軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去の傷

ユリウスの横顔がひどく憂鬱そうに見えて、カレンは浮かんだ質問を飲みこんだ。

だが、ユリウスは目聡く気がついた。

「ブラーム伯爵の言っていた、ダンジョン連れ込み事件、というのは一体何の話なのか、気になるだろうね」

「いやっ、別に、気にしてないですよ」

「目が泳いでいるよ、カレン」

ユリウスは軽く笑うと口を開いた。

「これは私が一年のほとんどをエーレルト領で過ごしていた頃の話だ」

そう前置きして、ユリウスは子どもの頃の話をはじめた。

「父の訓練の一環で、私はダンジョンに潜らされていた。その日もダンジョンに潜っていたのだが、いつもと違い怪我をしている女性の騎士と出会った。もちろん私は救助をした。感謝もされ、エーレルトの社交界で褒めたたえられた。子どもだった私はその時は誇らしく思ったが、次第におかしなことが起きるようになった」

「うわぁ……」

まだ語られきらないうちから想像がつき、カレンは溜息を吐いた。

ユリウスは苦笑して続けた。

「ダンジョンのあちこちで怪我をした女性を発見するようになった。私と同じぐらいの年齢の令嬢が多かったが、中には母ぐらいの年齢の婦人もいた」

「ユリウス様に救助されたくて、わざと怪我をしたふりをしていたってことですか? だとしたら護国妨害罪にあたりそうですけど……」

「実際に怪我をしていたよ。だから護国のためにダンジョンに潜っていたと主張されれば、それを否定することは難しい。しかも、親に強要されたというより彼女たちの意志に見えた。幼い頃から女性に好かれる容姿で女性には慣れていたが、私に近づくためにわざと怪我をしたと思われる女性を前にした時には怖気が走ったよ。中には本当に意図せず怪我をした騎士や騎士見習いもいたのかもしれないが、私には違いがわからなくてね」

もしも真面目にダンジョンに潜っていた令嬢がいたなら不幸な巻き込み事故ではある。

だが、見分けろと言う方が酷な話だろう。

「そして結局、この件は私の責任となった」

「待ってください。今の流れでどうしてユリウス様が悪くなるんですか!?」

「女性を誘惑してダンジョンに連れ込んだ、と言われたよ。それが事件の名となった。主に言ったのは父だけれどね。女好きの父は私が女性に好かれるのが気に食わず、娘を護国妨害罪に問われたくない親たちもそれに乗ったのだ」

「さ、最低すぎる……ユリウス様のお父様には申し訳ありませんが……」

「ここではそう言ってくれる者は少ない。私がエーレルトのダンジョンを攻略してもなお、変わらなかった。エーレルトでは父が人気でね。父が命をかけて戦っていた姿をその目で目の当たりにし、覚えている者が多くてね……」

強者絶対の価値観があるはずなのに、ここではそれが揺らいでいる。

結局ダンジョンから魔物をあふれさせかけたユリウスの父ヴィンフリートより、間違いなく完全攻略したユリウスの方が、強者なのに。

より強く胸を震わせてくれた過去の人のことを、慕う者が多すぎる。

強者絶対の世界観を否定したいのはカレンなのに、そのことが今この瞬間だけは、ユリウスのために胸が痛かった。

「だから私が悪いということになったのだ。ヘルフリート兄上は私に責任はないと言ってくれたが、このようなことが再び起こると、やはり悪いのは私なのではないかと疑問が湧くよ」

「そんな……!」

「ブラーム伯爵は、私が誘惑したために令嬢たちが毒に手を出したのではないかと言いたかったのだろう。ペトラ嬢を思い出すに、その可能性がないとも言えなくて困ったよ。私の気を引くために、毒だとわかっていて使い続けるなど……」

ユリウスは力なく首を振った。

「先程は、過去を思い出して強めに牽制してしまった。申し訳ないことに、私情を含めたことでペトラ嬢に苛烈な物言いをした自覚がある……カレンを盾にもしてしまって、すまないことをした」

ペトラが倒れこんできたときのことだろう。

あの時からユリウスは触れるのを拒みたくなるほど嫌な予感がしていたらしい。

カレンはやっと心から納得がいった。

ペトラに再び同じ過ちを繰り返させないための言葉だとは理解しつつ、それでも過剰すぎる気がしていた。

だが、その反応の理由はユリウスの心の傷に触れたためだったのだ。

「ごめんなさい……わたしも、ユリウス様目当てに近づいた人間です」

「君は彼女たちとは違うよ、カレン」

ユリウスは微笑んで言う。

ペトラも言っていたように、カレンの能力目当てにユリウスは愛想笑いをしているだけなのかもしれない、とカレンは思った。

貴族が本気で演技をすれば、カレンはそれを見抜けないこともまた、ペトラが証明してくれた。

これほどひどい思いをさせられてきたユリウスが、カレンだけを例外にしてくれる理由などないと思った。

「納得していないね? カレン」

ユリウスが苦笑する。

カレンは貴族の彼らとは違い、思っていることがすべて顔に出るタイプの平民である。

「そうだな。たとえば、ダンジョンで出会った彼女たちが、私目当てだったとしてもダンジョンの攻略を目指してくれていたならば……私は嬉しかったと思う。どんな形であれ、私が彼女たちに勇気を与えられたということではないか?」

「……それは、そうかもしれませんね」

「やがて私を通り越して、ダンジョンの攻略を己が使命と思うようになってくれたなら、私はどれほど自分の容姿を誇りに思えただろうか」

カレンはユリウス目当てに依頼を受け、その依頼を達成した。

依頼を通じて錬金術にのめり込み、カレンはユリウスを通り越して錬金術師としての道を進むことにした。

ユリウスの顔が近づいてきた。

演技かどうかを見抜けないカレンに、よりわかりやすく表情を見せようとするかのように。

その金色の目の中にある真意を、鈍感なカレンにも理解できるようにするために。

だからカレンも避けられないまま、気づいたときには前髪が触れていた。

「君のおかげで、私は私自身を誇りに思える」

ささやくように言ったユリウスの吐息が、近すぎてカレンの唇に届いていた。