軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ブドウ酒と根菜のポトフ2

ユリウスを嫌っていると思っていたゴットフリートの言葉に驚きつつも、カレンは首を横に振った。

「いえ……ユリウス様のことが心配なので、条件はそれで大丈夫です。他に望みはありません」

「そもそも、ユリウス様は狩猟祭の最中だから戻って来ないだけだろうに」

ゴットフリートはカレンをまじまじと見て言った。

その目は何かを見透かそうとしているかのようで、カレンは少し身構えた。

「ユリウス様が優勝を狙っているのなら、午前のうちには森の相当奥深くに入り込んでいるだろう。そう簡単には戻って来られまい。そもそもこちらの異変に気づいてもいないだろうしな。そんなことを対価にしてもよいのか?」

「わたしが魔力を熱で伝えるピアスに魔力を送ったから、いつ戻ってきたっておかしくないんです」

この異変が起きたから送った熱ではないものの、あまりにもいいタイミングだった。

しかし、カレンの言葉にゴットフリートは首を傾げた。

「魔の森は魔力が立ちこめている。ゆえに、森の奥深くに入り込んでいるのならば魔力があちらまで伝わっていない可能性は十分にあるぞ。ダンジョンではないが、ダンジョンの影響圏外はもはやダンジョンのようなものなのだ。薬草も生えるしな」

「つまり、ユリウス様が助けを求めていてもこっちに伝わらないかもしれないってことでしょう」

ユリウスが隠そうとも思っていなかった、痛ましい公然の秘密。

傷を隠そうとするどころか、痛みすら自覚していないのではないかというその鈍感さに、ちょうど胸がズキズキ痛んで仕方なかったところに、これである。

異変を前にユリウスがどれだけ自分を大切にしてくれるのか。

そこが信用ならないとなったタイミングでのこの事態に、カレンは深い溜め息を吐く。

そんなカレンに目を細め、ゴットフリートは言った。

「ユリウス様が森で何らかの事情で足止めされているようなら、無論私は助けにいくとも。まあ、ブドウ酒でも飲むといい。心が安らぐぞ」

「……ありがとうございます」

ゴットフリートが水筒から注いだコップをカレンに渡す。

受け取らないという選択肢はさすがになく、カレンはコップに口を付けた。

あまりにも香りがいい。それを一口飲んで、カレンは怪訝な面持ちになる。

「とても美味しいブドウ酒ですね。どこかで飲んだことがあるような……?」

「ゴットハルトを飲んだことがあるのか。ヘルフリート様が錬金術師殿に贈ったのかな?」

「エッ!? ゴットハルトって、あの超高級ブドウ酒の!?」

カレンは目を剥いた。いつぞやか、祝いの席でサラがヘルフリートたちからの土産だと言って持ってきたブドウ酒の銘柄である。

「私の趣味の手作りなのでな。中々量を作れなくて価格が上がっているだけだ」

カレンはごくりと息を呑んだ。

ゴットフリートに巻き込まれて危険な目に遭うかもしれない状況への苛立ちもあり、ブドウ酒をくれるというのでポトフに無造作に使ってしまった。

ラベルのある瓶に入っていなかったので、気づかなかった。

オリハルコン製の錬金釜の中で、超高級ポトフが完成しつつある。

ゴットフリートも自分のコップにブドウ酒を注いでぐびりと飲むと騎士たちを振り返った。

「おまえたちも一杯ずつ飲め! 馬車のタルを一つ開けてよいぞ!」

「ありがとうございます、団長!」

ワッと歓声を上げる騎士たちの姿に、ゴットフリートはカレンの横で息を吐く。

「酒を造りながら領地でのんびり妻と共に過ごしたいのだが、ヘルフリート様がそうはさせてくれなくてなあ……今は部下たちも見捨てられんし、困ったものだ」

カレンもくぴりとブドウ酒を飲んだ。

香り高く美味しくて、間違いなくこのポトフに合う味がする。

そろそろできあがった頃合いの、オリハルコンの錬金釜にたっぷりできたポトフをカレンはぐるりとかき混ぜ、小皿に入れて味見し、溜息を吐いた。

「どうした? 美味くできなかったのか?」

「美味しいですよ。とっても美味しく、体が温まるように作れたので……ユリウス様にも食べさせてあげたかったなと思ったんです」

滋養に溢れた味のする熱いスープを一口飲んだだけでほっとして、体が温まって肩から力が抜けていく心地がした。

料理をして火を使っていても、日が落ちるとどんどん寒くなる。

それなのに今頃、ユリウスはどれだけ寒い思いをしていることか。

魔力のおかげで肉体的に丈夫だとしても、それでも温かいものを食べさせたいこの気持ちを、一体何と呼ぶべきか。

「よかったら食べてください。いただいた食材も使わせていただきましたので」

ゴットフリートはカレンからポトフ皿を受け取ると言った。

「君は何を知ってもユリウス様と共に生きていくのだな、カレン殿」

「もちろんです」

「一度ユリウス様を選んでしまったら、もはや後戻りはできないぞ」

ゴットフリートから圧迫感を感じ、カレンはかすかに汗をかく。

魔力が溢れているわけではない。ただ、身の内に滾る感情が伝わってくる。

「望むところです」

額に汗を浮かべつつも笑みを浮かべて答えたカレンにゴットフリートは息を吐くとポトフを一口食べ、呟くように言った。

「……確かに体が温まるな。私も、妻の冷えがちな体を温めてやりたくてブドウ酒を造りはじめたのだ」

カレンに体ごと向き直ると、ゴットフリートは頭を下げた。

「巻き込んですまない。君がユリウス様のどのような側面も受け入れる覚悟があるというのならば、君は私の家族も同然だ」

ゴットフリートの言葉にカレンは目を丸くした。

「私の問題に巻き込む対価として――君の事情があるのならば、私のことを家族のように巻き込んでもらって構わない」

「――家族のように?」

ゴットフリートは最初から、錬金術師としてではなく、ユリウスと結婚するカレン個人に取引を提案した。

復唱したカレンは目をまん丸にして訊ねた。

「もしかして最初からわたしを、家族扱いで巻き込んでいらしたんですか?」

「君がユリウス様のすべてを受け入れるのならば家族として、私が君に示唆する情報で君がユリウスを諦めるのならば中立な善意の第三者として、になっていただろう」

ゴットフリートは息を吐く。

「ユリウス様は難しいぞ、カレン殿。生きることに命がけで執着した絶望の経験は、間違いなくユリウス様の心を歪ませている。その歪みは心を預けた女性への執着に繋がるだろう」

「執着……」

「私はユリウス様ほどの恐ろしい経験をしたわけではないが、命がけの仕事を果たした後からの、妻への気持ちの変化はおぞましいものだ。ユリウス様は、そういう私に似ているところがある」

カレンはああ、と腑に落ちた。

ゴットフリートは、ユリウスを嫌っていたのではない。

カレンを試していたのだ――ユリウスのために。

「騎士団長様も、ユリウス様を心配していらっしゃるんですね」

「これを心配と言ってよいものか。ユリウス様の将来を案じていることは確かだが……」

ゴットフリートはカレンを見下ろしスッと目を細める。

「ヴィンフリートの愚かさのせいでユリウス様は壮絶な経験をして、歪んでしまった。そのようには見えないかもしれないがな。ユリウス様が君のような存在にどのような想いを抱いていることか……今はまだ実感できないかもしれないが、実際にその執着を目の当たりにした時、受け入れ切るだけの覚悟が君にあればよいのだがな」

カレンはごくりと生唾を飲んだ。

「愛されまくり確定、ってことですか……!?」

「そうは言っていないぞ」

「これまでの口ぶりからして、騎士団長様は奥様を愛されていらっしゃいますよね……?」

「確かに、私が妻に抱く感情が愛の部類であることは否定しないのだが」

「そんな騎士団長様と、ユリウス様が似ている……!!」

目を輝かせるカレンに、ゴットフリートは目の光りを消し、真顔になる。

「喜ぶべきところではないのだがな。少なくとも――私は妻を逃がすつもりはない」

「キャーッ!!」

黄色い悲鳴を上げるカレンを、ゴットフリートは至極残念なものを見る目をして見下ろした。