軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜の始末2

だが、カレンはその守りの合間から身を乗り出して叫んだ。

「言葉が通じるなら交渉できませんか!?」

「おい!?」

「カレン!?」

「わたしの言葉がわかるんですよね!? あなたの目的は何ですか!? わたし、あなたの願いを叶えるために努力します!! だから、取引できないか少しお話できません!?――ぐぇっ」

「魔物と交渉しようとするなんてどうかしているのかい!?」

リヒトに襟首を掴まれて勢いよく引き戻されて、カレンは咳き込んだ。

「でもSランクの魔物って、話が通じるんですよ……! 前に話したペガサスとは、ちゃんと取引が成立しました!!」

しかも、ペガサスは慈悲深かった。

カレンはきちんとその取引をまっとうできなかったが……彼女の望む完璧な助けを彼女の子にもたらせなかったが、それでもペガサスはカレンを赦した。

カレンに罰を与えるほどの猶予も、ペガサスには残されていなかっただけかもしれないが……。

『ペガサス、デハナイ、ノカ……?』

「わたしをペガサスだと思ったんですか?」

もう魔力を隠していないカレンをぎょろりと見やったブラックドラゴンは、その縦長の瞳孔を何度か収縮させた後、呟いた。

『ペガサスノ匂イガ、シタ。魂ガ粉々ニ砕ケタ、ペガサスノ、成レノ果テデハ、ナカッタカ……ペガサスヲ喰エバ、多少ハ足シニ成ルカト、思ッタガ……』

食べられそうになっていたと知り、カレンはぞくりとした。

ペガサスの仔と別れてからもう何日も経つのに、まだ匂いが体に残っているらしい。

あるいは魔力の残滓だろうか。

「ペガサスの知り合いがいるだけです」

『ソウ、カ……』

呟くと、ブラックドラゴンはその場にドチャッと崩れ落ちる。

ユリウスがカレンの身柄をリヒトの手から奪い取る間も、カレンは構わずブラックドラゴンに注目し続けていた。

「お話できますか?」

『……オマエノ望ミハ、ナンダ?』

「階層を越境して壊れたあなたの魂に、わたしのポーションが効くか試してほしい」

前のめりになるカレンの体を後ろから抱きしめるユリウスの腕に力がこもる。

「わたし、魂に効くポーションが作れるようになりたいんです!」

今先程、切実に手に入れたくなりはじめた力だった。

そんな時、まさに目の前に、魂が壊れた魔物がいる。

ポーションを試す貴重な機会を前にして、取引相手が魔物かどうかなんて些細なことだった。

『賢者ノ石デモ、作レルノカ?』

「賢者の石……? それ以外、魂を治せる魔法薬はないってことですか?」

『ソウダ』

「万能薬では? 治せませんか?」

『万能薬デハ無理ダロウ……多少、体ノ苦シミハ、和ラグカモシレナイガ……』

賢者の石の作成は、錬金術師の最大目標だ。

だから、いずれ作りたいと漠然と思っていた。

作ろうと本気で思ってはいた。

だが、本当に作れると、確かな手応えがあったわけじゃない。

そもそも材料なんて知らないし、わからない。作り方なんて見当もつかない。

前世では確か、賢者の石は硫黄と水銀からできると考えられていたと本で読んだ。

前世の錬金術的な考えでは、すべての物質は硫黄と水銀でできていて、どんな物質からでも硫黄と水銀は抽出できる。

燃やしたり、昇華させたり、溶かしたり、結晶化させたり、蒸留したり……手間暇をかけて物質から理想的な硫黄と水銀を抽出して、それをフラスコに入れる。

結合させ、腐敗させ、再生させた後に加熱する。

――そもそも、硫黄はともかく水銀は毒だ。

そんなものが入った物質をどうこねくりまわしたところで、ありとあらゆる病を治す賢者の石になるはずがない。

少なくともカレンの『理解』の範疇外だ。

それなのに、もしもユリウスが魂を壊すようなことになれば、カレンは賢者の石を作らずにはいられなくなる。

まだ見ぬ未来に怯えた目をしてユリウスを見やろうとしたカレンの意識を、ブラックドラゴンが引き戻す。

『ワタシノ願イヲ、聞クト言ッタナ』

「……そうですね。一先ず、お伺いできますか?」

カレンを抱き留めるユリウスの腕が強ばる。

リヒトが息を呑んだ音が聞こえる。

交渉の決裂に、二人が備えているのが伝わってくる。

カレンも固唾を呑んでブラックドラゴンの要求を待った。

『産マレテハイケナイモノガ、産マレタ。殺サネバナラナイ』

「産まれてはいけないもの?」

カレンは顔をしかめた。

この狩猟祭の最中、魔力を持たない子どもたちを引き取ろうと貴族たちに話を持ちかけた際、何度か聞いた言葉である。

魔力を持たない子どもたちへの貴族たちの慈悲は薄っぺらで、ひどく空虚だった。

少しニュアンスは違うものの、産まれなければよかったのに――そんな口ぶりだった貴族は一人や二人ではない。

だが、続くブラックドラゴンの言葉が含むものは彼らのものとは少し違った。

『ソウ。デキレバ、孵化スル前ニ……孵化シテシマッタラ、アワレダ』

「あわれ?」

魔物の言葉は言葉のようでいて、実際に音として聞こえているわけではない。

思考が伝わってくるものだ。だから、ブラックドラゴンが心から哀れみを感じているのが伝わってきた。

『グチャグチャニ、結合サレテ、腐ラセラレテ、死ヌニ死ネズニ、再生サセラレテ……憐レ、哀レダ……産マレテハイケナイ……産マレテシマエバ、生カシテオケナイ……可哀想ニ……スベテガ間違ッテ、イル……!』

ブラックドラゴンは咆哮した。

嘆きに満ちた長い長い咆哮だった。

『戦ッテ死ヌノハ、願ッテモナイ、コトダ……ダガ、ワタシ タチ(・・) ニハ、ヤラネバナラヌ、コトガアル……!』

ユリウスとリヒトが剣を構えて前に出る。

二人とも、ここでブラックドラゴンを討ち取るつもりなのだ。

きっと、そうしなければブラックドラゴンという強大な魔物が明けた大穴から、他の魔物たちまでもが溢れ出してくるのだろう。

いつの間にか、十一階層に続くダンジョン門の向こう側に魔物たちがうぞうぞと集まっている。

『ワタシタチガ征クコト、ハ、女神ノ望ミ……ソレデモ阻ムカ? 人間タチヨ……!!』

この魔物たちは産まれてはいけない何かを殺すために魂を壊して階層を跨いで地上に昇ろうとしているのだ。

それがこの 大崩壊(スタンピード) の原因。

女神の望みなのだとブラックドラゴンは言う。

この魔物に嘘を吐く理由などない――きっとそれは、真実なのだ。

「私に勝てると思えるのなら随分と衰えているようだね、ブラックドラゴン?」

「俺たちは人間の中でも強い方でね!」

「あのっ!!」

緊張感をみなぎらせる両者に向かって、カレンは水を差す大声をあげた。

両者は怪訝な顔つきでカレンを見やる。

「ブラックドラゴンさん、あなたが言う産まれちゃいけないモノって、人間じゃないですよね? 孵化って言ってるってことは、魔物か動物か……」

『魔物ダヨ』

「それならあなたが負けた時にはわたしがあなたの仕事を引き継ぎますので、詳細を教えてください」

「おいおい、これから殺し合いをしようって魔物相手に親切かい?」

リヒトは呆れた顔をするが、カレンは続けて言う。

「だって、地上で魔物が産まれようとしてるってことですよね? それが魔物にとって何がまずいのか知りませんけど、人間にとっても魔物が産まれるのはまずいですし、詳細を教えてくれたら代わりに仕事を果たしますよ」

カレンはブラックドラゴンに請け合うと、笑顔で取引を持ちかけた。

「だから、わたしには手出ししないでください」

『フム……オマエハ見ルカラニ、オマエタチノ弱点ダ……狙オウト、思ッタノダガ……イイダロウ』

ブラックドラゴンはカレンの取引を受け入れた。

「卵の特徴とかって何かあります?」

『恐ラク、白イ……』

「白い卵ですね」

『ソシテ、魔力ガナイ……』

「魔力がない??」

カレンは目を丸くする。

魔物なのに魔力がないという話は聞いたことがない。

そもそもの定義として、魔力に侵された獣が魔物なのだ。

「あの、大魔力を放出しているとかならそういうのを見つける魔道具があるので、見つけられると思うんですけど、魔力のないその卵をどうやって見つけたらいいんですか??」

『地上ノ、魔物タチモ、殺ソウトシテイル……魔物タチガ、集マル場所……人ニ阻マレ、辿リ着ケヌ場所ニイケ』

ブラックドラゴンはカレンをひたりと見すえ、カレンはビクッとした。

『オマエノ、ナハ?』

「……カレン」

『カレン』

ドラゴンは金色の目を細めた。

『オマエナラ、見ツケラレソウダ……オカゲデ、ワタシハ正シク、死ネソウダ!!』

次の瞬間のブラックドラゴンの咆哮こそ、このSランクの魔物の真価だった。

カレンはその咆哮一つで体どころか魂ごと揺さぶられるような衝撃を受け、即座に意識を失った。