軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

顔合わせ3 トール視点

「ジーク様、よかったらオレと少し話ませんか?」

「……構わないよ、トール。ぼくの部屋で話そう」

食事の時間が終わると、一旦休憩時間となった。

今夜はエーレルト伯爵家に泊まることになっている。

そして、トールは夜の身支度を終えたあとにでも、ヘルフリートを訪ねるように言われていた。

要はお互い武装解除した姿で、腹を割って話そうという誘いだった。

その前に、トールはジークと話しておくことにした。

「じゃ、ユリウス。ねーちゃんを頼んだぜ」

「任せてくれ」

「二人で大丈夫? トール、ジーク様に失礼のないようにね?」

カレンがトールにだけ注意をするのが気に食わなかった様子で、ジークはむっとした感情を笑みで押し隠して言った。

「カレン姉様、トールに何を言われてもぼくが寛大になるから、大丈夫だよ」

「大人なジーク様がそう言ってくれるなら安心です」

カレンがほっとした顔をしてユリウスと共に歩いていく。

あちらはあちらで色々とあるらしいので、二人きりにしてやるのが弟のするべきことだろう。

トールはジークについて部屋に向かった。

信頼されているのかエーレルトの警備が甘いのか、部屋には使用人もおらず、控える影もいなかった。

もしもこれが信頼の証ならば、それはトールに対するものではなく姉であるカレンへの信頼だ。

そう考えると、トールはジークを煽ったことが決まり悪く思えてきて頭をガシガシ掻いた。

「あー、なんだ」

トールが言葉を探していると、ジークが先に口を開いた。

「ごめん」

「って、ジーク様がなんで謝ってんですか?」

虚を突かれたトールの前で、更にジークがポロっと涙をこぼした。

トールはぎょっと慌てふためいた。

「なんで泣いてるんですか!? いやっ、オレのせいだよなっ!」

「あなたのせいじゃないよ。ぼくが、勝手に……!」

ジークは涙を堪えようとしているらしく、そのために唇を噛み切りそうなほど噛みしめていた。

とっさにトールは手持ちのポーションを探った。

確か、大回復ポーションを持ってきていたはずだ。

「カレン姉様の、弟として、あなたに勝ちたい、って、思ってしまったんだ……。あなたは賓客なのに、ひどい態度を取ってしまって、ごめんなさい」

「いや、いやいやいや」

万が一にも怪我をされたらこれを取りだそうと備えつつ、トールは冷や汗をかいた。

「オレこそ、ねーちゃんに対してアンタたちが親切なのはわかってたのに、それでも所詮はこっちを平民と見下す貴族だろって思ってるとこがあってですね。だから煽っちまったっていうか」

所詮は平民、と相手が思っているだろうという思い込みで、トールは相手を所詮は貴族だ、とみなしてしまっていた。

「アンタも所詮は貴族だから、鼻をあかしてやろうって気持ちがあって……あの煽りが利いたのは、アンタが本当にねーちゃんを大事に思ってくれているからなのにな」

貴族は平民を取り込もうとすることがある。

その平民が有用な力を持っていれば、貴族は巧みにそれを実行する。

そして、カレンはその有用な力を持っていて、身内と思った相手に際限なく明け渡してしまう性格である。

カレンのそういう性格を見抜いて懐に潜り込もうとしたのは間違いなくあるだろう。

だが、築こうとしている関係性に相応しい感情も確かにそこにあるのは理解していたのに、ついついからかってしまった。

「ジーク様、オレの方こそすんません」

頭を下げるトールに、ジークは真っ赤な目をしてこくりとうなずく。

気まずい沈黙が落ちる中、やがてジークが口を開いた。

「……どうしてぼくをそう呼ぶの?」

「へ?」

「ユリウス叔父様のことは呼び捨てなのに、どうしてぼくのことはジーク様、なんて呼び方をするの?」

充血した目で言うジークにトールは頬を掻いた。

「ユリウスはオレに何を言われようと、ねーちゃんへの気持ちが変わらないからいいんですよ。むしろ、こんなことぐらいで変わるようならとっととご退場願います」

「ぼくだって、あなたに何と呼ばれたってカレン姉様への気持ちは変わらない」

「じゃあ、ジーク、と呼ばせてもらうか」

ついでに敬語も吹き飛ばしてトールが言うと、ジークはむすっとしつつもうなずいた。

「まあ、それでいいよ。あなたはカレン姉様の弟なんだから」

「でもさ、ねーちゃんには様付けで呼ばせてるじゃん。なんでオレだけ?」

「ユリウス叔父様よりも先んじるのはさすがに申し訳ないかなって思ってるんだ」

「ああー?」

カレンとユリウスのやりとりを思い浮かべて、トールは首を傾げた。

「だけど、ねーちゃんが貴族の家に入るつもりなら、ずっとあの呼び方なんじゃねえの? だからオレ、よそ行きの顔を作ってきたんだけど」

「さあ。どうしたいのか、カレン姉様次第かな。カレン姉様がどんな道を選んでも、ぼくは応援するつもりだよ」

エーレルトにも目的があるだろうに、ジークは穏やかに言う。

ジークの姿に、トールは目の前にいる少年が本当にカレンの味方なのだと実感した。

「……おまえ、できた 弟(・) だな」

弾かれたように顔をあげたジークがトールをじっと見て、照れくさそうに顔を逸らした。

「あなたも、中々できた弟なんじゃない? Bランクの冒険者の弟がいたら、カレン姉様も鼻が高いだろうね。ぼくとは違ってあなたは強いから、カレン姉様を色んな危険からは守れるんだろう」

「だけどねーちゃん、Bランクの冒険者じゃ守り切れないような敵を今後作りそうじゃねえ?」

「あー」

ジークが複雑な表情をするので、この 弟(・) もカレンをよく理解しているらしいとトールは苦笑した。

「だからオレ、Aランクの冒険者を目指すつもりだ。ま、ねーちゃんのためだけじゃなく、オレがAランクになりたいってのもあるんだけどな。ともかくオレがいない間、ねーちゃんを頼むぜ、ジーク」

「ぼく、戦えないよ?」

「貴族の伯爵家の次期当主の力でしか守れないような敵っていうのもいるだろう? Bランクの冒険者じゃ、搦手で来られたら太刀打ちできないようなのがな」

ジークは賢そうな青い目をすがめ、神妙な面持ちでうなずいた。

「……それは、確かに」

「役割分担と行こうぜ」

トールは瞳孔を開いて笑った。

「この世にはライオスみてーなやつがいる。ねーちゃんが何も言わねえからオレも黙っているが、ねーちゃんをああいうヤツから守るためには、弟が一人じゃ足りねえんだよ」

ダンジョンから出て、アースフィル王都の古い知人友人と会って話せばすぐに割れた事実である。

カレンが誤魔化そうとしていたのはトールに報復させないためだろう。

ダンジョンでの様子を思い出すにそれほど悪い関係ではないようだからトールは黙することを選んだが、機会があればお礼参りをするつもりだ。

ジークは青い目を細めるとにっこりと微笑んで言った。

「ライオス、潰す? エーレルト伯爵家としては今のところ手出ししていないけど、その気になれば王国騎士団からだって追い出せるよ?」

「いや、ねーちゃんはあまり人に頼らんが、ライオスにだけはいくらでも迷惑をかけてもいいと思ってる節がある。できるなら、ねーちゃんがこき使いやすい地位にまで引き上げとけ。ムカつくけどな」

「……それ、ユリウス叔父様が知ったら嫌がりそう」

カレンの弟分でありながら、ユリウスにとっては甥であるジークが複雑な面持ちになる。

トールはまったきカレンの弟として宣告した。

「ねーちゃんをちょっとでも蔑ろにしたら横からかっさらわれるかもしれない、と思わせとくぐらいでちょうどいいんだよ。その方がユリウスもねーちゃんを宝石みたいに大事にするだろ? 実際、ねーちゃんは引く手あまたなんだからな。最近できたねーちゃんの弟弟子も、どうやらねーちゃんのことが好きみたいだぜ」

「えっ、何それ、ぼく知らないよ!? ユリウス叔父様も知らないよきっと!?」

「あの時に錬金工房にいたやつ、全員口が固いんだな」

エーレルト伯爵家の諜報機関に話が漏れていないということはそういうことだろう。

いずれこの地を離れるつもりでいるトールは、その事実に安堵した。

「オレはねーちゃん最優先で行くけど、おまえはどーするんだよ、ジーク?」

「うーん」

ジークの逡巡は一瞬だった。

「この世のすべてがユリウス叔父様の思い通りになるより、カレン姉様の思い通りになった方がユリウス叔父様も幸せになれる気がするから、ぼくもカレン姉様最優先でいく」

「ユリウス、うじうじしたとこがありそうだもんな」

「ああ見えて意外とね、繊細な人なんだ」

トールは拳を掲げた。それを見て、ジークはきょとんと目を丸くする。

いつもは貴族の流儀に合わせる側の平民のトールだが、今ばかりは自分流――大元を辿ればカレン流に合わせさせることにした。

カレン曰く、ハイタッチと言うらしい。

カレンは手のひら派だが、トールは拳派だ。

トールはジークの右手を勝手に取って持ち上げると、その手を握って拳を作らせる。

その拳に拳を当てて、トールは笑った。

「よろしくな、ジーク」

「っ、よろしくね、トール! ……兄様」

小さな小さな声で付け加えたジークの頭をトールはわしゃわしゃと撫でた。

ジークが「やめろ! トール!!」と赤い顔で叫んだ瞬間、メイドたちが部屋に雪崩れこんできた。