軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

市場デート

逃げるようにカレンたちは騒ぎの中心から抜け出した。

二階まで逃げてきたカレンは、ユリウスに訊ねた。

「……ユリウス様、喜んでいただけましたか?」

「先程も言った通り、私はとても嬉しかったよ。思わず君を抱きしめてしまってすまない、カレン」

ヴィンフリートの肖像画が飾られ続ける習慣に、ユリウスたちは忸怩たる感情を抱いていた。

だから、その肖像画を引きずり降ろしてユリウスの肖像画を飾らせれば、きっと喜んでもらえるとカレンは考えた。

思惑通り、思わず抱きしめたくなるほど喜んでくれたのだろう、とカレン自身も解釈していた。

だったら、今日一日くらいはユリウスが誰を想っていたって、カレンがもらっていいだろう。

真っ赤な顔で振り向くカレンを、ユリウスは目を細めて見下ろした。

その金色の目がキラキラと輝いている。

カレンは無性に目を逸らしたい衝動に駆られつつも、目を逸らせないまま言った。

「……今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく、カレン」

ユリウスの微笑みに、カレンは溶けそうになりつつうなずいた。

カレンたちが玄関ホールを迂回して裏口から出ようとしていると、あとについてきたサラがカレンに上着を着せながらささやいた。

「一泊くらい、お泊まりしてきてもよいのですよ……? あとは私が上手くやっておきます」

カレンは無言でサラにデコピンした。

領主館を出ると、日は沈み始めていた。

だが、あちこちが魔道具のランプで明るく照らされ、賑わいは途切れることなく、そこかしこで音楽が奏でられ、人々は楽しげに往来を行き交っていた。

エーレルト伯爵家の屋敷につながる大通りをエーレルト通りと呼び、エーレルトの新年祭にはこの通り全体が新年祭市場として賑わうという。

家族連れも多いが、何よりも多いのがカップルである。

この通り、どう見てもデートコースである。

「どうしても人目が集まってしまうね」

ユリウスが周囲の注目に苦笑した。

フード付きの外套を羽織っているが、それでもユリウスが目立って仕方ない。

だが、何を隠そうここはユリウスの地元である。そうもなるだろう。

ただついついこちらを見てしまう人々も、声をかけようとはしてこない。

たまにヒソヒソと『籠絡……』という単語が聞こえてくる。

誰もがユリウスがカレンを籠絡するために側にいると理解している。

カレン自身も十二分に理解していた。

「あの仮面を被ったらどうだろう? 買ってくるので少し待っていてくれ」

ユリウスが出店の仮面屋を見つけて言う。

カレンは仮面を被ったところで完全に無駄だろうなとは思いつつ、ユリウスを見送った。

「……何やってんだろう、わたし」

カレンは溜息を吐いた。

ユリウスと結婚するつもりなんてない。

だから、こんなデートをする必要だってもちろんない。

だが、カレンが断ったらユリウスは別の人間と新年祭を回るのかもしれない。

ユリウスのことなので、当日に誘おうとも相手に困ることはないだろう。

その相手はヴァルトリーデかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

誰であっても嫌ならば、カレンがその座を占領しておくしかないと、そう思ってしまった。

「カレン、これならどうかな」

ユリウスが仮面を被って戻ってきた。

煌びやかな顔だけはとりあえず黒いドラゴンの仮面で隠れているが、それだけだ。

ユリウスの全身から滲む高貴で輝かしいオーラは何一つ隠れていない。

だが、言っても仕方ないのでカレンは思ったことをそのまま口にした。

「よくお似合いだと思います」

「ありがとう。カレンには可愛らしい面にしておいたよ」

そう言ってカーバンクルの仮面を差し出された。女児向けの仮面である。

カレンの方は仮面を被ろうがどうしようが誰も気にも留めないだろうけれど、ユリウスがせっかく買ってくれたものなので装着しておく。

これなら馬鹿みたいに動揺している顔をユリウスから隠すこともできる。

「似合っているよ、カレン」

「ありがとうございます」

そこからは不思議と、人目があまり気にならなくなった。

さすがに仮面ひとつでユリウスの存在感はまぎれないとは思うものの、この通りにいる人たちはおおむね自分たちの世界に入っていて、周りを見ていないらしかった。

「人が多い。はぐれないように手をつないでも構わないかな?」

「……はい」

カレンが小さな声でうなずくと、ユリウスが手をつないでくる。

顔はもちろん熱々だし、心臓がドコドコ音を立てている。

前世では男と手をつないだことぐらいいくらでもあるのに。

何なら同棲していたし、結婚寸前までいったのに。

カレンは自分に言い聞かせたものの、まったく心が落ち着かなかった。

手汗まで気になり始める始末だ。

思春期か、と自分で自分にツッコミつつ、身体年齢的には思春期真っ盛りであることを思い出す。

これは体が十九歳だからなのか。

それとも記憶があるだけで、前世と今のカレンはもしや同一人物ではない可能性もある?

にわかに浮上した可能性に、ユリウスと手をつないでいることを忘れ物思いにふけりかけたカレンの手を、ユリウスが引いた。

気づいたらユリウスの腕の中である。

「前から来た人とぶつかりそうになっていたよ、カレン」

「す、すみません……助けてくださってありがとうございます」

「人が多いから無理もない」

ユリウスはカレンの体を抱きしめるように腕に囲いながらささやいた。

「君を連れていきたい場所があるのだけれど、構わないかな?」

カレンはドロドロに溶けそうになりつつ辛うじてうなずいた。

手を引かれながら、カレンは一度目をぎゅっと瞑って自分に言い聞かせた。

このままでは、ダメになってしまう。

たとえ前世と今世の記憶があるだけの別人だとしても、このままでは前世と同じように、恋愛以外に興味関心のない頭が空っぽの人間になってしまう。

だから、これでおしまいにしよう。

結婚するつもりも籠絡されるつもりもないのに、ユリウスをつなぎとめておきたいという欲望を手放すしかない。

おしまいだから、精一杯楽しもう。

カレンは深呼吸して顔をあげると、ユリウスの手をそっと握り返した。