軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

消失者たち

それは、すべてが終わったあとの光景だった。

「錬金術師様!! 助けてください!!」

嘆いていた声の主がピタリと慟哭を止め、カレンを見つけて駆け寄ってくる。

その女性は冒険者に見えた。

そして、何故かローブを握りしめている。

小柄な彼女が着るには大きすぎ、彼女のものでないことだけがわかった。

「私の夫が!! 消えてしまったの!! あいつらに黒い粉をかけられた瞬間!!」

女性冒険者が半狂乱になりながら叫んで、カレンにローブを押しつけてくる。

夫が消えたと言い、女性はもぬけの殻を押しつけてくる。

つまり、このローブを着ていた彼女の夫が消えたと言うのだ。

言葉が出てこないカレンの横にいたユリウスが、代わりに口を開いた。

「……君の夫は君と同じく冒険者の、魔法使いか?」

「そうよ! どうしてそんなことを聞くのよ!?」

彼女はユリウスを睨んだ。真っ赤に泣き腫らした目をして、すでに何を言われるのか予想がついているかのようだった。

「私も黒い粉をかけられた。あの粉の作用は身をもって知っている。あれは、触れたものの体中の魔力を奪う呪物だ。もしも君の夫が、その肉体をほとんど魔力で保っているような高ランクの魔法使いであったなら――」

「イヤ!! 言わないで!! 万能薬で助けてよ!!」

「無駄だ。万能薬で、死んだ人間は戻ってこない。ましてすでに肉体すら失った者のことは助けることはできないのだよ」

「肉体ならあるわ! ここにあるじゃないっ! あの人の魔核と、心臓が――!!」

ユリウスは金切り声で叫びはじめた女性の視界からカレンを庇った。

カレンはユリウスの影に隠されながら、茫然と野営地の惨状を見渡した。

激しい戦闘の痕跡はなかった。

残っている痕跡のほとんどは、一方的かつ無残に殺された、ホルストの仲間と思しき者たちの亡骸だった。

ホルストと似たような身の上の、湯治客たち。

魔力の空白地帯に誰にも気づかれることなく集落を築くために、湯治客のふりをして八階層に通っていた者たちなのだろう。

「ねーちゃん! よかった! 無事だったのか!」

「トール……」

「まだちょっと薄いけど、いつものねーちゃんだな。よかった。ねーちゃんなら弱くてもきっと大丈夫だとは思ってたけどさ」

トールはカレンの顔を覗き込んでほっとしたように言う。

魔力の空白地帯から戻ってきてから、一呼吸する度に体内魔力は回復していった。

きっとユリウスもそうなのだろう。

台地から離れると、食欲に駆られた目をすることはなくなった。

「トールは大丈夫、なの?」

「ああ、なんか黒い粉をぶっかけられた。ヤバいことになってるやつが多かったけど、オレは平気だった。魔力はごっそり持ってかれたけどな」

「ホントに大丈夫!? お腹減ってる!?」

「そろそろ飯の時間だし腹は減ってるけど、今はそれどころじゃねーよ」

トールの口ぶりはあっさりしていた。

人間に食欲を覚えている状態ではないらしい。

「――やはり、これは私がただ狂気に染まっただけなのかもしれないな」

「いや、ユリウス様は毒か何かを飲まされてますからね。絶対それのせいですって」

何故か、カレンへの食欲を自分の身のうちから出てきた欲求だと信じて疑えずにいるユリウスに、カレンは裏手で突っ込んだ。

トールは首を傾げた。

「ユリウスもなんかヤバいのか? だけどさ、うちのワンダもヤバいんだよ。ユリウスは見た目ピンピンしてるよーに見えるし、ワンダを先に見てやってくんね?」

「ワンダさん、どうしたの?」

「向かいながら話すな。えーと、ねーちゃんとはぐれてから、あのホルストってやつは捕まえといたんだけど、あいつの仲間が暴れ出したんだよ。黒い粉をそこらじゅうに撒きまくったり、自分にかけたり、近くのやつに投げつけたりさ。その黒い粉ってのがヤバくて、あの粉、触ると魔力で補ってる部分が消えるんだよ。こないだ、腕をすっぱり切り落として大回復ポーションで生やした仲間がいたんだけど、粉をかけられたらその部分だけ消えちまったんだ。他にもそういうやつがいて、回復ポーションを飲んだんだけど……結局治らずに、そいつは死んだ」

「それは、クールタイムだったんじゃなくて――」

「黒い粉をかけられた今のオレたちには、どうも回復ポーションの効きが悪くなってるらしいな」

ワンダが危ないという話だった。

話の流れから察して、カレンは息を呑んだ。

「ワンダさんも、粉をかけられたの?」

「オレが庇って代わりに被ったから直接はかけられてねーけど、少し吸い込んだみたいで、それだけで血を吐いてた。アレは多分、内臓がいくつか消えてるな」

「まっずいじゃん!!」

「魔力回復薬でよくなるみたいなんだけど、ねーちゃん、魔力回復薬持ってる?」

「えっ? ……魔力回復のポーションで治るの?」

「ああ。完治ってわけじゃねーけど、回復ポーションの効きがマシになるみたいだぜ」

「そう、なんだ……」

カレンはチラッとユリウスを見てから、コソッとポーチから最後の一本の魔力回復ポーションを取り出した。

「これ……小魔力回復ポーションだけど」

「助かる。うちの在庫は切らしちまってさ」

トールに魔力回復ポーションを渡したあと、カレンは怖々とユリウスをうかがった。

「ごめんなさい……あれをユリウス様に飲ませてあげれば、もしかしたらユリウス様は、変な欲求に苛まれたりしなかったかも……」

ユリウスの魔力が欠乏しているのはわかっていた。

だが、カレンに口づけて落ち着いたと言われてから、カレンは魔力回復薬のことを思い出さなかった。

そのあとは口づけをすれば収まるのだからと、向けられるのが食欲であることにがっかりしながらも口づけを受け続けた。

ユリウスとのキスのことで頭がいっぱいで、それ以外の色んなことが頭からすっぽ抜けていたことに気づいて、カレンは顔から火を噴きそうなほど真っ赤になった。

「ゆっ、ユリウス様と、その、アレがしたくて隠してたとか、そういうわけじゃないんですよっ!? 何故か思い出せなくてっ」

「わかっているよ、カレン」

焦って言い訳するカレンに、ユリウスは妙に穏やかに応えた。

「あの場所では存在しているだけで魔力が奪われ続ける。魔力回復ポーションを飲んだところで焼け石に水だったろう」

「それは本当にそうですね! だから仕方ないですよねっ!?」

「ああ。あそこで無駄に使ってしまわなくてよかった。トールくんの仲間のために使えなくなるところだったのだからね。それに、君が望んで私の醜い欲求を受け入れたわけでないことは重々理解している」

「え? いや――」

カレンは否定しようとした。

だが、魔力回復ポーションをトールに無理やり飲まされて、しかし直後に血反吐を吐いてしまったワンダの前で続けられる話ではなかった。

「――魔力回復ポーション、作ってくる」

「頼む、ねーちゃん。素材はあるか?」

「魔茸の在庫はあるけど、ワンダさんみたいな状態の人がどれだけいるかによっては足りないかも」

「よし。オレは採取に回る。ユリウス、何をうじうじしてんのか知らねーけど、ねーちゃんを守れよ」

「私にカレンを預けるのかい? 私はむしろ、カレンを傷つけるかもしれないが」

「マジでうじうじ中かよ。言っとくけど、ねーちゃんはおまえに傷つけられるほど弱くねーから!」

トールの言葉にユリウスは目を瞠った。

そのまま天幕を出ていこうとした足を止めて、トールは最後に付け加えた。

「だけど、マジで傷つけた時はオレがぶっ潰す。つーか、その前に完璧に止めてやるよ。なんてったって、オレの方が強いしな!」

「……ありがとう、トールくん」

「ふん」

安堵の表情を見せるユリウスを呆れた目で見やってから、トールは天幕を出ていった。

カレンはその後を追うように己の仕事を果たしに駆け出した。

素材を取りにヴァルトリーデの天幕に向かうと、杖をつくドロテアと、ドロテアに支えられて歩く青ざめたイルムリンデがいて、カレンを見つけると震える体を引きずるようにして近づいてきた。

「カレン、様」

「お二人も、黒い粉を浴びたんですか? だとしたら、あまり動かないで魔力の回復に努めてください。今すぐ魔力回復ポーションを作りますから――」

「王女殿下が、いないのです」

「え?」

「あの者たちの一人に黒い粉をかけられて、つい先程まで私たち、二人とも気絶してしまったのです。目が覚めた時、天幕にヴァルトリーデ殿下のお姿がなくて。今、探しているところなのです!」

二人の言葉に、カレンは愕然とした。

「まさか」

カレンは天幕に飛び込んだ。天幕の中にヴァルトリーデの姿はない。

さりとて、黒い粉が撒かれたような痕跡もなかった。

黒い粉をかけられて肉体が消滅してしまった人々の痕跡である、服の抜け殻とわずかな肉片、魔核もない。

「……さすがのヴァルトリーデ様も、この非常時にじっとしてはいられなくて、ボロミアス殿下のもとに向かったのでは?」

一縷の望みをかけてカレンは言った。

人は窮地に陥ると成長するものである。

女神もそれを望んでいるし、成長した者には褒美を与える。

この世界はそういうふうにできているのだ。

イルムリンデとドロテアは揺れる眼差しでカレンを見つめた。

「そうであることを心から願いますが……」

「あの、ヴァルトリーデ殿下ですわよ?」

「ですよねえ」

この状況で天幕から自らの意思で一歩だって外に出るはずがない、と。

カレンたちは皆まで言葉にせずとも完全に通じ合っていた。