軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

市場デート3

「これを、ピアスに直してもらうことってできますか?」

「それだと私とおそろいになってしまうよ? カレン」

ユリウスが戸惑いの表情になり、カレンは怯みかけた。

だが、ユリウスとそろいのピアスを身につけたいという強烈な欲求に押され、カレンは再び口を開いた。

「おそろいではいけませんか?」

「私は構わないが、見る者に交際していると誤解されてしまう可能性が高い」

カレンは自分のすべてをユリウスに合わせる空っぽの女になりたくなくて、ユリウスのものになりたくなかった。

だが、ユリウスを自分のものにはしておきたいという、馬鹿げた欲求がカレンの中にある。

ヴァルトリーデのものにも、他の誰のものにもなってほしくない。

ユリウスのものになるつもりはないのに、ユリウスには自分のものでいてほしいだなんて、さすがに倫理と良識に悖る愚かな願いだ。

だから諦めようと、 妥協しよう(・・・・・) と思った。

だが、やはり諦め切れない。

仕事に差し障るのではないかという懸念は確かにある。

だが、カレンもユリウスの存在に慣れつつある。

これまで以上に距離感に気をつければ、なんとかなるのではなかろうか?

つい先日、もう妥協をして生きていくのはやめると誓ったばかりだ。

どんなに馬鹿げた望みでも、叶えるために全力を尽くすくらいはしてもいいのではないか。

その結果が惨敗なら受け入れるしかない。

だが、まだ挑んでもいないのに諦めるのは、それは違うのではないか。

そもそも自分が何に挑んでいるのか、カレン自身にすらよくわかっていないけれども。

「付き合うことになった、ということにすればよいのではありませんか?」

カレンはユリウスのために新年祭をユリウスの肖像画で彩った。

その後にしたデートで絆が深まり、付き合うことになったとしても、流れとしては自然だろう。

カレンが平坦な声を取りつくろってした提案に、ユリウスは目を瞠った。

「カレン、だが、いいのかい?」

「付き合っていることにした方が、わたしも窮地に助けを呼びやすいです。このままの関係性だと、せっかくこんな魔道具をいただいても、使うことを躊躇ってしまいそうですし」

嘘とも言い切れないが、それが本当の理由でもない。

「それにこれがユリウス様に危険を知らせて助けを求めるための魔道具なら、肌身離さずに身につけておいた方がいいでしょう。その点、ネックレスだと不安です。わたし、寝相が悪いので、千切ってしまいそうで。ピアスの方が安心してつけていられます」

口から出任せのカレンの言い訳を聞いても、ユリウスは疑問に思わなかった様子で言った。

「実は、元々はピアスを贈るつもりだった。ネックレスより、ピアスの方が肌に触れ続けているので、手足を縛られていても魔力を込めやすい」

「なら、ピアスの方がやっぱり便利ですね」

「だが、見る者に誤解を与えることになるし、君の耳にはピアスのための穴も空いていない。君に申し訳ないのでやめたのだが……」

「自分でピアスの穴を空ける勇気はないので、ユリウス様にやってもらってもいいですか?」

カレンがそう言うと、ユリウスの冷たい指先がカレンの耳朶に触れた。

ひんやりとした感覚に思わずカレンは悲鳴をあげかけた。

これから耳朶に穴を空けてもらおうというのだから、触れるのは何もおかしなことではないのに、心臓が胸の内を跳ね回る。

ユリウスはカレンの耳朶に触れながら、低い声で言った。

「君さえいいのであれば、私にとっては好都合だ」

籠絡するにはもってこいの状況だろう。

ただカレンは、籠絡されるつもりはない。

ユリウスがあたかも自分のものであるかのようにカレン色の色石のピアスを身につけさせつつ、自分はユリウスのものにはならないまま生きていく。

改めて考えてもひどく馬鹿げたやり方で、カレンは自分自身に呆れながらも、これを押し通すと心がもう決まってしまった。

その時、店主が戻ってきた。手には盆を持っていた。

「ピアスの穴を空けるための道具でございます。どうぞお使いくださいませ。私は隣の部屋でこちらのネックレスをピアスに直させていただきます」

「頼むよ」

「よ、よろしくお願いいたします」

「お任せくださいませ」

店主は温かく微笑み、カレンに贈られたネックレスを回収して再び店の奥に引っ込んでいった。

ユリウスはお盆の上の桶でまず手を洗った。

「カレン、耳にこの氷袋を当てていてくれ」

ユリウスに渡されたのは布に包まれた氷だった。カレンが耳朶を冷やしていると、ユリウスは針を取り上げ、アルコールの匂いのする布巾で針を拭う。慣れた動作だった。

「ユリウス様のピアスの穴はどなたにあけてもらったんですか?」

「自分であけたよ。魔道具を装備するために、あけるよう父に言われてね」

冒険者も騎士も、耳にはピアス穴があいている。

貴族の騎士などは戦闘に出るときに魔道具を装備するために一時的にあけて、その後ポーションで治す人もいると聞いたが、ユリウスの耳には一つ塞がらない穴が空いている。

なんとなく、ユリウスのピアス穴は無理やり父親にあけさせられたのではないかという気がして、カレンは質問を後悔した。

「今、私は君の耳朶に触れているけれど、その感覚はあるかい?」

「いえ、ありません。あの、ひと思いにお願いしますね。わたし、痛いのは苦手で」

「私の顔を見ているといい。好きなのだろう?」

魅惑の笑みを浮かべて顔を近づけてくるユリウスに、カレンはまんまと全神経を持っていかれた。

そして、すぐにユリウスの顔は離れていった。

「はい、もう空いたよ、カレン」

「えっ、もう!?」

冷やしていたおかげかユリウスの笑顔のおかげか、まったく痛みのないままピアスホールが空いたらしい。

「店主、ピアスはまだかい?」

「はいはい、もうできあがっておりますよ」

店主が持ってきたピアスをユリウスが受け取り、カレンの耳に装着させたらしかった。

「最後にポーションで傷口を塞ぐよ」

小さな瓶はポーションだったらしい。

ユリウスは瓶の蓋をあけると、カレンの耳元に布巾を添えてポーションをかけた。

少し耳朶を伝って流れたポーションは冷たかったが、すぐにユリウスが拭いてくれた。

「上手くできたと思うが、どうだろうか?」

ユリウスが鏡を見せてくるので覗き込むと、カレンの耳にはユリウスの瞳の色の石のピアスが輝いていた。

カレンは緩みそうになる頬を引き締めて言った。

「とてもいい、と思います」

「それならよかった。よく似合っているよ、カレン」

カレンはついユリウスの耳元を見た。

微笑むユリウスの分のピアスは、まだない。

先程カレンの瞳の色と同じ石を選んだばかりだから、なくて当然。

そのことを少し残念に思うカレンの心を見透かしたかのように、店主が言った。

「ユリウス様のピアスもできておりますよ」

「この短時間に魔法を刻んだのかい?」

「元々用意しておいたものを転写しただけでございますよ」

驚くユリウスに店主は笑いながら言うと、ユリウスにピアスを差し出した。

受け取ったユリウスは、その場で右耳にピアスを付けた。

カレンの瞳の色の魔石のピアスがユリウスの耳元で輝いている。

思わずカレンはぼうっとその光景を見つめた。

「魔力をこめてみてくれるかい? カレン」

「あ、はい」

見とれていたカレンは、慌ててうなずくと自分の右耳に魔力をこめた。

ユリウスは目を細めた。

「……うん、問題なく稼働しているね」

「お嬢様、込める魔力量を増やすことで、最大で煮えたぎる湯と同程度の熱さにまで加熱されます。なので、魔力量は加減された方がよいかと」

「えっ? あっ! もしかしてユリウス様、熱かったですか!? すみません!」

「気にする必要はない。店主も、余計なことを言わないように」

「いらぬお節介をしてしまいましたかな」

「いえ、ありがたいご忠告ですっ! ありがとうございます!」

カレンが込める魔力を加減すると、ユリウスは苦笑した。

「うん、これぐらいの魔力量でも熱を発しているのはわかるね」

「火傷していませんか? 大丈夫ですか??」

「大丈夫だよ、カレン」

やせ我慢しているだけかと思ったものの、覗き込んだユリウスの耳朶には火傷した様子もなかった。

「私からの贈り物は気に入ってくれたかな?」

「……それはもう」

付き合っていることになった上に、それを証明するかのようなおそろいのピアスだ。

色石はお互いの目の色にうり二つで、片方が魔力をこめれば相手に伝わる以心伝心の魔道具でもある。

まさに恋人同士のための魔道具である。

カレンたちは恋人どころか、籠絡する者とされまいと抵抗している者の関係で――ユリウスはカレンに恋をしても愛してもいないだろう。

前世でも今世でも、今までのカレンの人生はずっとそうだった。

だから今回もそうなのだろう。さすがに、今度こそ間違えない。

実は好かれているかもだなんて勘違いをして、すべてを失うようなまねはこりごりである。

カレンはそう理解しているので、カレン自身も恋をするつもりも愛するつもりもない。

それでもユリウスを引き留めるのは、良い男を侍らせたいとか、そういうたぐいの俗物の欲求だ。

カレンはそうであるということにした。

くだらない欲求だが、カレンは自分のために妥協しないことを選んだ。

「では、引き続き市場巡りを楽しもう」

ユリウスにエスコートされ、カレンは宝石店を出た。

仮面でも隠れないピアスを二人で身につけたまま、市場を巡る。

気を引き締めつつ、カレンは目一杯楽しんだ。

ユリウスも楽しげに見えたのは、どう考えてもカレンの勝手な欲目だろうと思いつつも、今ばかりはその幻想に浸っていたかった。