軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再出発

「空白地帯には集落がありました。粗末な作りの掘っ立て小屋のようなものが並んでいる中に、一番奥地に一際大きな建物が建っていて、どんな目的があるにしろ、ヴァルトリーデ様が連れていかれたとしたらあそこではないかと思っています」

「ダンジョンの中に人工の私設を建てることが可能だとは……魔物は出現しないのでしょうか?」

「あの空間には魔力がまったくなく、それどころか魔力を吸い上げられ続けられる感覚がありました。なので、一向に魔力が回復しないんです。そういう場所ですので、魔物が出ないのだと思います」

ボロミアスから出発前に少し待つよう指示されて、再び薬草の根をピカピカさせて魔力を消費しつつ、カレンはトリスタンの質問に答えていった。

「錬金術師カレン、待たせたな。こいつにかけていた何重もの鍵が厄介でな、解くのに手間取った」

自身の天幕からボロミアスが長細い木箱を手に戻ってきた。

壮麗な彫刻が施され、宝石が象嵌された見るも美しい箱である。

ボロミアスがその箱を開くと、中には木の鞘を持つ短剣が収められていた。

木の鞘から短剣を半ばまで引き抜いてカレンに見せてくる。

刀身はうねっていて、光が当たっているわけでもないのに白銀に輝いている。

唐草模様の刻まれた木の鞘、光る刀身には読めない文字が彫られている。

「フェアリアルクリス。アースフィル王国の宝剣であり、ミスリル製の魔剣だ。妖精族が己の里から出た悪の同族を滅ぼすためにドワーフに依頼して打たせたもので、魔を断つ力がある。無論、人間の体もな。ミスリル製ゆえ軽いので、そなたでも扱えるだろう。貸してやる」

「いいんですか? こんな貴重なもの――」

「私の進退がかかっているのだ。この状況を打破しうる力を唯一持つ者への支援を惜しんでどうする?」

つまるところ、自分のためということである。

ボロミアスは他にも身を守るための魔道具をいくつか貸してくれた。

どれも間違いなくレジェンド級に近いダブルレア級だった。少なくともレアだ。

これだけの魔道具で身を守り、王国騎士たちに厳重に身辺を警護させているボロミアスに直接手を出すのは難しいだろう。

だから、ヴァルトリーデが狙われた。

――父親や母親、兄妹たちにすら見捨てられてほとんど身を守るすべを持たない、ヴァルトリーデが。

カレンは溜息を飲みこんで、ボロミアスが自分のためだとしてもヴァルトリーデを助けようと考えてくれただけで満足することにした。

「ありがとうございます。謹んでお預かりいたします」

カレンはベルトに剣の鞘をくくりつけた。

「国宝ではあるが惜しむことなく使え。ヴァルトリーデは愚かな妹だが、それでも妹だ。死なれては困るのでな」

ボロミアスがあまりに淡々と言うので、カレンは聞き逃しそうになった。

けれど確かにそれは、ヴァルトリーデを想う兄としての発言だった。

ボロミアスは即座にカレンに背を向けて立ち去ってしまった。

トリスタンはカレンに一礼し、すぐさまそのあとについていく。

どんな表情でその言葉を口にしたのかもわからなかったが、それが逆にパフォーマンスでも何でもない、兄としての感情が伝わってくる気がした。

「――カレン、本当に行くのだね」

「止めないでくださいね、ユリウス様」

「ああ。私は君の進む道を阻む茨にはなるつもりはない……ついて行けず、君の剣になれず、すまない」

ユリウスは、ずっと辛そうな顔をし続けている。

ひとまずカレンは顔色の悪いユリウスの首に腕を回して背伸びをした。

視界の端でライオスがぎょっとした顔をしている。

命令されたらしく、居残りさせられているのだ。

ユリウスは水の中でやっとの思いで呼吸をするかのようにカレンに口づけて、しばらくして離れていった。

キスを終えても、ユリウスの辛そうな表情は和らがない。

今、その体を蝕んでいる『とある魔物の悪夢』とやらのためだけでなく、他のことでも何やら悩んでいるらしい。

時間さえあれば話を聞き出したいのに、カレンには――ヴァルトリーデにはおそらく時間が残されていない。

だから、カレンは一方的な要求を突きつけた。

「ユリウス様にお願いがあります。辛いのはわかりますけど――わたし以外の女を見て、絶対に例の欲が湧かないように気をつけてください」

たまたまカレンが目の前にいたからカレンに対して食欲が湧いただけで、恐らく別の人間が目の前にいるときに飢餓感がユリウスを襲えば、ユリウスはそちらに欲を抱くことになるだろう。

その相手が女だと思うと、カレンは頭をかきむしりたくなってくる。

ユリウスは一瞬、眉間に刻んだ険しいしわをきょとんと緩めた。

「ええと……わかったよ。自身の天幕に戻り、そこに籠もり誰にも会わぬように気をつけよう」

「とはいえユリウス様がどうしても耐えられなくなる時もあると思います。命にかかわりますので、それを無理やり我慢しろとは言いません……その時はせめて、相手は男でお願いします」

「エッ?」

ユリウスは完全に間の抜けた顔になった。

もはや、何かに悩んでいたとしてもそれどころではないという顔つきである。

「女は無理です。でも、男ならギリ、耐えられます。アッでも! あんまりジャガイモみたいな顔の人は男でも無理です! 最低限、ライオス以上でお願いします!!」

「待て!? 今一体俺は何に巻き込まれた!?」

不吉な予感を覚えたらしく、ライオスが食ってかかる。

「ウウッ! ここがわたしが妥協できるギリギリのライン!」と呻くのに忙しいカレンは黙殺した。

ユリウスは冷や汗をかき、ごくりと息を呑みつつもうなずいた。

「わかった……決して君を悲しませるようなまねはしないと、ここに誓おう。ライオス、君に私の天幕の見張りを頼みたい」

「不吉な予感で悪寒が止まらないのですが……猛烈にお断りしたい」

「頼むとは言ったが、私はトリスタン殿から君に命令を出してもらうこともできる立場だ」

要するに、ライオスには最初から断る権利などないということである。

「私はブラーム伯爵に何らかの毒を飲まされ、そのために状態が安定しない。私は己の意思に反して暴れ出す可能性もある。君には私が理性をなくしたとき、止める役目を任せたい」

「ぐっ……! トリスタン様からすでに、毒を飲まされたユリウス殿の様子見をするよう命令を受けていますので……どうせ逃げられません」

ライオスはがっくりとうなだれた。

トリスタンたちもホルストがライオスに飲ませたという毒の話を聞いていたので、ユリウスの状態が気になっているだろう。

それでライオスに見張りの命令を出していたらしい。

様々な情報のピースをつなぎあわせてすでに起こりうる未来を多少は予測できているらしいライオスは、青ざめた顔で縋るような目をカレンに向けた。

「早く戻ってきてくれ……頼む」

「なんかしおらしいライオス、ウケる」

「ウケてる場合か! さっさと行け!!」

必死の形相のライオスを笑うカレンに、ユリウスが言った。

「カレン、君が帰ってきたら話したいことがある。だから、どうか無事に私の元に帰ってきてくれ。そして、どうか無理はしないでほしい。自らの命を第一に考えるように。私にとって一番大事なのは君なのだ、カレン」

もしもどうにもならなければヴァルトリーデよりもカレンの命を優先するように、と。

言外にそう言ってくれるユリウスに、カレンは微笑んだ。

「ありがとうございます、ユリウス様。必ずやヴァルトリーデ様を助け出して、あなたのところに帰ってきますね」

カレンは背嚢を背負い直すと、再び魔力の空白地帯に向けて出発した。