出てくるのか、気になって眠れなくなるのさ」

「はぁ」

「いいかチキン、本気は出しても全力は出すな。死ぬまで全力でやり続ける羽目になるぞ」

「そりゃ、貴族の教えですか?」

「社畜の心得だ」

「しゃち……?」

わかんないこと言っちゃったかな。

まぁ、死人の戯れ言だ。

一生わかんないほうがいいだろう。

書類に目線を戻すと、窓から不意に強い風が吹き込んできて俺の前髪を揺らす。

少しぶるっときた。

涼しくなったなぁ。

この涼しさじゃ、もうプールには入れんな。

「最近、奴隷たちはどうしてる?」

「元気ですよ」

「遊び場所とか、困ってないか?」

「プールで遊べなくなったのは残念がってた子も多いですけど、今入ると風邪を引いちゃいますからね」

そうなんだ。

プールってのは夏しか使えないから、本当に贅沢品なんだよ。

前世の小学校とか中学校とか、よくあんなもんを維持してたよな。

水場の活用法なぁ……

何かあるか。

水、水……

水着……黒……白……ビキニ……いや違う。

水だ水……季節は秋……秋は 秋刀魚(さんま) …… 秋刀魚(さんま) は魚……

魚かぁ。

魚といえば釣りかな。

「チキン、釣りってやったことあるか?」

「釣りって、海でやるやつですよね。本で読んだことならありますよ」

「そうだよなぁ、ここらの川は釣りなんかできないもんなぁ」

「水場の魔物はめちゃくちゃ危ないですからね、毎年行商人の馬が川に引きずり込まれてますから」

「やれるなら、やってみたいと思うか?」

「いや、私は想像もつかないんで……」

「あ、そう?」

よしんば釣り文化がトルキイバにあったとしても、チキンはいかにもインドアっぽいしな。

まあ、物は試しだ、やってみるか。

ということで、俺はローラさんと一緒にプール改め釣り堀へとやってきていた。

すでに養殖場から運んできたゲハゲハが十匹ほど放たれ、酸素を送り込むためのポンプ造魔も取り付けられている。

水の中には何本か丸太も設置され、魚の隠れ場所にしてある。

一応見た目も釣り堀っぽくするために、プールに板を渡して足場も作った。

その他のものはおいおいだ。

水草とかもあったほうがいいのかな?

まあ、ゲハゲハってのは言ってしまえばマッチョな鯉だから、割とどんな環境でも気にせず生き続けるんだけどね。

「こ、こんなもんで、いかがでしょうか……?」

「ありがとう、上手く行ったらここの管理も養殖場の者に頼むと思う」

「か、かしこまりまして……ございます」

前髪の長い銀髪の魚人族がしずしずと下がっていき、俺とローラさんは釣り竿を構えた。

釣り竿は売ってなかったから、ローラさんのお手製だ。

最初は俺がなんとなくで作ってたんだけど、途中でそんなんじゃ駄目だって取り上げられてしまった。

さすがは港町出身、釣りには煩いようだ。

「釣りなんて久しぶりだなぁ、故郷ではよく父の船で釣りに出たものだよ」

「僕はほとんど経験ないんで、色々教えて下さいね」

「任せておきたまえ」

ちなみに針も特注だ。

こんな内陸で、川にも近づけないんじゃ釣りする人いないんだもん。

うちが養殖で魚増やしまくるまでは、川魚で泥臭かろうと結構な高級料理だったんだからな。

まさかあんなに増えるとは思ってなかったけど。

ともかく、俺はローラさん特製のくっさい練り餌を針の先につけて、丸太の陰へと投げ込んだ。

「いいかい、釣りは忍耐との勝負なんだ。いくら釣れなくても焦っちゃいけない。一度のチャンスを確実に物にするんだ」

「はい!……って、あれっ!来ました!」

「なにっ!もうか!?」

ゲハゲハは一瞬でエサに食いついてきた。

ぐっと竿を引くが、力が強くてまるで歯が立たない。

早くもミシミシと音を立て始めた釣り竿に、思いっきり強化魔法をかける。

「うおおおおおおお!!」

「魚を弱らせるんだ、走った方向に引け!」

ローラさんの助言通りに俺が竿を引くと、魚はその反対に走る。

また魚の行く方に竿を引くと、またその逆。

何度も何度も夢中でそれをやるが、魚は全く弱る気配がない。

かたや俺の方は数分の攻防で腕がパンパン、腰はヘロヘロで、逆に水の中に引きずり込まれそうだった。

再生魔法を使って全回復するが、ちょっとこれは魚の体力がありすぎる気がする。

うんざりし始めてきたところで、俺の手にローラさんの手が重なった。

「よし、よく頑張ったな。一緒に上げようか」

「ありがとうございます」

「いちにのさんで上げるぞ」

「わかりました!」

いち……にの……さん、でドポンッ! と景気のいい音を立てながら、ゲハゲハは空高く飛び上がった。

……さっきまでの奮闘はなんだったんだ。

ローラさんのパワーが凄いのか、俺が非力すぎるのか……

ま、魚が強かったということにしておくか。

俺は地面をのたうち回る、子犬ほどもあるデカいゲハゲハに小さく手を合わせた。

その後ローラさんも釣り糸を垂らしてみたが、またもや魚はすぐに食いつき……あっという間に竿が折れた。

やっぱ魚が強すぎるんだわ。

針は貴重品だから、さっきの魚人族の子に潜ってゲハゲハごと回収してきてもらった。

もう涼しいのに、なんか悪いね。

結局ゲハゲハ釣りは竿を太い青竹に変え、全身で魚と格闘するちょっと変なゲームになってしまった。

「ぐっ……ぬぬぬ」

俺とローラさんがそれぞれ試した後は、普通の奴隷にもできる遊びかどうかを今日連れてきたみんなに順番でやらせてみている。

今挑戦しているのはさっきの前髪の長い魚人族だ。

彼女はそこそこ太い青竹の真ん中に巻いた太い糸を必死に巻き取り、大奮闘で魚を引いていく。

ゲハゲハはプール中を暴れ回るので、自然と釣り手も右へ左へとダイナミックな動きになる。

見た目は完全に魚との綱引きだ。

運動量が多いな。

「だあーっ!は、はっ……勝った!勝ちまし……た!」

必死こいて引き上げたゲハゲハの隣で、魚人族の子は嬉しそうにバンザイをしている。

カメラがありゃ、写真撮って記念にできるんだけどな。

「どうだ?釣りは」

「これを釣りとは呼びたくないけどね」

「あー、そのー、めちゃくちゃ、つ、疲れます」

さっきの子は困った顔だ。

潜って取ったほうが早いと、言いたいが言えないんだろう。

魚人族以外も連れてくるべきだったかな。

まぁしばらくは、このまま様子を見てもいいか。

釣ったゲハゲハを捌いて焼き始める頃にはもう夕陽が沈み始めていて、赤い夕陽が水面に映って結構いいムードだ。

一緒についてきた奴らは、ちょっと離れた所で各々が釣った魚を食っている。

今日プールに入れた分はほとんど釣っちゃったから、また池から魚を連れてこないとな。

プールも虫や鳥の水場として遊ばせておくよりも、変な釣り堀としてでも奴隷達に開放したほうが生産的だろ。

俺自身はもう二度と釣りはやりたくないけど。

半分に切ったゲハゲハの塩焼きに齧りつき、心の底からそう思った。

「どうだい?自分の釣った魚は」

「いや、美味しいですよ」

特別に美味すぎないというか、素朴な味だ。

「そうだろう、自分で頑張って釣った魚は格別なんだ。あんなのでも意外と流行るかもしれないね」

「はい」

ローラさんは、懐かしいものを見るような顔で暗くなった水面を見つめる。

「ローラさんはどうでした?」

「地元の釣りとは違うけど、なかなかどうして楽しかったよ」

「地元、港町なんですよね」

「ああ、冬になると凍りつきそうになるぐらい、寒い港さ」

彼女はゲハゲハの塩焼きに少し口をつけ、黄金の月を仰いだ。

遠く離れた北の港町にも、おんなじ月が浮かんでいるだろう。

俺の故郷のものとはちょっと違う。

この惑星の月には、横に一本デカい線が入ってるんだ。

『月の瞼』とか『真理の鍵穴』とか言われてるらしいけど、大方酔っ払った太古の魔法使いが月に魔法を撃ち込んだんだろう。

でもあの一本線のおかげで、幼い頃の俺は里心がつかずに済んだ。

そんな俺とは違って、ローラさんは帰りたきゃ帰れるような距離だから、余計につらいだろうな。

「いつか、帰れるなら帰ってみたいですか?」

「なんだい?」

「故郷ですよ」

ローラさんは、魚の串を火の近くに刺し直し、小さく笑った。

「今更さ。私は十五で軍に入ってから一度も帰っていないんだ。軍で会うことのあった父や兄はともかく、母などはもう顔も怪しいよ」

「それでも、せっかくの故郷ですから」

「そうだな、いつか帰る日が来るならば、一緒に連れて行って案内してあげようか」

「ええ、是非色んな所を見せてください」

「だが……そう言う君は、故郷に帰りたくならないのかい?」

その言葉に、俺は少しだけ、返事に困った。

俺だって日本に帰りたくないわけじゃない。

もちろん社畜は嫌だ、でも思い返せば別に仕事ばかりの人生だったわけじゃない。

今になって思えば、いい事だってたくさんあった。

やりたかった事も、やるつもりだった事も、会いたかった人も、もちろんいた。

それでも、もし帰れたとしても、帰らない理由がはっきりと胸にあった。

「なりませんよ……向こうには、あなたがいませんから」

「そうかい?私がついて行ったっていいんだぞ?」

「駄目ですよ、あっちには多分魔素がないんです。魔臓が萎縮して、多臓器不全を起こして死んじゃいますよ」

「なんだ、夢がないなぁ」

「そんなものですよ」

「まあ、私も君がいるなら最果ての島で暮らしたっていいが……」

「そうなんですか?」

ローラさんは、空を仰いでぽつりと言った。

「君がいないなら……懐かしの故郷であっても、砂漠も同然さ」

「それは……僕だって同じですよ」

冷たい風が二人の間を吹き抜け、焚き火の炎を揺らす。

薪のはぜる音がして、ぶるっと寒気がきた。

月明かりの下、二人の影はどちらからともなく少しづつ近づき……

くっついて、それからずうっと離れなかった。